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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第8章 茎の折れた桃の花に水をやる
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201話目 思わぬ加入者

 周囲の人が世話しなく船から荷を下ろすのを横目に一人の男は、その大きな体躯が邪魔だと言われないよう、どこか肩身を狭くしながら船を降りる。

 港に着いた瞬間にどこか息を呑んだ。


 荒れた街は、自身の過去を彷彿とさせる。

 出航した港で聞いた『邪神教が浦島を殺しに来た』という話が嘘ではないという事を証明しているようなものだった。自分の勘が功を奏したというべきだろう。急ぎの船で来たからこそ間に合った。


 だが、まだ安心はできない。この胸のざわめき、不吉な予感が確信と変わりつつあることを、刻まれたスキルが訴える。主を助けろと疼くのだ。


「今行きます。蒼さん」


 その言葉を零すと、船を降り、島で一番大きな城を目指すのだった。



 ◆◇◇ ◇◇◆



 レシアとヴェルレンティーが紅茶を飲みながら、迷宮ダンジョン探索において頭を抱えていた。


 今回の海底都市アトランティスは主に攻撃力に特化した迷宮ダンジョンであるとリヴァイアから情報を得た。現在の探索のメンバーが、レシア、ヴェルレンティー、ギラファ、エルフィーナ、バールの五人で迷宮ダンジョン探索を行う。しかし、このメンバーでは迷宮ダンジョン探索において欠点があった。


「盾が居ない……」

「そうでありんすね」


 相手は水魔法を多用してくる魔物であるという事は、四方八方から魔法が飛んでくる戦況が予想される。そうなったとき、一番大変なのは魔法を回避しなければならないという事。


 現在の探索メンバーにおいて、遠距離魔法が放てるのは一番にヴェルレンティーが挙げられる。しかし、闇魔法は攻撃には向かないため、あまり攻撃という面には期待できない。次にギラファであろう。ギラファの放つ雷撃は遠距離でも通じるが、距離に応じて威力が落ちるという特性を持つ。つまり、遠距離として活用はできるが、こちらも威力は期待できない。


 レシア、バールも遠距離魔法は使用できるが、魔法を使った戦い方はあまり慣れておらず、即効性に長けた遠距離魔法は使用できない。あまり有意義な運用は難しい。


 エルフィーナに至っては遠距離魔法は使用できない。


 そのため、今の燃果の羽翼にとって遠距離魔法という物は非常に脅威であるのだ。こちらが一方的に遠距離魔法によって打ちのめされる未来が見える。

 だがちゃんと対策は練ることができる。リヴァイアの事前情報によれば、相手の魔法は一点集中型の魔法が多いため、きちんとガードをすればよいのだ。つまり、盾の役割を担う人員が鍵となる。


 今、燃果の羽翼で盾の役割を担っているのはエルフィーナただ一人だ。エルフィーナが残り四人すべての攻撃を防ぎきれるかと言ったら不可能に近い。

 今回の迷宮ダンジョン探索において、消耗は死に直結する。攻撃をいかに喰らわないかという立ち回りが必要になってくる。そのための盾要員が不足しているのだ。


「失礼します」


 悩みに悩んで頭を抱えていると、扉を叩く音と共に声がする。


「どうぞ」


 レシアが声をかけると、城に従事するメイドだった。


「どうか……した?」

「先ほど、蒼様に合わせてくれという方が城を訪れまして」

「蒼に?」

「えぇ……」


 レシアとヴェルレンティーは顔を見渡す。この島にいる身内の中で、蒼の元を訪れる人間はいなかったはずだ。仮に、レイサンが邪神教に襲われたという早馬を聞きつけたアレフレドの身内だとしても、いくら何でも来るには早すぎる。情報が届いて船に乗って到着するには早すぎる。


