152話目 強くなるという事
『毒々迷宮』の探索は、比較的スムーズに進んでいった。
エーラは迷宮の進み方について解説しながら、サポーターとしての仕事に努めていた。
迷宮内では、迷子にならないためにちゃんとマップを見ながら進む事や、魔物に囲まれた際の対処法、迷宮内で採集できる役に立つアイテムなど。エーラが今まで培ってきた知識を存分に披露する。
戦闘のほとんどはラコフ、ティム、クラリッサの三人に一任している。その理由としては、下手にレシア達が介入しては三人の為にならないからだ。
状態異常持ちの魔物の対処というのは、それぞれの魔物にあわせて対応する必要があり、経験がものをいう。だからこそ、レシア達は一歩引いた姿勢で見守っていた。
「はぁぁぁッ!!」
ラコフは大きく右手に持ったスチールソードを大きく構えると上段から狙いをつけ、一気に振り下ろす。狙う敵は、ラコフ正面にいる魔物。全身は丸く、プニプニとした感触を思わせるような艶のある粘液状、普段ならその色は水色をしているのだが、ラコフの敵は黄色をしている。その魔物の名前をパラライズスライムという。通常のスライムと違い、その粘液には麻痺成分が含まれており、攻撃を喰らうと皮膚から麻痺成分が進入し、体が一時的に動かなくなる。
だが、動きは通常のスライムとなんら変わりなく、のんびりと地面を這うように動くため、慎重に対処すれば簡単に倒せる敵ではある。
ラコフのスチールソードがパラライズスライムの魔石を貫く。するとパラライズスライムは透明度の高かったその体がまるで枯葉のように茶色くなったと思った瞬間、紫色の粒子を撒き散らしながら消える。
だが、安心はしていられない。
「【光矢】ッ!!」
ティムの声が聞こえた瞬間、ラコフの頬に水が触れる。そこにいたのは、紫色の粒子を撒き散らしながら消えていったパラライズスライムだ。
「ありがとうティム!!」
「前見てっ!!」
掛け声をしながら、ラコフはすぐさまクラリッサの元へと向かう。
クラリッサが相手しているのは、Eランクの魔物、毒蜥蜴である。クラリッサの腹部に巨大な顔があるほど大きな蜥蜴であるだけで、なかなか近づきがたいのだが、さらにその牙には毒があり、攻撃を受けると、常時頭痛、吐き気、だるさ、など戦闘するには厳しい状態異常である。だが、致死に至ることは無いのが、せめてもの救いだろう。
クラリッサの正面から巨大な口が開かれると、クラリッサを一口に食おうとばかりに襲い掛かる。だが、クラリッサは左手のバックラーで強く受け止める。
蜥蜴系の魔物の攻撃方法は至って単純で、噛み付き、爪による引っかき攻撃、尻尾による薙ぎ払いが主な攻撃となる。前面に立てば噛み付き、側面に立てば引っかき攻撃、背後ならば尻尾の薙ぎ払いと、攻撃も分かりやすいので立ち回りがしやすい。
そのため、クラリッサが全面に立っていれば、噛み付きしかしてこない毒蜥蜴なので、防御に集中するのは容易い。
それでも、バックラーを全面に構えているため、どこか攻撃に転じ切れていない。
だが、ラコフが側面から回り込む込むように立ち回る。
そして、クラリッサにばかり注意が向いている毒蜥蜴に向かって思いっきりスチールソードを降り下ろす。
「ふッ!!」
鋭利な鉄の刃は、毒蜥蜴の首元を綺麗に捉えると、叩き斬る。
ドスンという音と共に、毒蜥蜴は紫色の粒子となって消えた。そして、カランという音と共に、魔石がドロップする。
エーラはそれを拾うと、大きさを確認し、バックパックの中へとしまい込む。
「三人とも良い連携ですっ!! 状態異常持ちの魔物に対してちゃんと対処してますよ。今日ほんとうに初めて毒々迷宮に潜ったなんて嘘みたいですっ!!」
エーラがべた褒めすると、ラコフたちはどこか頬が緩む。
「おおぉぉしっ!! このままどんどん進んじゃうかっ!! 毒蛙も倒して無いしなっ!!」
「でも残念ですラコフさん、そろそろ野営の時間です。どこか広い場所を探しましょう」
「でもエーラさんっ!! 俺はまだやれますよっ!!」
「そういう慢心が事故に繋がるんです。ちゃんと休憩しないと、明日の冒険に支障をきたすので、ちゃんと休めるときに休んでおきましょう」
「俺、まだやれますよっ!!」
ラコフがどこか息巻いていると、レシアがラコフの元へと近づき、肩に手を置く。
「ラコフ、うるさい。ちゃんと、言う事は聞く」
「そうだよラコフ。あなたは良いかも知れないけど、こっちは疲れてるんだから」
「僕も……クラリッサに賛成……」
レシア、クラリッサ、ティムに宥められ「ちぇ……」と口を尖らせるラコフだった。
◆◇◇ ◇◇◆
すこし大きな場所へと出ると、そこで夜を過ごすことにする。
心の義賊が持参してきた簡易魔力阻害結晶に加え、燃果の羽翼からも同じく簡易魔力阻害結晶を設置すると、エルフィーナが運んできたテントを簡易魔力阻害結晶を中心に組み立てる。これで、今夜の寝る場所の準備が整った。
エーラが火をおこし、鍋でシチューを作ると、出来たシチューとレシア達が持ってきたパンとを各々が口へと運ぶ。
安全では無い空間とは言え、食事を囲むと自然と会話が弾んでしまうものだ。エーラが何気なく心の義賊の三人に質問を投げかける。
「皆さんの出会いってどんなのですか?」
「出会いっていうか、元々は同じ村の出身なんだよ。だから、三人とも幼馴染というか、腐れ縁というか」
