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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第11章 腐った果実
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311話目 瓦礫に埋もれた思考

 邪神教、および正教会からの襲撃が終わって、丁度一週間程が経った頃だった。

 サスティエナ内では、フォルティナ女王が死去したとして、様々な大臣が復興のために尽力している。


 早期に復旧に努めたのは魔力供給システムの復旧であった。サスティエナは全てにおいて魔力に依存する国家であるため、魔力が無ければ扉を開ける事すらままならない。そのために、森精種エルフの技術における精鋭たちが、文字通りの三日三晩働き、何とか復旧をする事が出来た。


 魔力供給システムの復旧により、サスティエナの復興は一気に加速する事となる。

 まず第一に人員の確保が出来るという点。

 魔力供給が出来るようになって、街には再び魔法障壁結界が張られることになる。それによって、今まで街の警備として駆り出していた人員を、復興のための人材として回すことが出来る。


 魔力供給システムの復旧と並行して行われていたのが人員の救助。家屋に挟まった人間はいないか。広大な敷地を要するサスティエナだが、魔法を駆使し人員の救助も三日程で終わる事となる。


 しかし、人的被害は少ないとは言えない。

 報告が上がってきているだけで二千名程が無くなっており、行方不明者も同数程いる。魔法であっても万能とは限らない。未だに焼けた瓦礫の下敷きになっている人もいるかもしれないし、亡骸となって発見を待っている事もある。


 今回はレイサンの時とは違い、街の中心部で行われた残虐な行為。

 レイサンで主に戦闘となったのは海上であったり、首都から離れた港部分。しかし、サスティエナでは能天使によって首都部分を直接破壊して回った。

 当然ながら戦闘も街の中で行われた。能天使と交戦した冒険者達は、避難を優先させたものの、地面には未だに血がこべり付いたような跡が残る。


 能天使の狂気的な殺人によって、損傷が激しい遺体が何人も発見されている。


 流れてくる、空気に溶けた煙からは、血の匂い、涙の匂い、様々な匂いが感情となってからだに染み渡る。


 災害において、七十二時間の壁という物が存在する。

 人命救助のタイムリミットの事で、三日を過ぎると生存率が大きく低下するというものだ。その根拠となっているのが、人間が水を飲まずに過ごせるのが七十二時間だと言われている。そのほかにも、魔物大氾濫モンスターパニックの後に救助をした際の、救出率が三日を過ぎた頃から大きく低下している。


 その壁を過ぎた時、サスティエナの大臣たちは一刻も早い復興のために動き出さなければならない。割り切るという事ではなく、復興のために足掛かりをきちんと作らなくてはならないという意味で、人命救助の割合を落とさざるを得ない。


 焼けた家屋を退かし、瓦礫を撤去し、臨時のキャンプ地を作り上げ、避難民を一旦そちらへ誘導する。炊き出し等を行う。レイサンでも見た、被災地という状況をあたらめてみる事となる。


 それからというものの、瓦礫の撤去と仮設のテントの設営を進め、何とか一定の生活基盤を整えていく。


 そして、丁度一週間たった今、サスティエナに隊列を組んだ馬車がやってくる。

 東側門に対して、急ぎ足で来たことが分かる馬車。一般的な馬ではなく、王族を乗せるための高級な馬車。その馬車を引く馬も、純血種である事が証明された白馬のユニコーン。


 そんな突然の来訪に慌てない市民たちではない。一週間前に襲撃をされ、ただでさえ来訪者に対してピリピリとした空気が漂う中での、王族の来訪。

 市民たちの頭の中には悪い考えが過ってしまう。


 今まで世界の中核であったサスティエナに対して、国力が落ちたという理由で侵略を去れるのではないか。今まで世界を引っ張て来たサスティエナを陥れようと他国が攻めてきたのではないだろうか。そんな、悪い考えばかりが過る。


 だが、その馬車に掲げられていたのは、蒼達には見慣れた旗であった。

 アレフレドの国旗。


 近くに来ると分かる、先頭で馬に乗って馬車の護衛に当たっているのは、黒騎士ギルであった。警戒をしている風体ではあるが、その視線はどこか泳いでいるようにも感じる。


「蒼……あれ……」

「あぁ。黒騎士ギル。それにあの馬車を見る感じ、エリス女王もいるんじゃないのか?」


 蒼と千鶴は少し離れた位置から、その馬車の一行を見る。


「サスティエナとアレフレドは、魔石と加工という繋がりで言っても、長い歴史の中でも親交のある国だもんね。……でも、わざわざ国王が出向くなんて」


 被災したという事で、人員派遣という事なら馬車が来るのは理解できる。

 だが、わざわざ王族が出向くのは理解に苦しむ。


「王よ、ありゃ謝りに来たのではありんせんかね?」

「謝罪?」


 隣でヴェルがどこか目を細めながら言葉を零す。


「今回の事件、二つの宗教が絡んでいんす。一つは正教会。あれに関して言えば、手の下し用がない雲みたいな宗教でありんす。それともう一つの邪神教。こっちの件で、王が出向いたんでありんしょうな」

