20話目 千鶴の覚悟
一歩、大きく足を踏み出し地面を思いっきり踏みしめると、蒼は手に持つ村雨で一閃。
刀が目の前のゴブリンの体へと吸い込まれていき、ゴブリンの伸ばす鋭い爪が蒼の頬と擦過する寸前で、ゴブリンの魔石を捉え紫色の霧と化す。
背後に近づく気配を感じ、視界の端で先ほどとは別のゴブリンを更に目視すると、左足を軸にして思いっきり体をひねり、刀を横一文字に振るう。
またもやゴブリンの胸に埋め込まれた魔石の位置を正確に捉えることができ、ゴブリンは蒼に成す統べなく倒される。
ゴブリンならば、蒼が冒険者になってきてからずっと相手をしている魔物だ。魔石の位置も大体把握できているし、どんな形での攻撃、どのような動きをしてくるのかも、どことなくイメージできて把握している。
ゴブリン相手に負ける気はまったくしなかった。
そして、地面から蒼に飛び掛ってこようとするスライムに対し、縦に素直に刀を下ろす。
スライムは、全身が半透明の液状の物質で構成されている。そのため、体内にある魔石がそのまま透けて見えるため、倒すのにはなんら困らない。本当、初級冒険者御用達の魔物だ。
とはいえ、強くなれば魔石も見えなくなるし、状態異常を持ち合わせていたり、素早さが上がったり、捕食という行為を行ったり、強いスライムはかなり強いと聞く。だが、そんなスライムはここには存在しない。
落ち着いて魔石だけを狙い打てば、敵になりうることは無い。
蒼の横を巨大な棍棒が振り下ろされる。
ちらりと視界に移った棍棒に反射的に回避を試みたが運が良く外れてくれた。棍棒が振り下ろされた地面には、巨大な槌が振り下ろされた証拠として抉られているのが見て取れた。
オークが棍棒を引き上げようとして、振り下ろされる前に先手をかける。
蒼はオークの棍棒を持ち上げる腕に狙いをつけ、上段に構えた村雨を振るう。
白刃が唸ったかと思えば、オークの腕と棍棒は宙に舞っており、それが着いていた場所からは血が噴出す。蒼は、オークに休ませる隙は与えまいと、刀を胸元まで引き寄せると、オークの胸元にめがけて、村雨によって突く。
そして、村雨越しに伝わる魔石を削り割る感覚を感じる。
オークが爆散すると同時に、蒼は首を右へと傾ける。
耳元で聞こえるゴブリンが爪により空を切る音。かなり危なげだが、これで良い。
蒼の首を狙うあまり宙に体を預けるゴブリンに向かい、伸ばしきった腕を捻り刃をゴブリンの方向へと向け、薙ぐ。
『グギャ――――』
ゴブリンは蒼の首を刎ねることは叶わなかったが、逆に蒼がゴブリンの首を刎ねる。宙に舞う首と、体が紫煙のような物に包まれつつ、爆散すると地面に小さな紫色の魔石が落ちる。
いつもなら、あれを回収して換金所へ持っていきお金に変えると、一食分の固いライ麦パンになるのだが、そんなことをしている暇は無い。
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
その声に、蒼はすぐさま視線を向ける。
視線の先には、オークの持ち上げられた棍棒に、地面に倒れこむ男の冒険者。その装備は、初級冒険者が身につけるものだった。
それを視界に捉えた瞬間に、蒼の体は何をするべきなのかを考え、行動していた。
「甲斐流、燕返し二段ッ!!」
蒼は刀を下段に構えると、瞬時に一歩を踏み出す。そしてそのまま上段に右下から左上へと切り上げたと同時に、刀が逆に右上から左下へと袈裟斬りのように軌道を変える。
視界に移るオークが爆散する光景と、オークを切り裂いたであろう村雨の雪のように白い刀身が描いた軌跡。これが成し終わるまで約一秒。
「大丈夫ですか!!」
「あ、あぁ。なんとか……。すまないな……」
