21話目 六人の上級冒険者
「はぁッ!!」
巨剣を握りしめる手が、刃から柄へ、そして手へと伝わる感覚を捉える。そして、巨剣がなぎ払った先にいたオークは無慈悲にも紫色の粒子へと姿を変え、地面に小さな魔石を落とす。
それを確認したバルミノは、剣の遠心力を緩めつつ、肩でその剣を担ぐ。
「もうそろそろか……」
周辺を確認しても魔物の姿は確認することは出来なかった。奥を見ると、他の冒険者たちが少しづつ町へと引いていくのが見える。
魔術師の陣はさすがにひくことは無いが、それでも終戦へと雰囲気が変っていき、ポーションにより回復している光景が見て取れる。残党がいた場合に備えてだろう。
「バルミノお疲れ様」
「なんだパウロか」
背後からの声に視線を向けると、そこにはギルドは違えど同郷の友であるパウロ・ブルーノがこちらへと歩いてくる。バルミノと同じ上級冒険者であり、身に着ける装備はBランクの魔物である青銅竜の鱗をふんだんに使った防具に、希少鉱石によって鍛えられたロングソードを腰に備えている。
剣の腕もさすがではあるが、魔法に関しては詳しくないバルミノとは違い、魔法に精通しており、火属性と風属性の魔法を組み合わせての付与魔法を習得している彼は、バルミノより一歩リードしていると言って良い。
二つの属性を混ぜ合わせること自体が、魔術師の中でも困難であるのにそれを使うパウロはさすがといえる。功績さえあれば、勇者へと踏み出せる器を持つ人間でもあった。
「被害のほうはどうなっているんだ?」
「下級冒険者を多く掛け持つ戦場だからな。死人はいないが、怪我人が結構出ている。回復魔法が使える魔術師なら、すぐに治せる怪我が大半だ。重症者は確認できてないが、居たとしても一人や二人といったところだろう」
「ということは村の方の被害はなしってことだな」
「まぁ、そういうことだ。家畜が暴れて、数頭止む終えず始末したという報告が上がっているが、まぁ気にすることは無いだろう」
「それなら別に良いのだがな。さすがに、今回は下級冒険者を請け負いすぎているな」
「お前もそう感じたか?」
今回の布陣では、戦力の大半を下級冒険者が占めている。敵がゴブリンやオークといった最低ランクの魔物が敵ということが大きい理由に上げられる。
「たとえ、上級冒険者の俺達がいたとしても、全部をカバー出来る程要領が良いわけじゃない」
「確かにな。普段一対一で戦いなれている相手、簡単に倒せる相手だとしても、集団で囲まれて四方から攻められてはどうしようもないだろう」
「死と隣り合わせなのは毎日の職業だが、さすがに今回は厳しすぎる」
死人ゼロ。村への被害ゼロ。怪我人多数。という被害で済んだのはかなり良い結果だといえよう。だが、バルミノが考えているのは、戦闘中のリスクだ。
一対一と、一対多数とでは戦い方も状況も大きく変化する。強くなるためには、そういった環境に慣れるというステップも必要ではあるが、あまりにも段階を踏むのが早すぎると危惧していたのだ。
「まぁ、貴重な体験が出来たと考えれば良いだろ? バルミノだって、初級冒険者のときにギルドマスターに死ぬほどしごかれたらしいからな」
「まぁ、死と隣り合わせくらいが丁度良いらしいからな」
バルミノも、何度か魔物大氾濫に参加したことがある。だが、下級冒険者の頃に参加したことは一度としてなく、中級冒険者になってからがほとんどである。
「おい、辛気臭せぇ顔してんなバルミノ。また一段と老けるぞ。パウロはジジイ顔だがな」
「そこまでにしておけヴィチ。上級冒険者としての恥を知れ」
「ヴィチ、言うようになったな!! この前までウォルターの下でヘコヘコしてたのにな!!」
バルミノに喧嘩腰で話しかけてきたの男。上級冒険者であり、魔術師をしているヴィチ・ヴェストペリという男だ。まだ歳は若く、来年三十歳になると話していた記憶がある。
火属性の魔法に特化しており、炎魔法だけなら勇者級冒険者にも引けをとらないだろう。だが、他の属性に関して言えば無縁というほどにさっぱりで、火属性が効かない相手には戦力にならないという欠点を持つ。
その隣を歩いている長髪の男は、ウォルター・シュルドと言い、ヴィチと同じく魔術師である。歳はそれこそバルミノと同じであり、何度かクエストへ出掛けたことがある。
ウォルターの長所は、あらゆる属性の魔法が使用できることにある。ヴィチと違い、威力は出ないものの、多くの属性の魔法が使えることで様々な場面で活躍できる所だ。それに合わせて、冷静沈着で物腰の柔らかい性格から、魔術師が欠けたパーティーからのクエスト同行の誘いが多い。
「ここに集まっていたのか?」
「お疲れさまです。東側は完全に制圧しました」
更に集まってきたのは、ハルバードを抱える老年の騎士と、スラリと細いレイピアを身に着ける女性だった。
二人とも上級冒険者であり、バルミノは今回の魔物大氾濫で初顔合わせとなった。
ハルバードの老年の騎士はアンドレス・サンドレアムという。同じ上級冒険者であるが、冒険者の中でも体躯の良いバルミノと肩を並べるほど大きな体躯をしており、顎に蓄えた白髭を感じさせないほどの動きを見せる。
隣のレイピアの女性はレミ・ルノアールと言い、アンドレスと同じギルドに所属している。二十歳前半というかなり若い年齢での上級冒険者上がりであり、新人ルーキーとの期待が高い。
