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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第7章 枯れてなお栄える桃の花
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164話目 手合わせ

 蒼達は、城の裏庭へと案内される。敷地面積がどれだけあるのだろうかと思うほど広大な庭、というよりはもはや野原と言ってもいいほどの面積を持っていた。


「それじゃあ、ルールは簡単。俺はお前達を戦闘不能にしたら勝利。お前達は、俺に触れれたら勝利でどうだ?」

「……ずいぶん甘々じゃないですか? 浦爺?」

「ガハハハハハッ!! 俺様に触れれると思うなよ? 海神ポセイドンの名が伊達じゃないところを見せてやるさ!!」


 蒼達は普段着込んでいる冒険用の装備を身につける。そしてそれぞれが所持する武器は模造刀などではなく、村雨、双氷龍エクスキュース、怨恨の晶杖、災皇槍エンプレッサーをそれぞれが所持している。装備は出し惜しみする事なく、本気である。


 それに比べて浦島はというと、肩に担いだ酒樽を武器にするつもりなのか、武器らしい武器を所持していない。だが、蒼はその理由をちゃんと知っている。


「浦爺は、水を自由自在に操ることができる。だから、あの樽の中に入っている水が武器だ」

「凍らせちゃえば……いいだけの話」

「水なら、私の電撃が有効そうですね」


 天災組が息巻いているなかで、ヴェルレンティーとエルフィーナは緊張の面持ちだった。


「わっちは、正直トラウマでありんす……。二度と戦いたくはなかったのでありんすが……仕方がありんせん……」


 ヴェルレンティーは小さくため息をつくと、エルフィーナの尻を思いっきり叩く。


「ひっ!? 何するんですかヴェル様!?」

「気合を入れんす。恐れていてもなんら変わりんせん。最後まで戦い抜くだけでありんす」

「そ、そうですね……」


 エルフィーナは緊張した面持ちを解くために自身の頬を強く叩く。すると、スッと意識が変わり目の前の相手に対して視線が向けられるようになる。


 そして、全員が目の前の相手に向けて視線を送る。ゆっくりと心臓の鼓動が早くなり、脳が少しずつロックを外していき、全身に血が巡り体が火照ってくる。戦闘前の、どこか心地よいような緊張感が全身を包み込む。


「リヴァイアッ!! ちゃんと千鶴ちゃんを守ってやれよ!!」

「分かっております。というより、浦島様がこちらに被害が出ないように戦えば良い話ではないのですか?」

「戦ってるときに、そんな上手な加減ができるか!! やるときゃやるのが俺の信条じゃいッ!!」


 リヴァイアが「全く……」と小さくため息をつくのと同時に、浦島が大きく肩に担いだ酒樽を地面に叩き付ける。


 宙を漂う数多の水の雫。そして地面に零れ落ちるはずの水の塊が、浦島太郎の周囲をぐるりと一周浮遊する。それはまるで水に魂でも宿ったように錯覚されるほど、命が付与されたかのような滑らかな動きをしてみせる。


「さぁ、試合開始だッ!!」


 浦島が大きな声を上げた瞬間、蒼達は地面を大きく蹴り上げる。


 フォーメーションはアレフレドで何度も練習している。レシアとギラファが前線に立ちアタッカーとして立ち回り、蒼が遊撃として前衛をサポートする。エルフィーナは前衛と遊撃の盾となるためのディフェンダーを務め、後方ではヴェルレンティーが魔法を唱えて、全体をサポートする。


 全体的に攻撃寄りの編成となっている。レシアは防御に関してはあまり得意ではないため、前衛で猛威を振るってもらうのが一番だ。ギラファはアタッカーかつ、ディフェンダーも務められるが、今回で言えば前衛に立ってもらい、レシアと協力して連続して攻撃を加える。

 蒼は、やはり遊撃として立ち回るのが一番しっくりくる。全体を見ながら、前衛と交代して攻撃を加えていく。


 エルフィーナは、前衛が危機的になった時に中間へと割って入り、ランスによるカウンターを決める。エルフィーナの磨かれたランスによる一突きは、瞬間火力だけで言ったらこのパーティーの中で最強の一角を占める。

 ヴェルレンティーは、回復魔法を唱えつつ、エルフィーナがカバーできない攻撃を防御魔法で防ぐのが目的だ。全体を見つつ、状況に応じて攻撃魔法によってのチェックも狙っていく。