目の前の冒険者は驚いているのか、先ほどの恐怖なのか、少し足が竦んでしまっているようだった。だが、男はすぐに正気を取り戻し、意識がハッキリしてくると隣に転がっているスチールソードを手に取ると、立ち上がる。
「すまないな、迷惑を掛けたよ」
「いえ、お互い様です」
軽く言葉を掛けると、またそれぞれの戦場へと戻る。
蒼がいたここからだと極東にあたる国には、様々な流儀が存在した。
そのなかの一つに甲斐流が存在する。
甲斐流は、基本的には一対一、もしくは一対多数、つまり個人の技に特化し、単独での戦闘を根源とおいた流儀である。刀の基本的な根源は他の流儀と変らないし、その立ち回りもシンプルなものだ。特徴があるとすれば、極めれば極めるほど他者の目からは奇異に写るということ。
先ほどの『燕返し』という技。
放った刀をすぐさま切り返すというシンプルかつ単純な技だが、完璧に習得すると先ほどと同じ時間で四回切り返すことになる。つまり、一撃に要する時間はコンマ三秒掛からないのだ。神速ともいえる技である。
魔力という概念があまり発達しなかった国では、それを補うかのように技を磨いてきた。攻撃のための付与魔法の代わりに、刀の振るい方、その太刀筋、速さを求めてきた。広範囲魔法の変わりに、持久力があり、なおかつ自分に攻撃があたらない目配りと、立ち回り方を磨いてきた。
さらに。魔力消費がないため、冒険者にはありがちな精神疲労も起きない。体力と気力の続く限り敵と戦うことが出来る。
こうして、蒼達の国では魔物と対峙してきたのだ。
だが、今回の魔物大氾濫ではあまり技は使わなくてもよさそうだった。
敵は戦いなれてきたゴブリンやスライムといった下級の魔物ばかり。まれに、Dランクの魔物を見かけるが上級冒険者によってすぐさま屠られる。
その上、戦況は圧倒的にこちらの勝利に傾いていることは間違いなかった。
最初に現れた魔物はかなり多く、必然的に一対多数を強いられ多くのケガ人を出したが、今は少しあわただしくあるものの、冷静であれば一対一に持ち込んでしっかりと対処できるまでに数は減少している。
これも、上級冒険者がかなり負担してくれているおかげだし、背後に構える魔法使いの部隊が村に魔物を入れないという絶対的な安心感と、範囲魔法による討伐が大きく影響しているのは確かだった。
心の中では、少しだけ余裕が生まれてきて、ゆっくりと戦況を見渡せる状況が生まれているのもありがたい。
だが、ひしひしと感じる気味の悪い空気を蒼は感じていた。
◆◇◇ ◇◇◆
村の中で一番大きな建物である建物の中では、村の住民、近隣の村々の住人がところ狭しと座っており、外には村の家畜である羊、牛、ヤギなどがおり時折、爆発の音と同時に悲鳴をあげている。
千鶴は、そとの爆音を聞きながら、恐怖とは違い、不安感を覚えていた。
外では、蒼たち冒険者達が懸命に戦っているのだ。もし、蒼に何かあったらという不安が、思考の大半を占めていた。
「ふぅー」
自分を落ち着かせようと、小さく呼吸をつく。
蒼は冒険者としてはまだ未熟かもしれないが、刀の扱い、武術に関しては、甲斐流の中でも私が道場で見ていた弟子達の中でも頂点を狙えるほど。
単純にゴブリンたちであれば、負けることは決してないはずだ。
それでも拭いきれない不安は、どういうことだろうか。
千鶴の頭の中が混沌としていたとき、一際大きな爆音が鳴り響く。地面を抉り返すような爆音に、室内に一層の恐怖が蔓延する。
それと同時に、耳を突く甲高い泣き声が聞こえてきた。
千鶴はそちらを見ると、まだ幼い女の子がわんわんと泣き出してしまっている。
