170話目 無事に帰る
燃果の羽翼の面々はそれぞれの戦場へと駆けて行く。島の東西南北の四方向から大量のアンデッドの群れが攻めてくるという情報が上がっているため、蒼たちは南を浦島とリヴァイアに任せ、他の三方向に加え玉手箱が隠されているという島の中央にある祠の四地点を守るべく戦場へと向かっていた。
北側には蒼とヴェルが向かい、西側にはレシアとギラファ、東側にはバールが向かっている。そして、最重要案件である玉手箱の守護には燃果の羽翼で一番実績のあるエルフィーナと多数のアンデッドが攻めてきても対処できるようにベリアルが向かっている。
レシアとギラファ、バールと南部にある浦島太郎の城で別れを告げると、蒼とヴェル、エルフィーナ、ベリアルは共にそれぞれの戦場へと向かっていた。
蒼は隣で共に走るエルフィーナの表情を見ながら、胸の内の疑問をぶつけた。
「エルフィーナ。聞いてもいい?」
「えぇ、構いませんよ」
城を飛び出してから数十分という時間をずっと走り続けていながら息が荒れていないエルフィーナは、蒼の質問に何食わぬ顔で聞き返した。
「本当に、玉手箱の守護を任せてもよかったの? 一番危険な場所なんだよ?」
「分かっています。だからこそ、私がやらなければならないのです」
リヴァイアからの情報によると敵はネロという世界最恐の死霊魔術師以外にも、ベルフェゴールという凶悪な邪神教信者を引き連れているという。だが、そんな邪神教の主力の二人はあくまでも囮であるというのだ。
敵は浦島という世界最強の冒険者の足止めをするのが目的であって、玉手箱の強奪にはほかの邪神教信者が向かう可能性があるというのだ。
知能レベルの高く戦闘能力も高いスケルトンに奪還を任せてもよいが、そのレベルとなるとSランクの魔物以上となるため最強の死霊魔術師といえど消費する魔力量が多く、浦島との戦闘での魔力の温存を考えても召喚はし辛い。ベルフェゴールと二対一の状況を作り出せる事が前提とはいえ、浦島の強さは世界でも認知されている。だからこそ、保険をちゃんとかけている事はわかっている。
邪神教はネロとベルフェゴールの存在が目立ちすぎて、他の構成員達が霞んでしまうが、伝説級の冒険者並みの実力を持つ犯罪者は当然ながら存在しているし、上級冒険者程度であれば相当数いると考えられている。もし、伝説級冒険者一人と上級冒険者が束になってかかってきたらエルフィーナとベリアルの二人で対処するのは非常に厳しい。
一番危険な場所にエルフィーナはこれから身を投じなければならないのだ。
しかし、一番危険と分かっているからこそエルフィーナは自分から声を上げた。
「仮にも伝説級冒険者が来たとしたら、やはり対処できるのは私しかいません。それに一対一であれば私は勝つ自信がありますし、一対二であってもベリアルさんが居てくれれば負ける気はしません。私がやはり適任なのは自明の理です」
エルフィーナは自分がやるときっぱりと言い切った。
理由は先ほど述べた通りだが、それはエルフィーナの思っている理由の半分でしかない。もう半分は、蒼を一番危険な戦場へと向かわせたくないというのが一番なのだ。いや、正確に言えば燃果の羽翼の面々を危険な戦場に向かわせたくないというのが正しい。
レシアとギラファが示した自分の所属するギルドへの愛。レシアは付き添い冒険の時に、ギラファはギルド加入直後の話し合いで、それぞれ自分のギルドが、燃果の羽翼がとても大切な居場所であり、何よりも守るべき場所である事を聞いた。
であるならば、ギルドの一員であるエルフィーナは自分もこの大切な居場所を守らなければならないと思ったのだ。
誰一人として死んではいけない。誰一人として欠けてはいけない。一人でも欠けたら今の楽しいギルドでの生活は瓦解して殺伐としたものとなるのは目に見えている。あの楽しかった日々を悲しむ毎日を送る生活を、取り戻せない日々に手を伸ばし空をつかむ虚しさを味わうのが分かっている。だからこそ、エルフィーナは強い覚悟を持って声を上げたのだ。
「仮に強い敵がおらず物量戦となっても私はアンデットです。疲れる事がない体ですから、一番持久力がありますし、ランスの弱点である集団戦も克服しています。ですから蒼さん、どうぞ心配なさらないでください」
「それに蒼様、私がついております。この知将ベリアルがエルフィーナ様のサポートを全力でさせていただくどころか、むしろ私が骸骨の群れなどすべて火葬して消し炭にしてやりますよ」
翼を生やして低空飛行をするベリアルがどこか得意げに答えて見せた。
どこかこの緊張した空気を和ませようとするベリアルの言葉に蒼たちは小さく微笑んだ。
「私はアンデッドなので、炎系魔法をぶつけないようお願いしますね。むしろレシアさんをサポートに回すべきでしたかね。氷系魔法なら私はほとんど効かないので」
「ベリアルでは不安でありんすから、わっちが行ってもよかろうて。闇魔法もエルフィーナは無事であろう」
「そうですね。ヴェルさんでも良いかもしれないですね」
「えっ? えっ? 私の存在意義は……」
ベリアルが悲しげな表情でキョロキョロとするのを見て、やはりこの雰囲気が好きだと蒼たちは再確認したのだった。それと同時に、この山場を切り抜けるのだとそれぞれ覚悟を決める。