 パーティーを突出する形で飛び出したのは、瞬発力に優れるレシアだった。

 両手の双氷龍エクスキュースを構えると、一気に浦島までの距離を詰める。風が肌を切るのではないかと思うほどの加速をしたレシアは、浦島に向かって遠慮なしに本気でナイフを一閃する。


「ッ!?」


 どこかガハハハと笑う酒飲み爺の印象が植えついていたレシアは、浦島がにやりとした表情を見逃さなかった。そして、腕に伝わるまるでオリハルコンの壁をナイフで殴ったかのような衝撃に驚愕する。


「なかなかの瞬発力だッ!! だがまだ遅いッ!!」


 レシアが薙いだナイフは水によって阻まれていた。氷龍の爪を研いで造ったナイフが切れない水などありえないという考えが浮かぶものの、事実目の前の事象がそれを否定していた。一瞬の驚愕を押さえ込むと、レシアが更なる連撃を打ち込む。

 右手のナイフによる一撃が防がれた以上、狙うは左手によるニ撃目、右手による三撃目。


 しかし、まるで壁を殴っているかのような鈍重な痛みが腕を伝う。ビリビリと震える腕に、水という半透明な液体に防がれているのが、手が届く距離に居るのに攻撃が当たらないもどかしさ生む。


 そんなもどかしさを抱きながらレシアは一歩引いた瞬間、耳元でバジッと雷鳴が鳴る。


「代わりますッ!!」


 背後からレシアと交代する形で攻撃に入ったのはギラファである。

 レシアが大きく回避したのを見た瞬間に、ギラファは叫ぶ。


「ライトニングッ!!」


 瞬間、まるで落雷が落ちたかのような雷撃がギラファを中心に発生する。範囲攻撃というにはあまりに局所的な雷撃が浦島を襲う。


「なかなか良い威力をしているが……電気治療かな?」


 浦島が纏っているのは薄く張られた水の膜。厚さがミリもない薄い膜だというのに、ギラファの雷撃を耐え切って見せたのにはギラファもレシア同様に驚愕の表情を浮かべてしまう。


 ギラファは脳が認知する前に、ほぼ条件反射のような感覚を持ってして腕を前面に出した瞬間、腕の甲殻が弾けるような激痛が襲う。それが浦島のパンチによる攻撃だと認知したのは、ギラファの体が宙に浮いた時だった。ギラファは超硬度を誇る自身の甲殻を打ち砕いた相手の拳も、それなりのダメージが入っているだろうと考え、狭まった視界で敵の拳を視認するが、まるで無傷。


「なかなか硬い甲殻じゃないかッ!!」


 浦島が言葉を発した瞬間、ギラファの視界一杯に浦島の拳が映る。


「ギラファ様ッ!!」


 ギラファの体がエルフィーナの盾によって吹き飛ばされると、エルフィーナの眼前には浦島の体が移りこむ。低くかがんだ姿勢から、まるで力を溜め込むようにしてランスを引き絞る。そして、放つ。


「はぁッ!!」


 地面を思いっきり両足で踏み込み、体全身を駆使して放つ一撃。浦島の腹部向けて放たれたその一撃は、水の塊と衝突する。二センチほど水の塊を貫いたエルフィーナの渾身の突きは、衝撃波が大気を揺らすものの、呆気なく防御されてしまうのだった。


「なかなか素早く威力の篭った突きだが、まだまだッ!!」


 浦島の反撃と言わんばかりのパンチを盾で防ぐ。だが、人間が繰り出す一撃とは思えないような威力の一撃に、盾を持つ左手が震え上がる。盾に窪みでもできたのではないかと思う程の衝撃を左腕が吸収すると、肩までその衝撃が走る。


 このまま押し負けたら腕が吹き飛ばされてしまうのではないかという思考が一瞬巡った時、本能が足の先まで全力で踏ん張る。

 英雄級、それも世界最強の拳の一撃を何とか受け止めたエルフィーナだが、一瞬の衝撃だというのに左腕がビリビリと震えるほどの威力を感じ、その力量の差を感じせざる終えなかった。