親はそれをなだめようとするが、子供が泣き止むどころか再度起きる爆発を聞き、喉を潰すかのように泣き喚くばかりだ。
「ママ、怖いよぉ!!」
「大丈夫だからね。外では、冒険者様たちが戦ってくださってるんだから。絶対に大丈夫だからね」
再びの爆音。
外にいる家畜たちがいっせいに鳴く。人々は、不安を漏らして恐怖が蔓延しないようにと口を紡いでいたが、ついにどこからから声が漏れ始めた。
「おい、大丈夫かよ……」
「黙ってろよ。外では冒険者達が必死に戦ってんだろ」
少しづつだが、ぼそりぼそりと声が広がり始めたかと思うと、それが大きくなっていく。
室内という孤立空間に何時間も閉じ込められているのだ。募る不安を拭いきれない部分があるのだろう。
ついに、声が上がった。
「おい、外の様子はどうなっているんだッ!!」
千鶴は声の方向を見ると、五十過ぎほどの老年の男性が声をあげる。
それを聞きつけた集会所の門を守っていた冒険者二人が駆けつける。どちらも、かなり若い冒険者で蒼と同じくらいだろうか。あまり高級ではないスチールプレートの鎧に身を包んでいるのが見える。
「そうだ、外の様子を見せろッ!!」
「一体全体どういう状況なんだ!!」
他の男性も声を上げる。
冒険者二人に対し、村の男達が一人また一人と冒険者に寄りかかっていく。
「外では、我々冒険者達が必死に戦っておりますので!!」
一人がおどおどした様子で答える。だが、その対応がむしろ村人の反感を買ってしまったのか、更なる怒号が聞こえてくる。
千鶴は、その剣呑な雰囲気をひしひしと感じつつも静かにしていた。自分が出て行っても、ややこしくなるだけだと思っていたからだ。
だが、やはりそれは千鶴の性分には合わなかった。
「いい加減にしてください!!」
千鶴はその場で立ち上がる。そして、冒険者に寄ってたかっている村人達へと駆け寄る。
「なんだ小娘が!! 黙っておらんか!!」
「なんだとは何ですか!!」
千鶴の言葉に、一瞬村人達が怖気づく。
村人と千鶴との身長差で言ったら頭一つ分。体格差で言っても日々農業や薪割りなどにより鍛え上げられた体躯の村人と、事務作業メインの千鶴とではその差は明らかであったのにもかかわらず、村人は一歩下がってしまう。
「あなた達には聞こえないのですか、この音が!!」
終始聞こえる爆音、冒険者の雄たけび、砂地が巻き上がりちりちりと砂が降る音、剣が交わり放つ金属音、魔物が消えるときの爆散音。
「冒険者達は命を削って戦っているんです!! 私の構成員だって戦っているんです!!」
拳を握る。
蒼たちが今どんな状況なのか、どのような状態なのかを見ることは出来ない。もしかすると蒼はもう事切れているのかもしれない。
「だったら、信じてあげましょうよ!! 彼らが頑張っているのだから!!」
でも、蒼は負けない。絶対に。
「……あぁ、そうだな。すまない、熱くなりすぎたようだ」
老年の村人はそういうと、元いた場所へと戻っていく。それに続いて、他の村人達も口を紡ぎながらも、ゆっくりと戻っていく。
「申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました……」
後ろを見ると、先ほどの冒険者が頭を下げていた。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。私も戻りますね」
そう言って千鶴が踵を返そうとしたとき、再び声を掛けられる。
「あの……、もしよければ片割れが護衛するので、見張り台まで行ってみますか……」
「そんなことなんて可能なんですか?」
「いえ、こっそりとですが……」
千鶴は、少し考えた後小さく頷くのだった。




