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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第1章 桃の花が咲く頃に
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18話目 黒光りする甲冑

 蒼は目の前の平原をただ静かに見つめていた。

 空模様も、雲が手に届きそうなほど重たく厚い。午後からは雨も降り出しそうなほどであった。

 辺り一体は、村の牧草地帯となっていたがこれからは戦場に様変わりし、視界の横に見える小麦畑や畑などは踏み荒らされてしまうのだろう。


 村の外周をぐるりと囲むように、冒険者がずらりと並ぶ。内側から、魔法に特化した冒険者、蒼がいる遊撃隊、前衛には巨大な盾を持った壁役の冒険者が立っている。


 村の中には、約五百人ほどのこの村の住人や、近隣の村に住む人たちが集まっている。こんなにもの命を、蒼達冒険者が握っているのかと思うと、嫌でも手が震えてしまう。


 大都市を守る冒険者は、この人数とは桁が違う人数を守護するのだ。蒼達なんかとは圧倒的に規模も違えば、主要都市ということもありその重みも変わってくるのかもしれない。


 蒼は、震える右手を左手で押さえ込む。


 隣を見渡すが、先ほどまでいた千鶴の姿はもう見えない。

 もし、あの手に握られていたらどれだけ勇気が湧くのだろうか。もし、あの手に触れられていたらどれだけ自分の律していられただろうか。もし……


 考えが一極端になっていき、心拍数がどんどん上がっていく。今にも、先ほど食べた朝食を吐き出してしまいそうなほど、胃が緊張により収縮し口から吐いてしまいそうだった。


「蒼さん」

「―――――はいっ!?」


 声の方向を振り向くとユリウスにアールがいた。ペトルは後衛に周り、ゲブハルトは盾をもって前衛にいる。


「あまり緊張なさらないほうがいいですよ」

「そうっすよ。こっちには、バルミノさんを含めた上級冒険者が六人もいるし、この一帯のモンスターはゴブリンやスライム、それに強くてもオークが出るくらい。いつも倒しているやつらと、なんら変わりないっすから」


 確かに、東から出たということはここはいつも魔物を倒しにくる平原と位置は違えどさほど変わりがない。


「それに蒼さん。少し不思議に思ったことないですか?」


 ユリウスが、腰にかける剣をカチャリと鳴らしながら言った。


「どうしてこうした平原には魔物が現れるのに、都市や町、村の中には魔物が現れないのか」


 確かにそうだ。一般的に魔物というのはどこにでも生息するもの。場所やダンジョンと呼ばれる特別な空間などがによってその差はあるものの、普通に徘徊する魔物といえばゴブリンやスライムといった低級で弱い魔物ばかり。


 とはいえ、そんな場所にたとえ壁を設けたとしても意味がないように思える。壁はただの壁なのだ。内部に魔物が湧かないような魔法が付与されているわけじゃない。


「もしかして、街や村には魔物が湧かなくするような何かがあるのか?」

「正解です」


 ユリウスは、村の中心を指差して言った。


「村や町というのは大抵円形に作られるのが基本です。そして、その中心には魔力阻害結晶という魔法アイテムが存在します。それは読んで字の如く、魔物が湧かなくなったり、近くの魔物の力を弱めたりする力があります」


「そして、それはこの村にも存在する。まぁ、大都市の魔力阻害結晶って言うのは馬鹿でかいらしいけど、それとくらべりゃ小さいだろうがな」

「もしかして、それってゴブリンたちの動きとかが制限されるとかか?」


「その通りです。だから、俺達には上級冒険者六人に加え、魔力阻害結晶の加護もあるわけです」

「つまり―――」

「負けるわけがないって事さ!!」


 アールがそういうのを聞き、蒼は少しだけ口元が緩む。


 そうだ。ここには、この村を守るために多くの冒険者が集まっている。そして、その中には蒼より強い冒険者なんて限りなく多いに決まっている。上級冒険者が六人。そして、説明によれば中級冒険者だって、全体の半分を占める。


 蒼一人が戦っているわけではないのだ。ここにいる冒険者全員で戦っているのだ。負けるはずがない。


 蒼はいつも何か手の震えが治まっていることに気が付いた。


「ごめんユリウス。情けないところ見せた」

「別に構わないさ。正直言うと、俺だって若干脚震えているんだから。まぁ、アールなんてこっち来る前、頻繁にトイレ行ってたしな」

「ま、まぁ……」


 やっぱり二人とも緊張しているのだ。それでも、蒼に対して励ましの言葉を書けたりできる二人はやっぱり蒼なんかよりも一歩進んだ冒険者なのだと思う。


 蒼は腰の村雨を撫でる。


 いつもの形状。いつもの温度。いつもの位置。いつもの触り心地。そして、思い出される師匠との日々。

 それを思い出すだけで、蒼の心の中から勇気が湧いてくる。


「ごめん、心配かけた。もう大丈夫だ」

「そうか。なら良かった」


 蒼は前を見据える。

 魔物が現れるまでの時間まではもうほとんど残り時間がないはずだ。

 

