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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第7章 枯れてなお栄える桃の花
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188話目 歿する時間

 ジストバーンが強く、より一層強く戦斧を握りしめたと思うと、一歩大きく踏み出す。風を圧縮して纏った戦斧には固有付属魔法オリジナル・エンチャントの『旋風属性付与魔法ルナティックフェザー・エンチャント』が付与され、万物を叩き切る風を纏う一撃を打ち出すことができる。


 いくらエルフィーナの盾が強力だとはいえ、エルフィーナが燃果の羽翼きっての盾役タンクだとはいえ、あの攻撃を防ぎきる事など不可能。ましてや、麻痺毒が全身に回り万全の状態であるならば尚更である。


 死に体の蒼はただ言葉を漏らすことしかできない。


「逃げて……逃げてくれッ!! 頼む……」


 蒼はエルフィーナを助けるためにここへ来た。ベリアルからの報告を受けて、ギリガンを倒すためにここへ来た。だというのに、エルフィーナを守れず、むしろ死なせてしまう。


「やめろ……止めてくれ……」


 ただただ口から血を吐きながら懇願する。死なないでくれと。生きててくれと。動けるのであれば逃げてくれ。俺のために、助けに来たのに無様な姿を見せた自分のために死なないでくれと。ただ血反吐を吐きながら願う。


「私を……信じて」


 これほどまでに信用できない言葉があるだろうか。不可能。理解ができない。


 エルフィーナの言葉をジストバーンは宣戦布告と受け取ったのだろうか。戦斧を構えて、最後の一文を紡ぐ。数多の敵を薙ぎ倒してきたジストバーンのルーティーン。魔法発動の際の合言葉。最後の詠唱。


「【旋風の大切断(フェザー・サーバンス)】」



 ◆◇◇ ◇◇◆



 蒼は俯瞰していた。今いる状態をまるで身長が伸びたかのように、少し上から見下ろしていた。ほとんど死人と変わらないような重症を負った自分が地面に寝転がり、必死の覚悟を持った表情のエルフィーナが蒼の盾となり、盾を打ち破り恐怖の勝利を掲げようと、風を纏う漆黒の戦斧を持つジストバーンが迫りくる。


 その光景を時を止めた状態で、蒼は俯瞰していた。


「……」


 蒼はこの状況を見て、絶望的だと考える。

 今蒼の体は動く事は無いし、エルフィーナもジストバーンの【旋風の大切断(フェザー・サーバンス)】を受けきれるだけの状態ではない。エルフィーナが無残に真っ二つに切断されて、蒼は完全に死体となるように切断される。そんな未来が火を見るよりも明らかであった。


