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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第1章 桃の花が咲く頃に
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2話目 弱小な冒険者

 窓から朝日が入り込む前に、目を覚ます。どこか重たいまぶたを開ける。


 寝ぼけ眼で壁にかけてある時計を確認すると、朝の四時を指していた。


 この都市に来て半年間も冒険者をしていると、大体同じ時間に起床することができるようになるのかも知れない。


 ベッド代わりにしているソファーから抜け出す。布団の代わりにしているシーツをたたむと、室内にあるタンスの中へとしまい込む。


 手を挙げ背筋を伸ばすとポキポキと気持ちの良い音がして、背筋が伸びる。


「さて、動こうかな」


 手始めに洗面台へ行き、顔を洗い、寝巻きを脱ぎ、ギルドから冒険者になると支給される初心者御用達の初期装備を装備する。


 玄関の棚に入っている村雨を腰に装備する。昔から刀を持っていた身としては、どことなくしっくりくる。

 そして、冒険の際にいつも持っていくカバンを手に取る。実際に中に何が入っているかと言えば、特にこれといったものは入っていない。


 お昼ご飯用の昨日よりも固くなっているライ麦パンと、ポーションに加えて包帯などの簡単な医療キットが入っているくらいだ。


 ライ麦パンに関しては、冒険者なりたての頃に千鶴が「私なんかよりも、命がかかる冒険者の方が大事なんだから、蒼が持っていって!!」と言ったのを未だに忘れていない。


 千鶴は、お昼ご飯を抜いてまで働いてくれるのだ。それを考えると、千鶴には感謝しかない。


 今の蒼にとって高級品に近い五百ペリカもするポーションは、腰に装備しているポーチに入っている。落としたら、二日は泣いているかも知れない。


 持ち物を確認すると、寝室へと向かう。

 千鶴が、小さく寝息を立てながら寝ている。昨日はいつもより疲れていたのだろうか。

 黒髪を乱しながら寝ている姿は、どこか可愛さもある。不思議といい香りさえしてくるような錯覚がしてしまう。


 すると布団からもぞもぞと千鶴の手が伸びてくるかと思うと、蒼の袖を掴む。


「蒼ぉ……」


 寝ぼけているのだろうか。優しく手をのけてあげる。


 そして眠っている千鶴に対して「行ってきます」と小さく言うと、ギルドをあとにする。



◆◇◆ ◆◇◆



 どことなく朝の寒さに、ため息を漏らしながら、都市の東側のメインストリートを進んでいく。


 道には何人か蒼と同じ冒険者の姿が見られる。蒼の着ている初期装備とは違い、高価そうな鎧に身を包んでいる。

 今の蒼からすればすべての装備がそう見てしまうのかもしれない。


 そんな冒険者たちの横を抜けて、市壁と繋がっている関所の中へと入っていく。


「おはようございます」


 声をかけると、窓越しにいるギルド本部、東メインストリート勤務の職員が気づいてくれる。金髪のセミロングの女性だ。誠実そうな顔立ちをしており、しっかり者そうだ。

 そして、もう一言付け足すのならとても可愛らしい。


「おはようございます。冒険ですか?」

「はい」


 返事をするとギルド職員は、紙を準備する。


「それではギルドカードをお預けください」


 蒼はポケットからブロンズ色のカードを差し出す。

 このカードはギルドカードといい、冒険者になると同時に貰えるもので、冒険者である証と言ってもいいものだ。


 その中身は、登録者の氏名や所属ギルドの名前などの基本的な情報から、現在のランクや最近の功績などまで記載される。さらに、偉大な功績を残した際につけることが出来る二つ名も設定可能である。


