161話目 招待状
「あ、蒼様ぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
燃果の羽翼のギルド拠点を駆けるひとつの足音。足音の主であるエルフィーナの見たことの無いような慌てように対して、廊下清掃担当の悪魔メイド達が敵襲でもあったのではないかと、その様子を見て驚愕の表情を浮かべている。
エルフィーナはドアノブを強く握ると、扉が壊れてしまうのではないかと思うほど強く扉を開く。
「え、エルフィーナ!?」
強く扉を開いた先に居たのは、梅干を口に詰めたかの如く、渋い表情をしながらヴェルレンティーと新聞を読んでいた蒼であった。
「何を慌てているのでありんすかエルフィーナ? 千鶴様の家庭菜園でも踏み荒らしんしたか?」
「そういう訳ではありませんが……って、違います。この書状を御覧くださいっ!!」
そういってエルフィーナが握る書状を受け取る蒼。
その書状は、高級な白い紙が使用されており、その手紙の封の部分には赤い蝋が垂らされており、巨大な碇と龍の印璽がされている。この蝋が崩れていないことが、この封書が開けられていないという事をしめすのだが、わざわざ封書という貴族まがいな手紙を出す間柄などいただろうかと蒼は少し首を傾げてしまう。
「この文様、どこかで見た気がするんだけどなぁ……」
蒼が気になったのは封書の蝋に印璽された文様であった。記憶の片隅にしまわれてしまい、記憶を辿ってもなかなか思い出せない歯がゆい感覚に蒼は襲われてしまう。
「ヴェルは知って……る……ヴェル?」
思い出せずについいつもどおり、燃果の羽翼の智将に尋ねてみると、ヴェルレンティーが嫌いな食べ物を目にした子供のような、険悪な表情を浮かべている。
「エルフィーナや? これはいつ届いたのでありんすか?」
「今朝でございます」
「これを見て騒がん王は度胸があるのか、無知なだけかと疑いんすが……事によっては……」
「はい……」
二人は少しづつ険悪な表情を浮かべる。
「蒼様ッ!!」
「どうし……えっ!?」
エルフィーナが声をかけてきたと思い、反応してみせると、エルフィーナは片膝を付きながら蒼に対して頭を垂れ跪いている。蒼は、エルフィーナが何をしているのかと思い、慌てて立たせようとするも、エルフィーナの覚悟の篭った声に圧されてしまう。
「我が魂、天へと召されるまで、あなた様に忠誠を誓い、あなた様を必ずやお守りする盾となることを宣言いたします」
「わっちら、ソロモン七十二柱の全悪魔が誓いんしょう。この命果てるときまで、王をお守りすると」
「エルフィーナ、ヴェ、ヴェル……えっ……ん?」
蒼は、自分の知らないところで何か壮大な何かが動いていると初めて気がついた。
「エルフィーナ、わ、分かったから一旦顔を上げてどういう状況か教えてくれないか? 事態をちゃんと受け止めてから、その忠誠を受けるとするよ」
「畏まりました」
エルフィーナは険悪な表情を崩す事無く立ち上がる。
「今朝、燃果の羽翼に書状が届きました。その書状の送り主は『大海の主』に加えて、直々に『浦島太郎』のサインまで書いてある……」
「浦島……太郎……」
蒼はその言葉を聞いた瞬間、かゆいところに手が届かなかったもどかしさから開放された。
「浦爺かっ!!」
「う、うらじぃ……?」
蒼が閃いたように声を上げるのに対して、エルフィーナとヴェルレンティーはどこか疑問符を頭の上に浮かべる。
「あぁ、浦島太郎は師匠の友達だよ。俺も小さい頃にしか会った事が無かったから、忘れてたけど、浦爺とは師匠繋がりで知り合いだよ。いや、懐かしい人から手紙が届いたなぁ……」
蒼が恍惚とした表情でその手紙を眺めていると、隣から二つの大きなため息が聞こえてくる。
「蒼様、私、この命を懸けた意味とは……」
「わっちも、燃果の危機とばかりに覚悟を致しんしたのに、これは拍子抜けでありんすね……」
「なんか……俺すごい勘違いをしてる……?」
「あっ、いえ、多分勘違いをしていたのは私達の方ですね……」
胸を撫で下ろして、エルフィーナは答える。
「浦島太郎といえば『海神』と謳われる、今世界最強を謳われている人物でございます」
「それに、性格は蛮族のようで、海に面している国々を次々と襲っては統一していった、海賊でありんす。今は冒険者と職を変えてはいんすが、その荒れた性格は今も健在と聞いていんす」
「正直、そんな人物から手紙が届いたと知ったとき、私は燃果の羽翼が何かやらかしたのではないかと不安で、気が気じゃなかったですよ……」