「甲斐流ッ!!」


 エルフィーナは背後から聞こえる蒼の声を聞いた瞬間、その場をすぐさに離脱する。


「十字閃迅ッ!!」


 地面を思いっきり踏み締めて、蒼の村雨が十字に白い軌跡を描く。その十字を描くのに秒も必要とはしなかった。だが、村雨から伝わるのは肉を断つ感覚ではなく、切れない水を殴る感覚だった。


「甲斐流を習得しているようだが、まだまだ錬度が足りてないな。甘いぞッ!!」


 下段から蒼の左腹部を狙った蹴りが繰り出されるのを視認するが、あまりの速度に視認するだけで終わってしまう。


「がはッ!!」


 体が宙に浮き、体内の臓器が悲鳴を上げるが、目は閉じなかったし、村雨を手放さなかった。自身の体が宙に浮いた状態かつ、上下が逆さになった状態でさえ、蒼は浦島を視界から一切はずさなかった。目を瞑る暇があったら、一撃でも多く加える。


「甲斐流無武ッ!! 翔哭しょうこくッ!!」


 体を思いっきり捻りながら、無理矢理上段から浦島に向けて蹴りを繰り出す。その一撃が、浦島の第二撃目となる右腕に取り付けられたフックと衝突。金属製のフックと、蒼のブーツに仕込まれた金属底が火花を散らす。しかし、蒼の特殊な金属底はオリハルコンの強度を遥かに上回る。


「物理強化魔法か!!」


 浦島の驚愕を一瞬生んだだけで、蒼は地面に思いっきり叩きつけられる。しかし、蒼の前線離脱と共に割ってはいるのはレシアとギラファだ。

 レシアは右から、ギラファは左から、一気に畳み掛ける。


「ハハハッ!! 良いコンビネーションだがまだ甘いッ!!」


 左右から迫る氷撃と雷撃を防いだのは、鉱石の盾の堅牢さを凌駕する水の盾。この盾を破らぬ限り、浦島に一撃を与えることは不可能。だからこそ、レシアとギラファは挟撃という手段をとった。


「ヴェルッ!!」


 レシアが叫んだ瞬間、浦島はつい放置していた一人の少女を見た。


 コンパクトに纏められた六連結の漆黒の魔法陣。つまり、第六階位魔法。


「光を貫け。この一撃は光を打ち砕く一撃である。生を謳歌するものを貫け、無我の境地へと誘え、そして零に帰せ。光を、闇へと帰せ。最後に残るのは我が深淵なる闇である。さぁ、己が闇を抱き、増幅の果て、放て。己が最後を闇で貫け」


 ヴェルの凛とした声で、詠唱が唱え終わった瞬間、浦島の視界はブラックアウトするかのような錯覚を覚える。まるで、世界から一瞬だけ光が消えたような、昼が夜へと一瞬だけ変わったかのような、そんな錯覚を覚えた。


「【終焉の破砲(デマイッシュリング)】」


 六連結魔法陣から放たれた崩壊を促す闇の砲撃は、一直線にレシアとギラファの挟撃を相手にする浦島へと放たれる。

 躱そうとしても、左右にはレシアとギラファに挟まれているため逃げられることは不可能、一直線に放たれた攻撃であるため背後に回避するなど不可能。水によるガードを考えたが、第六階位魔法を止められる程万能ではないし、なにより闇属性というあらゆる属性を打ち消す貫通性のある魔法を防ぐ手立ては少ない。


 レシア、ギラファ、ヴェルレンティー、エルフィーナはその一撃が当たったと胸のうちで思う。つまりそれは、この模擬戦においての勝利を予感させた。


 ――――英雄は、不可能を可能にする。


「第十階位魔法くらい撃ってこいやぁぁぁぁぁあああああああああッ!!」


 浦島は左右を水の壁でレシアとギラファを弾くと、正面の砲撃に集中する。左手の拳を強く握り締めると、気合を込める。


 レシアとギラファに割いた水の余りを、左手に集中させる。まるで自らの手に一枚の装甲を纏うようにすると、目の前の一撃に向かって正面から殴りあう。


「ふんぬぅぅぅぅうううううううううううッ!!」


 押し返しては押し戻される。だが、浦島は笑う。左手の水の装甲がボロリボロリと落ちるたびに笑う。これを弾き返したらやっぱり自分は最強なのだろうと、これを弾き返したら海神ポセイドンの名に相応しい伝説が生まれるのだろうと。これを弾き返したら……