 そして、その功績によってはグレードというものがアップしたりする。


「お名前は桃水とうすい蒼様、所属ギルド名は未設定でよろしいですか?」

「大丈夫です」


 確認を終えたギルド職員は手早く先程の紙にギルドカードの内容を写し取っていく。


「今回の目的はどこまで?」

「一応サヘル平原まで行くつもりで、夕方五時までには帰るつもりではいます」

「分かりました」


 今言った内容をどんどん書き込んでいく。


 これはギルドの方針として、街の出入りにはとても厳しくなっているのだ。もし、帰ってこないという事態に陥った時にすぐに捜索隊が出せるようにということだ。

 ギルド職員は、書き込みが終わったのか、どこか幼い表情で蒼に視線を向ける。


「書き込みが終わりました。それでは無事を祈っております」

「ありがとうございます」


 それだけを言い残すと、市街を越える。

 大きな功績を残し、上位の冒険者になると専属のアドバイザーとして、一人のギルド職員がつくそうだが、そんな話はまだまだ先の話だろうと考え、都市から離れていく。



◆◇◆ ◆◇◆



「はぁっ!!」


 蒼は手にもつ村雨を思いっきりゴブリンの右肩から腰にかけて袈裟斬りをくりだす。


『グガァ!!』


 ゴブリンは驚いたような声を上げながら、正面に立つ蒼に睨みを効かせる。だか、そんなことはお構いなしに、左下から上段にかけて刀で切り上げる。


『ギギャア!!』


 間抜けな声を上げながらゴブリンが絶命し、紫の粒子を振りまきながら爆散する。


 蒼に休む暇はないと言わんばかりに、背後からゴブリンが襲ってくる。だか、それをなんとか躱すと、攻撃にかかる。

 ゴブリンの左胸目掛けて刺突。ゴブリンはひとたまりもないと言わんばかりに悲鳴を上げる。刀を抜くと、さらに追撃をくりだす。


「ふっ!!」

『グガァァァ!!』


 ゴブリンの喉元目掛けて一閃。ゴブリンの頭部が切り裂かれ、血飛沫が舞う。そして、ようやくゴブリンは紫の粒子を撒き散らしながら、先程同様に爆散する。


 その紫の粒子は、蒼の腰のクリスタルへと吸収されていく。


 このクリスタルを魔力吸収結晶という。アレフレドのギルド本部とエルフ族が共同開発したもので、魔物が討伐された際に発生する魔力―――倒された際に舞う紫の粒子―――を自動で吸収してくれるのだ。


 そして、冒険者はそれを換金所にて換金することで、生計を立てているのだ。


 蒼は魔力吸収結晶についているボタンを押す。すると魔力吸収結晶から数字が浮かび上がる。


「二体で六マナかぁ……」


 ゴブリンなどの魔物にはランクというものが設定されており、EランクからSランクに加えて天災級の七段階に分かれている。そして、強くなればなるほど多くの魔力、つまりはマナが稼ぐことができる。


 ゴブリンはランクでいえばEランクで、最弱と言われるスライムと同じランクの魔物だけに、獲得できるマナもまだ少ない。


 天災級の魔物となると、一体で何千万マナと稼げると言うが、倒せる冒険者は英雄クラスとなるため、今の蒼にはまだ全然話が早い。


 しかし、二体で六マナは少なく感じてしまう。毎日の食費や光熱費、ギルドの維持費などを考えると一日の最低ノルマは百マナほど。まだまだ足りないのだ。


「地道に貯めるしかないね……」


 蒼が今よりも強くなって、今よりも効率的に討伐ができるようになれば、もっと多くのお金を稼ぐことができるのだ。


 そうすれば、夕食に肉や魚が常時並ぶようになるし、夢も叶えることができるかもしれない。

 だが、そんなことが達成できるまで何日かかるだろうと思うと、気が遠くなってしまう。


 ふと、後ろから足音が聞こえたので、そちらへと視線を向ける。


『グオォォ!!』


 野太い声を上げながら、こちらに向かってくる魔物の姿を確認する。


「お、オーク?」


 ゴブリンよりも二回りほども大きく、腹にはタプタプと余分な肉がついており、気味の悪い緑色の皮と共に揺れている。オークの右手には、木をそのまま使ったような棍棒が握られている。


 ドシン、ドシンと大きな音を立てながらこちらに向かって一直線に走ってくる。


「このっ!!」


 蒼は魔力吸収結晶をすぐさま腰にかけると、村雨を掴む。


 ゴブリンとの戦闘は何度か経験したことはあるが、オークとの戦闘は初めてなだけに緊張が隠せない。

 だが、やるしかないのだ。オークとの距離はもう四メートルまで迫っている。今更逃げることなんてできない。


 オークが右手を大きく振り上げると、その手に持つ棍棒を思い切り蒼の方へと振り下ろす。だが、単純な攻撃に加え早くはない。

 その攻撃をしっかりと見切ると、回避。そして、横腹に向けて一閃。


 切り口から真っ赤な鮮血が飛ぶ。しかし、傷は浅かったようで、オークは少し苦悶の表情を浮かべただけで、続けざまに棍棒を振るう。


 それを横っ飛びで回避すると、今度はおおきく一歩を踏み出しオークを抜けるように切り裂く。


 これはオークにも効いたようで、たたらを踏む。その瞬間を逃す蒼ではない。


「はあっ!!」

『グギャァァ!!』


 村雨を握る手に一層の力を込め、オークに目掛けて水平に刀を振るう。オークもひとたまりもなく声を上げる。

 そして、半分切断された胴体へと最後の一撃と言わんばかりに、体を捻り遠心力を活かして回し蹴りをお見舞いしてやる。


『グオォォォ!!』


 それと同時に、オークの胴体が下半身と分裂。そして、魔力を振りまきながら爆散する。


「なんとか、なったかな?」


 オークの消えた場所を見ながら、小さく呟く。

 オーク一体なら、なんとか無傷で倒すことができるようだ。だが、気を抜いたらあの棍棒の一撃で上半身が飛んでいったかもしれないと考えると油断はやっぱりできない。


「ほんと、英雄の人たちはすごいよなぁ……」


 英雄と呼ばれる人の中に『ベンケイ』と呼ばれる人がいた。その人は、主人を守るために体に幾千本の矢を受けてなお、敵を屠り続けたという逸話が残されているほどだ。


 自分なら木の棍棒で一撃だというのに、矢を受けてなお敵を倒していく姿を考えるだけで身震いがしてしまう。


「俺も頑張らなきゃな」


 そういうと、またゴブリンを探しに草原の探索にかかる。

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