「浦爺は、確かに怖い顔はしてるけど、そんなに怖い人じゃないよ。どちらかといえば、豪快な酒飲み爺みたいな人だよ……。そんなに……恐れることはないと思うけれど……」
「王は、あの怪物と戦ったことがないのでありんしょう……。あやつだけは、手を出してはいけない禁忌でありんす……」
蒼は、ヴェルのその震えようから、自分の知っている浦島太郎という人物像を疑いたくなってくるのだった。
蒼が知っている浦島太郎という人物像は、酒、女、宝、なによりも海が大好きな海賊であり、いつも頭に古ぼけた汚らしい巨大な帽子を被っており、その帽子をいつも自慢げに語っていた。その声量の大きさに加え、口からは常に酒の臭いがするので、幼い頃の蒼は『酒飲みの臭い爺』という認識が強くあった。
それでもまるで老人とは思えないような明るい笑みを浮かべながら、あらゆることを教えてくれる知識豊富な老人の武勇伝を蒼は聞くたびに、まるで英雄譚を聞いているかのようで、その心が強く高鳴っていたのを覚えている。
海を真っ二つにして昼食の魚を獲った話、悪い王様に支配された臨海国を半日をかけずに助け出し、塔に監禁されていた王妃を救出した話、こちらは漁船一隻に対して、相手は巨大な海賊船二十隻という海上戦において漁船を無傷にして、敵海賊船を全て海の藻屑に変えた話など、幼く海という存在を知らない浦島太郎の話は強く印象に残っている。
「そういえば、この封書はなんだろう?」
「戦線布告を告げる封書じゃないことを祈ります……」
「いや、それはないって……」
エルフィーナのどこか祈るような表情を見ながら、蒼は封書を開ける。
そこに入っていたのは一枚のチケットと手紙だった。
「懐かしい……浦爺の字だ……」
蒼はどこか懐かしむような表情を浮かべながら手紙を読んでいると、隣で手紙を覗き込んでいるヴェルレンティーとエルフィーナは難しい表情を浮かべていた。
「王よ、これはどういった言語なのでありんすか?」
「私も知らない言語ですね……」
「これ西大陸共通語だよ。浦爺、字を書くのは師匠と同じ位下手糞だから」
「エルフィーナ読めんすか?」
「全然読めません。っていうか、一字として西大陸共通語が見当たらないのですが……」
アレフレドに限らず、一般市民は基本的に二つの言語を習得する事になる。大陸の西側と東側で言語が違うため、西大陸共通語、東大陸共通語を覚えることとなる。アレフレドは大陸の西側に位置するので、西大陸共通語が主流である。
「それで王よ、なんと書いてありんすか?」
「うん。ざっくり言うと、ギルド抗争勝利おめでとうっていうのと、久しぶりに会いたいから招待券を入れておいたよ、って書いてある」
「招待券というのは、そのチケットのことでありんすね」
金色に光るまさに豪華といわざる終えない一枚の紙に、無駄な所に費用をかけるところも、昔と変わらないなと蒼はどこか懐かしむ。
「西側の港に船が泊まっているみたい。いつでも良いから着てくれだって。嫌なら断ってもいいらしい」
「わざわざ封書ひとつ出すのに、船一隻動かすとは、溢れすぎた財力というのは恐ろしいものでありんすね」
「まぁ、あの人は豪快な事が大好きだから。もしかすると、今頃港は大騒ぎかも知れないよ。きっと浦爺のことだから、世界最大級の竜船とかでこの封書を運んでそう」
「そんな船が来航されてはアレフレドもさぞ迷惑でしょうに……」
「『海神』の名を出せは、許されそうな気がしなくもないのではありんすが、まぁ返事は早めにしておいたほうが良かろうて」
「そうだな。とりあえず、千鶴たちが買い物から帰ってくるのを待とうか」
「悪魔メイドを使いに出してもよろしゅうて?」
「いや、そこまで労力を使わせるのも申し訳ないし、俺達はゆっくり待っていようよ」
「そうでありんすか」
今、千鶴、レシア、ギラファの三人はアレフレドの北側の商業街へと、冒険で使うための様々なアイテムの補充をするために買出しへと出ている。
すると、再び強く扉が開かれる。
三人の視線の先には子供のように目を輝かせた千鶴の姿があった。
「蒼っ!! すごいよっ!! 港でお菓子を船から撒き散らしてる海賊がいるのっ!! 酒樽とか高そうな宝石とかもばら撒いてるのっ!! 私達も早く行こうっ!! 一攫千金っ!!」
「蒼、おっきい船。いままで見たことないくらいの……船っ!!」
千鶴とレシアがハイテンションになりながらその様子を語る様子を聞いて、蒼達はその撒き散らしている様子がどこかイメージできてしまうと同時に、それをしている主犯の存在を強く想起するのだった。