 自分はまた一つ英雄譚を述べれるんじゃないかと。


「かぁぁぁぁぁあああああああッ!!」


 喉から龍の咆哮にも負けない雄叫びを上げながら、地に着いた足になおのこと力を込め、一撃を叩き落す。地面に叩きつけられた砲撃は、地面を大きく抉ると土煙を上げながら消失する。


「なっ!?」


 ヴェルレンティーは第六階位魔法が打ち落とされるなど夢にも思っておらず、驚愕の声を上げる。


「英雄は、伝説となる人物ッ!! 伝説を作ってこその英雄ッ!! その行為はまさに偉業ッ!! 偉業を生む人物こそ英雄ッ!!」


 浦島の雄叫びをレシアは耳にした瞬間、龍種の動体視力をもってしても眼前の浦島の姿を捉えることができなかった。


「龍を倒すのもまた英雄の所業ッ!!」

「がッ!!」


 レシアは突如として背後から思わぬ一撃を喰らったことに対して脳がフリーズした。それが浦島の攻撃だという事に気づくまでに数秒を要すると同時に、自身の腹部に攻撃を喰らって宙に体が浮き、戦前から離脱してしまうほど吹き飛ばされているのに気がつく。


「多勢を打ち倒すのも英雄の所業ッ!!」

「がはッ!!」


 地面に埋まるのではないかという衝撃がギラファの後頭部を襲う。目にも留まらぬ速さ。もはやそれは人のそれではないと思わざる終えないほどのスピードをもって、ギラファの後頭部を掴むと思いっきり地面に叩き付けたのだ。


「盾など抜いてしまおうぞッ!!」

「ぶはッ!!」


 浦島は突風の如き速度でエルフィーナに接近すると、地面と盾の隙間につま先をかけて思いっきりつま先を蹴り上げる。思わぬ攻撃にエルフィーナは反応ができず手から盾が吹き飛ぶ。

 浦島は、浮き上がった足を地面に叩き付けるようにして地面を踏み締めると、回転を加えながら左拳による正拳突きを繰り出す。


 エルフィーナはこの後襲い来るだろう激痛を予知して目を瞑ってしまう。


 伝説級の冒険者と英雄級の冒険者の差、いや世界最強の実力の片鱗を見て、さすがだと評価せざる終えなかった。この槍が一撃とも届くことのない圧倒的実力さを感じざる終えなかった。


 しかし、強くなると決めたその死した心は今なお動いている。死してなお動いている。


「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああッ!!!!!!」


 吠える。叫ぶ。この一撃を、盾としての役割が与えられた自分だからこそ耐え切って見せると、気合を込めて叫ぶ。絶対に一撃耐え切ってみせると、チームに貢献するのだと、自身を鼓舞し、右手に持つランスを思いっきり突く。


 不安定な体勢から繰り出される一撃は、満足のいく攻撃とはいかなかった。英雄の拳を打ち砕くには弱すぎた槍の突きは衝撃波を放ちながら弾かれる。


 しかし、エルフィーナの見開かれた視界に映るのは、二人の英雄。現役の英雄浦島と、エルフィーナの英雄であり燃果の羽翼の英雄、蒼。


「甲斐流ッ!! 落華穿空らっかせんくうッ!!」


 地に落ちた花が風によって宙をはらりと舞い、空を覆い尽くす。

 下段から上段にかけて逆手に持った村雨をアッパーカットのように掬い上げると、まるでぶれているかのように六撃放たれる。


 エルフィーナに気を取られている瞬間の、隙を突いた一撃。蒼は腰を落とした状態から、英雄を穿つ。


 村雨を阻む水の壁。だが、村雨は英雄の一振り。断つ。

 

 英雄はそれを越える。


「桃太郎流ッ!! 霞み朧ッ!!」

「なッ!!」


 浦島の姿がぼやけた瞬間、蒼の左腹部から思わぬ攻撃が飛ぶ。その不意を撃たれる攻撃に驚愕するも、蒼は浦島が放つ桃太郎流に驚愕が隠せなかった。しかし、英雄は越えてくる。自身の思っている常識を超えてくる。


 地面をバウンドするようにして、地面に倒れこんだ蒼は口を切って血を吐き出す。地面に垂れる血。起き上がって、英雄の姿を見ると、残心するかのように息を整える英雄が勝ちの空気を吸っていた。


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