 蒼の背後には、五百人という命と、何よりも千鶴がいるのだ。

 負けるわけにはいかない。絶対に。


 そう心に近い、村雨を強く握り締める。

 そして、周囲を圧倒するような怒号が響き渡る。


『開戦だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!』


 目の前から紫の粒子が収縮し始め、ひとつの小さな結晶を構築。それに肉が付いていくように肉体が形成されていく。そして、最後に歪んだ瞳に光が宿る。

 これが、魔物の誕生。


 その工程が、蒼達を囲むように何百という勢いで行われ、周囲が一気に紫色に染め上げられ、一瞬その眩しさゆえに目を閉じてしまうほどの量だった。

 

 そしてこの大地に生を受けた魔物が、蒼達に向かって走り出す。その光景を見ると、ゴブリンのくすんだ緑色に加え、橙色、青色、緑色などの多種多様な色をしたスライム、全身を厚い毛皮に覆われたオークが雪崩や津波のように襲ってくる。


 まさにその光景は、ダムが決壊したようにも見えた、ぬかるんだ地面が轟音を立てながら崩れ落ちる土砂崩れのようにも見えた。


 言葉通りであった。魔物が溢れんばかりの量で襲ってくる。まさに、魔物大氾濫モンスターパニック


 蒼は腰の村雨を勢いよく引き抜く。

 雪にも負けない白銀の刀身は魔を絶つ。柄の黒い紐は己の変ることのない強い意思の表れ。鍔の桃の文様は師匠とともに歩んだ日々の大切さ、そしてその思いの形。


 蒼は村雨を強く握り締める。

 周囲からのさまざまな抜刀音が響き渡る。


 そして、迫りくる魔物の足音にも負けないようなこちらからの怒号。


『いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!』

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!』


 それぞれの思いが交差する、魔物大氾濫モンスターパニックが始まった。



 ◆◇◇ ◇◇◆



 巨大な魔方陣を見つめながら、塗りつぶされたような黒のローブを羽織り、にやりと笑う女性がいた。


 魔方陣の中心には、その女性から見れば山にも見えるような体躯の大男。全身を覆うフルプレートの黒の甲冑。そして、刃がボロボロになり、柄が磨り減った男の身長と同等の大きさを誇る大斧。


『ヴゥゥゥゥ―――――』


 その人間の形をしたものからは理性というものは無いようで、吐息はまるで獣の様であり、人間らしさというのは感じられなかった。


 そして、全身から漂う瘴気のような黒い粒子は、まるでその者が呪われている様でもあった。


 全身から溢れる黒い粒子を吸い込んだ女性は更に口元を歪ませる。


「あぁ、良い香り。ただの死体からじゃかぐことの出来ない、上質な魔力が腐敗した匂い。勇者の魔力となれば、その香りは最高ね」


 そういうと、女性はその甲冑を指で艶やかに撫でる。黒光りする鉄板に、生気の宿らないような白い指が触れ合うたびに、その体から黒い粒子が舞い上がる。

 そして、それを嗅ぎ自身の体の疼きに対して悶えるローブの女性。


「あぁぁぁぁ!! まさに美醜!! 美しいものが腐り果てる光景ッ!! 光る者を汚して、ドロドロに溶かしたときの光景ッ!! 美醜ッ!! 美醜ッ!!」


 その甲冑を自身の口で食べてしまいそうなほどに狂おしい愛を見せるローブの女性。


「かつて大旋風と呼ばれた英雄が、見事に冥界より復活させられて、腐った林檎のような腐敗臭を漂わせながら、私の膝よりも低く獣のように這い蹲る。あぁ、心地が良いッ!!」


 声を荒げながら、ローブの女性は声を荒げていく。


「食い尽くしたいッ!! アァァァ!! こんな最高傑作は久しぶりよ。あぁ、食い尽くしたいッ!! グチャグチャにして食べてしまいたいッ!!」


 そう言いながら女性は、自らの腕にナイフを突き立てると、それを思いっきり刺す。そして、そのナイフを自らの腕の中で右へ左へとかき回すように動かす。


「でもだめなの……。これか至高の御方のため。愛しきあの方のための練習台」


 女性の腕が奇妙な形にひしゃげていきながら、腕からはドバドバと血が流れていく。


「勇者を制御するには、コレだけじゃ足りないでしょう?」


 魔法陣に血を垂らせば垂らすほどにその輝きを強めていく。そして、中央の大男の目の部分が淡く青色に光り輝き始める。


 まるでその体に生を受けていくような。

 そして、女が腕からナイフを抜く。肉が捩じれた腕からは骨が見えてしまうほどに抉れており、見るも無残な姿ではあったが、女の顔はそれでも笑っていた。


「フフフッ……。これが、うまく動けば、またあの御方に」


 そう女性が笑うのと同時に、漆黒の騎士が立ち上がる。そして、本能のままに隣に貢がれている大斧を担ぐ。

 そして、その斧に刻まれた文様は、矛を持つ甲冑の騎士。『聖矛せいぼうの騎士』のものだ。


 甲冑の騎士は、その大斧を強く握り締める。生前自分が振るっている斧だと認識し、つよくその斧に反応を求めているようにも見えた。


「……」


 漆黒の騎士は、女に見向きもせずにガチャリガチャリと足音を立てながら、洞窟の外へと向かって歩き出す。

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