「ヨルゲンさんか……」


「その通りでありんす。邪神教に与して、サスティエナ国王であるフォルティナ女王を殺害した。加えて、秘宝とされる黄金の果実にパンドラの箱の奪取。邪神教に所属した裏切り者とは言え、その人生の大半をアレフレドの冒険者として過ごした人間が起こした事件でありんす。監督不行き届きという事でありんしょう」


 謝罪という事で解決できるような問題かは、政治に聡い訳ではない蒼にとっては、判断が出来る事柄ではない。しかし、ヴェルの話を聞くと、今回アレフレドが世界の覇権を握る一大国家としての信用を失うような大事になってしまったのではないか、そんな風にも考えられる。


「アレフレドは、もしかするとこれから色々と言われるやもしれやせん」


 炊き出し用の大きな鍋をぐるぐるとかき混ぜながら、ヴェルは考えを言葉として落としていく。


「国際社会の中で、これまでアレフレドは冒険者という名の武力、魔石輸出の実質的な独占という経済、二つの柱で他国から一目置かれていんす。悪い考えをすれば、それは良い意味で捉える者はいやせん。魔石を元とした文明を成り立たせるための大国がアレフレド。文化の恩恵を受けるには、アレフレドと接点を持つ事は必須でありんすから。顔色も伺いもしやしょう。


 そして起きた、アレフレド史上初めての冒険者の裏切り行為。小さな事件ならまだしも、国王殺害にまで発展してしまいんした。……小国たちが黙っているようには思えやせん」


 社会情勢はゆっくりと変わっていく。

 ヴェルは蒼に直接言葉として言わないが、『ヨルゲンの裏切りは、悪い意味で世界情勢を変えた』と伝えているようだった。


「わっちらは今回ヨルゲンの誘いで神樹武杯に出やした。……何か裏があるとしか思えやせんが、あの男が死んでなお何かを働いている。蛇がずっと後ろをこそこそと付いてきているような気がしていんす」


 蒼はヨルゲンと話していた言葉をふと思い出した。

 アレフレドで招待状を貰った時の会話。ヨルゲンは『その気になれば次の邪神候補は君達かもしれないね』と。


 それは、燃果の羽翼が単純に天災級の魔物の子供がいたり、ヴェルの過去がその印象を与えているから。そんな言葉から来たものだとばかり思っていた。

 加えて『アレフレドから悪い種が芽吹かないようにっていう牽制』なんて事も言っている。


 ヨルゲンが残した遺恨は多すぎる。

 その言葉の節々に、何か深い意図があったのではないか。勘ぐってしまう程には、蒼の中にヨルゲンの裏切りという事象は爪痕を残している。


「正直な話ではありんすが、アレフレドが小国に脅かされるほど弱い国ではありんせん。サスティエナの協力関係であるうちは、他国など目でもないような強国であるのは間違いじゃありんせん。この魔石文化であるうちは、安泰と言っても過言じゃなかろうて?」

「だと良いんだがな……」


 瓦礫が撤去され、ようやく進めるようになった砂利道にも満たない道路を進む馬車。あの馬車の中にいるエリス女王と、サスティエナの重鎮達でこの後話し合いが行われるのは言わずもがなだろう。アレフレドの失態を謝罪することは大前提。そこからどのような話へと発展していくのかは分からない。


 ヨルゲンの言っていた世界の正史を知っているのは、今だに蒼に留まっている。燃果の羽翼にさえ、まだ話をしていない。故に、彼らの話し合いでは、もしかすると虚ろな意味しか持たないのではないのか。虚実を信じた、誤った論議をしているだけなのではないか。


 ヨルゲンのいう正史が正しいのであれば、邪神教は真の悪とはならないかもしれない。

 再び神が台頭する世界になった時、そこには今いる人類は再び自由を失った神隷と化す。それは誰も望まないだろう。そんな世界を阻止する、邪神と謳われた英雄の復活。それが邪神教の真の目的であるのならば、それは世界に対する救済ではないのか。


 邪神教は、やり方を間違えた正義なのではないか。

 蒼はそんな考えを捨てきれない。

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