剣術においては非常に優秀で、素早いレイピアの攻撃はバルミノも目を見張るものがあり、才能の片鱗を感じさせた。
「アンドレスさんレミさんお疲れ様です」
「あぁ」
「お、お疲れ様ですっ」
ここで親しく話しかけられるところもパウロが挨拶するとアンドレアスは重く答えるが、レミの方は同じ上級冒険者であるというのにオドオドとした対応を取るあたり若さというものを感じざるを得ない。
そして、ここに今回のこの戦況においての要であった、六人の上級冒険者がすべて揃った訳だ。
「残党狩りはいかが致しましょうか?」
「とりあえず、他の戦況からの報告があるまで村に滞在するつもりですし、恒例どおり数日はどこかのギルドが常駐する予定です」
魔物大氾濫が起きた数日というのは魔物の発生が不規則になり、村の近くに魔物が生まれる可能性があるため、どこかのギルドが数日残るというのが一般的になる。
「パウロのところで良いんじゃね? 俺はすぐに帰りたいからな」
「ヴィチ、もっと礼儀を知れ!! すいません。お気に触れましたら深くお詫びします……」
「いや、構わんよ。なんなら私達のギルドでも構わんしな」
「アンドレアスさん。とりあえず、その話は冒険者への被害の大きさを見てからにしましょう」
バルミノのギルド、ピジョンスケープ以外のギルドは必ずしも大規模なギルドとはいえない。今居る冒険者の数も多くは無く、数十人程度のギルドが多いのだ。無理に引き受けてしまっては、ギルドへの負担、冒険者への負担が多くなってしまう。
「それに、俺はレミちゃんと色々したいしな」
「ヴィチ!!」
懲りないヤツだとレミを除く他四人がため息をつく中、レミは再びオドオドとしてしまっている。
「お、お断りしますっ!!」
その声が聞こえると大きな笑い声が巻き上がる。
「ガハハハハ八ッ!!」
「はっははははは!!」
四十歳を過ぎた冒険者の笑い方からはどうにも歳を感じさせる。
「ヴィチ、レミが許したとしても多分アンドレアスさんが許さないと思うぞ」
「あぁそうだな。レミに手を出すなら、私を倒してからにして貰わないとな。期待の新人にそう簡単に手を出されては困るからな」
内心はそうではないことは理解できるだろう。
レミの師匠はアンドレアスであるのだ。
今、アンドレアスも笑ってはいるがヴィチが本当に手を出したりしたら、アンドレアスはそのハルバードに手を掛け兼ねない。優しさの反面には、弟子への愛が滲み出るほど。
「それにヴィチじゃアンドレアスには勝てないだろうな」
「ヴィチ、言っているだろう。物事は見極めてから言えと……。バルミノさんからも何か言ってやってくださいよ」
「若いうちは挑んで負ければ良いだろう? 盛大に笑ってやるからな」
「パウロ、ウォルター、なんで俺があのジジイに負けるって決め付けるんだよ!! 俺の魔法の威力知ってるだろ!!」
そう抗議した瞬間に再び四人から笑いが込み上げる。ついでは、レミまでもが口に手を当てて微笑むほどだ。
「な、何がおかしいんだよ!!」
「だから、物事は見てから判断しろと言っただろ……」
ウィルターは頭を抱えてヴィチに困っていると、アンドレアスは背中に掛かるハルバードに指差す。
「コイツは、火属性の魔法を吸収することが出来るのだよ。限界はあるが、吸収し切れなかったことは一度としてない」
「ちなみに申し上げますと、吸収した炎は魔力に変換され、アンドレアス様の力へと再変換されます」
「なっ……」
火属性しか使えないヴィチでは、いくら魔法を使ったところでアンドレアスのハルバードに魔法を吸収されて、精神疲労を起こすのが目に見えて分かる。
「そういうことだ、諦めろ。それにお前は魔術師だ。平行詠唱を使えないお前では、近接戦闘のアンドレアスさんには絶対に敵わないんだよ」
巨大な魔法を使用するには、それだけ長時間の詠唱を必要とするのだ。それをカバーするために、盾戦士と呼ばれる巨大な盾を持つ仲間が居たり、前線で戦う仲間が居たりとする。更地に一人放りだされた魔術師ほどか弱い存在は居ない。
「チッ……」
露骨に舌打ちをしアンドレアスに対して嫌な顔をするものの、それに対して表情一つ変えないアンドレアスの大人の対応に、ウォルターはペコペコと頭を下げるのだった。
「アンドレアス様……アレはなんでしょう……」
「ん? なんだレミよ」
アンドレアスはレミの指を指す方向へと視線を向ける。自然と四人の視線もそちらへと向く。
黒い甲冑に巨大な斧を担いだ人を中心として、それを取り囲むように体長二メートルは超えるのではないかと言うほどの巨躯をもち、同じく黒い甲冑を身に纏った人型の何か。
「冒険者でしょうか?」
「いや……違う……」
六人の中に徐々に緊張が張り詰めていく。
ガシャリガシャリと甲冑が音を立てながら歩く死霊騎士の軍団。斧が一人、それを取り囲むスケルトンが六体。その個体一つ一つがかなり高位の魔物だからか、背後の風景が体から溢れ出す黒色の魔力によって歪む。
まるでその場所だけ冥界へと繋がっているような錯覚。自分の魂という存在を認知するような死への恐怖が体を這う。
その感覚はまるで、一歩、一歩と死が迫っている様でもあった。