「エルフィーナ。本当に危険な状況になったらすぐに呼ぶんだよ。俺じゃなくてもいい。レシアだってギラファだって良い。すぐに助けに向かうから……ううん。危なくなったら逃げて。玉手箱が奪われたら大変な事態になるのはわかっているけど、やっぱり俺はエルフィーナの命が大事だし、誰一人欠けたくない」
「蒼様……」
「命は一つしかないんだ。もし玉手箱が奪われたら取り返せばいい。命があれば何度だって挑戦できる。でも、死んだらそこで終わるんだ。だから、絶対に生きてて」
蒼の気持ちの籠った言葉を受け取ったエルフィーナは、一層このギルドが好きになる。自分の居場所だと再確認する。
「ベリアル。もしエルフィーナが危険な状況で、逃げられない状況になったら真っ先に俺にどんな手段でいいから伝えて。これは……絶対の命令だよ」
「我が命に代えても、ご命令を遂行して見せます」
「ベリアルは約束はちゃんと守る悪魔でありんす。王の命令はちゃんとこなしてくれるでありんしょう」
蒼はベリアル達悪魔の誠実さを知っているからこそ厳命した。誰も死んでほしくないからこそ、ベリアルに頼んだのだ。
「王よ、そろそろ目的地へと向かいんしょう」
「そうだな」
森を右に行くとエルフィーナ達の洗浄となる祠があり、蒼達は直進することで北側の港へと出る。蒼はエルフィーナ達と別れる前に確認する。
「エルフィーナ。俺たちギルドの目的は?」
「民の救済、ですよね」
「そう。島のみんなを守るよ」
「えぇ。それに、これに完全勝利すればいずれ起こるであろう戦争も回避できる」
玉手箱が奪われた時、それは邪神復活の時だとリヴァイアは語っていた。つまり、邪神が復活した時、邪神討伐のために多くの命が戦に挑むこととなり、多くの命が奪われる事が予想される。そんな未来を生まないためにもここで玉手箱を死守する必要がある。
「それじゃあ、エルフィーナ、ベリアル、頑張ってね」
「蒼さんこそご無事で」
「蒼様、お嬢様、健闘をお祈りしております」
「エルフィーナ、ベリアル、わっちは期待していんす」
最後に一言ずつ交わすと四人は二手に分かれ、それぞれの戦場へと向かっていった。
◆◇◇ ◇◇◆
レシアとギラファは先に西側へと到着していた。そして、巨大な防御壁の上から港を見下ろしていた。
「……臭い」
「えぇ。これだけのアンデッドが集まると死臭が凄まじいですね。嗅覚が潰れてしまいそうです」
レシア達のいる西側は小さな港があり、時折くる海賊たちの防衛のために岩壁を削る形で防御壁が形成されてある。防御壁に設置された塔には蒼たちが島に来る際に乗っていた船、竜船ベルトフィアス号に搭載された『神雷の審判』が設置されている。
「増援なんてありがてぇな!!」
「……船長さん?」
「おめぇ達冒険者が来てくれるなんてありがてぇ限りだ!!」
西側には多くの漁師がおり、防護壁に設置された弩砲を利用して防衛をする。それに加え、戦闘ができない漁師以外にも、島に滞在していた冒険者達もこの危機的状況を聞きつけ、続々と南と祠以外の戦場へと駆け付けている。その数は決して多くはないとはいえ、上級冒険者や中級冒険者が多くいるため、Bランクの魔物である骸骨騎士であれば屠れるのでちゃんと戦力となる。
「指揮は任せます。私達二人は中央で暴れているので、船長さんや他の冒険者は防御壁に近づかないよう努めてください」
「おぉ!! ありがてぇ!! それじゃあ他の奴らにも伝えてくるぜ!!」
ギラファの言葉を受け取った船長は他の漁師や冒険者たちが集まる場所へと向かって走っていく。
その後ろ姿を見送ると、レシアとギラファは視線を港へと向ける。
大量の骸骨の群れは人生で一度として見たことのない量。その中に確実に強いと分かる敵が居る事、今いる上級冒険者たちでは太刀打ちができない敵が居る事も見てわかる。
全身をオリハルコンの鎧で包んだ牢固たる死霊騎士はAランク上位の魔物であり上級冒険者一人で討伐するのは厳しい。その実力は海賊骸骨と並ぶほどである。海賊骸骨が多種多様な戦術に長ける魔物であるならば、防御に一点集中した骸骨種の魔物が牢固たる死霊騎士であるといえる。
それよりもレシアとギラファが危険視しているのは、骸骨の群れの中央で優雅に佇む一体の骸骨災厄の賢者であった。実際に見たことはないがヴェルの知識で聞いたことがあるSランク上位の魔物である。
様々な魔法を多用し、支配下に置いた者や魔物に一定の上昇効果をかけ、意思なき魔物に的確に指示を送ることができるスキル『統率』を持って居るのが特徴の敵である。
階層主として基本は君臨しており、迷宮の最奥にて数多の骸骨種を従えているのだが、ここは地上である。誰かが召喚しているのは間違いないし、事前にその情報は得ている。
「……ギラファ。あれから……倒そ」
「もちろんです。奴を倒せは他の魔物たちの動きも悪くなるでしょう」
ギラファが言う通り、今隊列を組んで進軍している骸骨騎士や牢固たる死霊騎士は、すべて災厄の賢者のスキル『統率』の影響を受けているからである。指揮官さえ倒せてしまえば、統率の取れなくなった敵は一気に無能な兵へとなり下がり、状況が一変する事が推測できる。
「行くよ」
「えぇ」
レシアはギラファに掛け声をかけると、十メートルはあろうかという防御壁から飛び降りる。