「情けないね? そうは思わないかい?」

「……君は?」


 蒼がふと隣から声を投げかける人物に視線を向ける。

 白髪で、蒼の身長の半分程度しかない、まるで子供。いや、少年と言ったほうが年齢的にはあっているのかもしれない。どこか達観したような少年は蒼に対して話しかける。


「僕は君。君は僕。分かつ人格は血の結末故に……って感じ?」

「……?」


 蒼は少年が語られる英雄譚のような、魔法の詠唱のような、話し言葉でない言い回しに少し困惑してしまった。


「まぁ、僕は君なのさ」


 そういってニコリと笑いかける蒼と称する少年に蒼はそういうものかと不思議と納得してしまった。


「で、この状況を見てどう思う?」


 少年が目の前の状況に対して指をさす。


「悔しい」

「悔しい?」

「あぁ。俺はまたあいつに倒されて、大切な人を、自分を守るために誰かがまた切られる。その光景を見せつけられる。……実力の無さを知らしめられる」


 魔物大氾濫の時に思ったはずだった。


 この死体一歩手前の状態で何が出来るだろうか。

 もし、体を動かすことが出来れば、何かが変るだろうか。

 もし、手を動かすことが出来れば、何かが変るだろうか。

 もし、脚を動かすことが出来れば、何かが変るだろうか。


 そんなもしもの話をするのではなく自分から何かを変えられる実力を身に着けようと、もっと強くなろうと誓ったはずだった。


 だというのに、今の蒼はどうだろうか。再び対峙した自分の恐怖の象徴(トラウマ)に対して敗北してる。また負けている。


「そうだね。確かにジストバーンは自分の最初の圧倒的強者だった。初めて死ぬかもしれないって思った。強くて、怖くて、ただただ怖かった。……何が怖かったの?」

「千鶴が、その時にいたみんなが奴に殺されるんじゃないかって怖かった。俺が死んだあと、皆殺しにされるのが怖かった。……大切な仲間を失うのが怖かった」


「確かに。僕も怖かった。英雄を目指すはずなのに、こんな場所で死ぬのかって思うと、無念がいっぱいで怖かった。何も残せないのかと思うと怖かった」

「あぁ……。師匠みたいになれない、そう思った瞬間絶望もした」


「だけど僕は立ち上がったじゃないか。それはどうして?」

「……師匠の教えがあったからさ。『困っている人には手を差し伸べ、泣いている人にはそれ以上を出しだせ』。誰かを助けたい……。その一心だった……」


「僕はやっぱり誰かを助けたいと願う生き物だ。でも、その先に何があるの? 困っている人を助けてお礼がされたいの?」

「そういう訳じゃない……」


「自己満足のためにやっているの?」

「……そうじゃない。ただの自己満足でやっているつもりじゃないんだ」


「じゃあ、師匠が人助けをしろ、ってそう教えたからただ人助けをしているの? 困った人に手を差し伸べているの?」

「確かに師匠がそう教えてくれたっていうのも大きい。でも、それだけじゃない。師匠が誰かを助ける姿を見て、その姿がカッコいいと思ったから。誰を守れる存在というのが……カッコよかったんだ」


「で、今の僕はどうしてる?」

「……」


 その俺の質問に対して、蒼は何も答えることができなかった。

 地面に寝そべり、ただ守りたいエルフィーナに死んでほしくないと懇願する惨めな自分の姿を、どこか口にするのが怖かった。正直に、今の状況を話すのが嫌だった。


「死に体で懇願するしかない惨めな冒険者だ」

「……あぁ。その通りだ」


 俺がそう言うのに対して、蒼はただ肯定を示すしかなかった。事実なのだから仕方がない。反論の余地などなかった。ただ、その事実を受け入れたくないと思っても、目の前の現実を否定する事などできなかった。


「泣くかい? 僕に最後の思いを伝えてくれたエルフィーナの最期に涙するかい?」

「あぁ。泣けるなら泣きたい。でも……泣きたくない。エルフィーナがあんなに慕ってくれる俺が泣き虫だなんて思われたくない。……違うね。そんな未来を俺は望んでない」


 エルフィーナが最後に蒼に伝えた気持ち。それにちゃんと答えてあげたい。


「僕は昔願ったよね。もし、もし、もし、って。もし、自分の体が動けばなんて願ったよね?」

「あぁ。誰かを守るためには俺が動かなきゃいけない。でも、体が動かなかった」

「僕にもう一回聞くよ? 本当にそれは僕がしなきゃいけない事なの?」


 少年である俺は愚直な視線を向けてくる。


「本当に僕がやらなくちゃいけないの? 痛くって、辛くて、悲しくって、泣きたくって……死にそうになって。こんな状況になるのに、どうして僕がしなくちゃいけないの? 本当に冒険者として死地に向かわなきゃいけないの?」


 確かに冒険者という職業は過酷だ。いつ死んでもおかしくないような過酷な迷宮ダンジョンへ潜り、様々な人を助けて、偉業を為す。


「偉業を為すのが、そんなに大事?」


 偉業を為した先には、英雄と慕われる未来が待つ。生ける人々からの羨望の眼差しを向けられる存在となる。


「すごいって褒められる英雄になるのが、そんなに大事?」


 英雄願望。それがどれだけ大変か。その過酷さを理解しているつもりだ。だからこそ、死と隣あわせの偉業を成し遂げることが本当に大事か。蒼、という一人の命を懸けるだけの意味が果たしてあるのだろうか。そう問いただした時に蒼の心は、やっぱり一つに決まっていた。


「英雄は……師匠なんだ。俺にとっての英雄は師匠なんだよ。誰かを守る存在。偉業が何かはわからない。どれだけすごい事をすれば英雄と呼ばれるのかわからない。でも、俺は世間一般に英雄と呼ばれる事が目標じゃない。別に英雄なんて呼ばれなくてもいい。でも、師匠みたいな英雄になりたいんだ……」