「名前は?」

「ラー……何とかと言っていました。こちらの地方では聞かない少し不思議な発音でして上手く聞き取れなくて……」

「ラーなんとか? 誰でありんしょう? のう龍娘?」


 ヴェルがレシアを見る。だが、レシアの頭にはどこか思い当たる節のある人物がいるようであった。


「多分、大丈夫。案内、してもらっていい?」

「かしこまりました。お待ちください」


 そういうとメイドは扉を閉めて室内を後にする。


「知り合いでありんすか?」

「うん。たぶん」

「多分って……。変な人間を招きいれては面倒ごとが増えるだけでありんす」

「大丈夫」


 レシアの記憶が正しければ『ラー』から始まる名前で、こちらの地方ではあまり聞きなれない発音のする人物は一人しかいない。こちらの地方ではあまり浸透していない発音というは、標準語から少しかけ離れた田舎訛りをしているのだろう。


 五分ほどしたら、再び扉を叩く音がした。


「レシア様、ヴェルレンティー様、お客様をお連れしました」


 そういうと扉が開かれる。

 扉の奥にいたのは、メイドとひときは大きな体躯の人間に近い姿をした魔族だった。全身がどこか人間に比べて白い肌を持ち、その屈強な体躯はオーガを彷彿とさせる。レシアの故郷に居た魔族にそっくりだった。


「お久しぶりですレシア様」

「うん。久しぶり。ラーヴァナ」


 そこにいたのはかつて剣を交えたラーヴァナであった。

 どこか昔に比べて人間味が増している。魔物といった雰囲気がどこか残るが、むしろ今は人間に近い。体躯は依然と変わらず大きく無骨である。だが、一見すると人間そのものである。


「知り合いでありんすか?」

「うん。わたしの……昔の……なんだろう?」

「旧知の仲ですね。むしろ私達の関係は蒼さんを介して成り立っている感じでしょうか」

「そう……だね。昔、いろいろあったの」


「どういう事情かは知りやせんが、龍娘の知り合いでありんすね。お初にお目にかかります。ソロモン七十二柱の主であるヴェルレンティー・アルキメデスでありんす」

「こちらこそ初めまして。氷鬼族代表、ラーヴァナです」


 氷鬼族はかつてレシアの母親である氷龍に戦いを挑んだ種族である。作物の育ちにくい雪山に暮らす両者であったが、氷鬼族が氷龍に支配された環境と食糧難に痺れを切らしたのだ。本来なら争わず話し合いで解決できな話を、ラーヴァナの兄であるゴザークが圧政を強いて氷鬼族を無理やり戦場へと駆り立てた。

 その仲介として蒼達が入るのだが、邪神教によって氷龍が操られてしまう。その際氷龍は命を落とし、アンデットと化した氷龍を蒼が打ち取る。その時に、氷鬼族は蒼に助けられたのだ。


「でも、ラーヴァナ。どうして……ここに?」

「えぇ。一週間前ほど、突然不吉な予感が体中を巡りまして。蒼様の命に関わる、そうどこか感じたのです。そのため、ピジョンスケープの方から蒼様がレイサンへ向かったという話を頼りに、こちらへ来た次第でございます」

「なるほど」


 ラーヴァナが蒼の危機を感じ取ったのは、スキル『氷鬼帝アイスオーガ・エンペラー』のせいだろう。ソロモン七十二柱がそれぞれ自分たちの気持ちを共有している悪魔の魂共有(デモンズソウル)に似た物が発動したのだろう。

 氷鬼族の王である蒼の危機を、配下である氷鬼帝アイスオーガ・エンペラーのラーヴァナが感じ取ったのだ。


「蒼様は……今?」

「蒼は……」


 レシアは今の蒼の状況を包み隠さず話す。

 まずレイサンで何があったのか。邪神教に対して蒼がどれだけ勇敢に立ち向かったのか。その際、どのような傷を受けたのか。今、蒼がどこで苦しんでいるのか。すべてを語った。