 少年に説こうとするも、自分の気持ちがちゃんと言葉として出てこない。思いは一つだが、その思いを言葉にするのは難しい。


「うーん。なんていうのかな……」


 英雄像は人それぞれだ。だからこそ、蒼は自分の目指す姿を正しく示す。


「言い方が悪いかもしれないけど……俺は……」


 英雄という型はどういうものなのか、今一度考えてみたがやっぱりわからない。世間でどのような事をしたら英雄と呼ばれるのだろうか。そう考えた時にやっぱり尺度がはっきりしない。だが、蒼の中での英雄の尺度ははっきりしている。蒼にとっての英雄は師匠なのだから。であれば、蒼が目指す英雄は一つ。


「師匠を超えたい」


 師匠は今の蒼でも手を伸ばしても届かないような人格者だ。だが、それを超えたい。師匠のような人になる。でも、それだけじゃない。師匠が成しえないような事をしてみたい。そう大成を願う。まるで子供が夢を語るように。


「英雄を超える?」

「俺にとって師匠は最終地点みたいなものだけど……やっぱりそれだと師匠が怒ると思うんだよ。高みを目指せ、もっと上を目指せって。だから……俺は師匠を超えたい」

「それは師匠に言われたの?」

「いや、師匠は『お前が俺を超えられるわけないだろ』って笑ってたよ。……でも、やっぱり弟子が師匠を超えるのは……宿命というか……やっぱり勝ってみたいじゃないか?」


 師匠は蒼にとっての史上最強の人物だ。今世界で一番強いと言われる『海神ポセイドン』の名を持ち、師匠である桃太郎の旧友である浦島太郎も強かった。でも、やっぱり蒼が憧れるのは、師匠の姿。それを超えて初めて師匠に認められるそんな気がするのだ。そして、なによりも蒼の中で師匠という姿に手が届いたのならば、それを超えたい。そんな師匠を超えるという偉業を為したら、蒼は初めて英雄になれるのかもしれないと思った。


「……やっぱり、僕は君みたいに強くなれないや」

「……?」


 少年は自嘲気味に笑う。


「僕は鬼だ。鬼であるから力はあっても、困難に立ち向かう勇気がない弱虫だ。君の後ろに隠れて何もしてこなかった弱虫だ。だから……僕は……君が羨ましいよ」


 少年はそういうと、蒼の目を見て話す。


「蒼。僕の代わりにエルフィーナを助けてほしい。英雄になってほしい。僕は弱虫で、怯える事しかできない。……鬼なのに、力があるのに、それが怖くて使えない僕の代わりに、成してほしい。偉業を」


 白髪の少年はゆっくりと手を伸ばす。


「君は僕。僕は君。英雄になりたいと思うもう一人の僕。桃太郎という師匠に育て上げられたもう一人の僕。師匠に憧れるもう一人の僕」


 そして蒼の無骨な手に、少年のか弱い小さな手が触れる。


「……勝って」


 少年の真意が分からなかった。だが、桃太郎という英雄に憧れるという言葉を聞いて悪い気はしなかった。師匠に憧れるのもよくわかる。


 師匠は偉大だから。素晴らしい人格者であるから。


「もう一度、奴を倒して。恐怖を拭って。僕なら大丈夫。きっと勝てるさ。僕ならできる」


 少年が必死に蒼を励ましてくれる。

 その応援に対して蒼は笑ってしまう。自分はこうも鼓舞されるとすぐに調子に乗ってしまうのだと、自分の単調さに笑いがこみ上げ来る。


「ふふっ。あぁ。任せてくれ。エルフィーナは俺が守るッ!!」


 覚悟は決まった。やっぱり、こんなところで寝ている暇はない。


「万物を切るのが?」

「英雄の所業」

「力じゃなくて?」

「技で斬る」


 少年と師匠である桃太郎から学んだ文言を唱える。

 そう、師匠は今蒼がつかっている村雨で世界のありとあらゆる物体を切断してきた。であれば、蒼だって切れないものはないはずだ。切断できないはずがない。


 そして、なによりもエルフィーナが今最大のピンチなのだ。そこを助けないのは英雄じゃない。


 助けを求めている人がいる。自分のために犠牲になろうとしている人がいる。助けずしてどうする。


 立ち向かえ。恐怖を払拭しろ。


 言っていたじゃないか。


『俺ならできる』

『僕ならできる』


 同じ過ちは二度繰り返さない。

 もしも、なんてことはあり得ないから自分で未来を変える。勝つ。


 絶対に―――――


 勝つ。

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