 それを聞いたラーヴァナは納得した表情を浮かべた。


「やはり、この地下から聞こえる叫び声は蒼様ので間違いはなかったのですね」

「うん」


 ラーヴァナもレシアやギラファと似て地下からの蒼の咆哮を聞き取っていた。

 壁を伝って聞こえる蒼の叫び声が確信と変わった時、ラーヴァナの目は前を向いた。


「私に何か蒼様をお助けできる事はありませんか? なんでも致します」

「ラーヴァナ」


 レシアは一瞬躊躇った後口を開いた。


「戦える?」

「えぇ。村の近くに迷宮ダンジョンがあるのを発見しまして。そちらで訓練は積んでいました。昔の自分よりは強いです」

「死ぬかもしれないよ?」


「蒼様に救っていただいた人間です。この恩を返すための糧となれるならむしろ本望です」

「本当に……良い?」

「えぇ。後悔はしません」


 レシアの問いに対して一切の迷いを見せずに答えるラーヴァナ。その反応を見て、どれだけの覚悟があるのかは言わずもがなだ。


「分かった。今、蒼を助けるために、玉手箱を、取ってこようとしてる」

「玉手箱……。あの禁忌とされた?」

「うん」


 氷鬼族にも玉手箱がどのような魔法道具マジックアイテムなのかは伝わっているようだった。


「そのために、三百層の海底都市……アトランティスを攻略する」

「三百層……」

「うん。いける?」

「愚問です。行きます」


 ラーヴァナの意思は堅いようだった。


「少し良いでありんすか?」

「ん?」


 レシアの話にヴェルが割って入る。


「正直、わっちは加入に関しては微妙でありんす。確かに見てくれは弱くはないのでありんしょうが、実際足手まといになりんせんか? ……慣れたメンバーで行くのが一番だと思いんすが?」

「それは大丈夫。ラーヴァナは、ちゃんと強い」


 レシアはどこか感じ取っていた。


「ラーヴァナは、今のわたしたちにとって、必要だから」

「どういう事でありんすか?」


 ヴェルからしたらラーヴァナの見てくれは上級冒険者程度の実力しか持っていないように見える。魔族という割には魔力量も高くなく、体躯が良いのは認めるが、それだけだ。筋力だけで解決できるほど甘い迷宮ダンジョンではない事はレシアもわかっているはずだ。


「ラーヴァナ、たぶん盾、持ってる」

「よくお分かりですね。私にはどうにも剣の才能がなかったようで、今では盾持ちとして動いています」

「ほら?」


 つまり、ラーヴァナは今の迷宮ダンジョン探索においてかけている盾要員としての役割が担える存在であるという事。


「どうして分かりんしたか?」

「前衛の……勘」

「なんでありんすか……そりゃ?」


 ヴェルレンティーはそう苦笑いをしてしまう。

 レシアの冗談はおいておいても、ラーヴァナの加入は確かにメリットが大きい。現在の盾要員不足を補えるという懸念が無くなる。


 前衛で戦うであろう、レシア、ギラファ、バールをエルフィーナでカバーするには大変だが、ラーヴァナという盾が加入する事で負担が半分に軽減される。


「まぁ、龍娘が良いというならわっちは反対はしやせん。話を聞く限りでは、それ相応の覚悟を持っているようではありんすし」

「ありがとうございます」

「そうぺこぺこしなさんな。わっちたちはこれから背中を合わせて戦う仲間でありんす」


「盾役を……背中に?」

「そういう意味ではありんせん」


 盾役と背中合わせにしていては、防御できる攻撃も防御できないのではとレシアがヴェルの言葉のあやを指摘すると、面倒だと言わんばかりにヴェルがため息をつく。


「とりあえず、今、わっちらには盾をしてくれる人員が欠けていんす。わっちは後衛でありんすから、ちゃんと護ってくりゃれ?」

「もちろんです。盾としての仕事、キチンと果たして見せます」

「うん。頼もしい」


 レシアも認める盾役はラーヴァナという思わぬ戦力で補強されたのだった。

 不安な点は各自に潰し、万全を期した状態で迷宮ダンジョン探索に望まねばならない。そのための不安の芽を一つ、きちんと刈り取ったのだった。

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