「へぇ~。いいですね幼馴染。私はアレフレド出身アレフレド育ちですけど、友達はあんまり多くないので、三人みたいに昔馴染みがいるって羨ましいです。ちなみに、どうして冒険者になろうと思ったんですか?」
「冒険者に憧れてかな……」
「私達の村に、一人常駐してくれている冒険者の方がいらっしゃるんです。その方は、村を魔物の危機から何度も助けてくださって。私達の子供時代というのは、いつもその方の背中を見て育ってきました」
「だから、僕達も強くなって、いつか村に帰って村を守るって決めたんです」
「素晴らしい理由ですね。私もぜひ応援させてください」
「エルフィーナさんにそういわれると、なんだか恐縮してしまいます」
ラコフがどこか照れながら頭を摩るのに対して、クラリッサが「デレデレしないの」と肘でつつく。それをティムが見守るような形で微笑む。
「だから、その、レシアさん。聞いてもいいですか?」
「ん? 何?」
ラコフが質問を投げかけてくるのに対し、レシアはシチューを頬張る手を止め、ラコフに視線を送る。
「強さの秘訣とかってありますか?」
「……」
確かに、初級冒険者なら気になる質問だろう。
誰しもが思い描く英雄像というのは、人間とはかけ離れている。どの英雄譚を見ても、その偉業を自分がなせるかと言えば、どこか絶望してしまうような事柄ばかりだ。だからこそ、その一端でも掴んでいる、自分とはかけ離れた人間に聞けば、すこしは自分もその偉業が出来るのかも知れないと思うのだ。
【火球】しか使えない魔術師が、山をも覆いこむような業炎を生み出す大魔法を夢見るように。スライムをやっと斬り倒せる剣士が、鉄より硬いとされる龍の鱗を断ち切る夢を見るように。
「秘訣なんて、ない」
レシアはどこか素っ気無く答えるだけだった。
「ただ、強くなろうと、思うこと。勝ちたい人に、勝とうとすること。誰かの役に、立ちたいと思うこと。別に、特別はことは、ない」
それだけ答えると、レシアは再びシチューを口に運ぶ。
それを聞いたエルフィーナの手が止まった。一瞬何かを思い悩む表情をした後、レシアの言葉に補足をした。
「秘訣なんて考えている暇があったら、日々己を磨き上げることが大切だと思いますよ。秘訣というのは近道に縋ろうとする事に近いです。ただ、毎日を必死に過ごせばいずれ辿り着けると思います。強くなることに近道なんてありません。ただ、毎日努力。それに尽きますよ」
エルフィーナはそういうと、三人に対して優しく笑みをこぼした。
どこか自分に言い聞かせるように、今の自分ならそう言葉を投げかけられると自分を認めるようにも聞こえた。
死に場所を求めるはずが、強くなっていた人の言葉がそこにはあった。
死ぬために、必死に戦ってきた人の言葉がそこにはあった。
「こうしちゃいられねぇなっ!! いまらか冒険にでも出かけるかっ!!」
ラコフがエルフィーナの言葉に感化させられたのか、思いっきり立ち上がりながら意気揚々と声を上げた。
だが、そのすぐに重たい声が響いた。
「死に急ぐことと、強くなることは違う」
「えっ……」
ラコフが視線を向けると、そこには鋭い目つきでラコフを睨みつけるレシアの姿があった。
その表情は怒りそのものであり、重たくラコフを睨みつけていた。
一気に空気が冷える。
先ほどまでの和やかな雰囲気が死に、先ほどまで騒いでいたラコフがレシアを見ながら固まってしまった。それはまるで龍に睨まれた蛙のようだった。
「エーラ。シチューありがと」
「えっ、あっ、はい」
レシアはエーラに皿を預けると、その場から立ち上がる。
「見張り、してくる」
そういうとレシアは簡易テントを越えて、細い通路の奥へと消えていった。
「ちょ、ちょっとラコフっ!! 早く謝ってこないとっ!!」
「あぁ、そ、そうだなっ!!」
クラリッサがラコフを急かした瞬間、ラコフは我に返ったようにレシアの元へと駆け出そうとする。
「ラコフさん。その前に、すこし良いですか?」
「な、なんですか……エルフィーナさん?」
「多分、今のあなたが行ってもまたレシアさんを怒らしてしまうだけだと思いますよ」
「私もエルフィーナさんに同意見です」
エルフィーナに続いてエーラまでもがラコフを止めた。
「俺、何かいけないことを言ったでしょうか……」
「元気が良いと笑ってくれる冒険者もいるかも知れません。でも、そのあときっとあなたはお叱りを受けるのは確かですね」
「……」
ラコフはついに黙り込んでしまった。そんなラコフを見て、同罪とも捉えたのか、ティムもクラリッサも重たい表情をしながら黙り込んでしまった。
そんな三人の表情を見て、エルフィーナは優しく微笑みかけた。
「座ってすこし話を聞いてくれますか?」
その言葉を受け取り、ラコフは静かに自分のもといた場所へと腰を下ろす。
「強くなることは努力と言いました。これは、事の塩梅のお話になってしまいますが、どの程度の過酷な環境に身を置くかという話です。冒険者は、毎日命を削るような仕事です。魔物と倒すという事は、こちらにも死の危険がある。だからこそ、冒険者は命を落とす可能性が高い仕事です。
でも、そこには叶えたい願いがあり、たどり着きたい境地があります。そこに到達するために必要なのは、努力しかありません。でも、その努力をどうこなすかが、大切になってきます」
「つまり……?」
「その努力のために、むやみやたらに命の危険を晒す事が、強くなることとは限らないのです」
エルフィーナは黙って話を聞くラコフに対して、優しく諭した。
「今日、ラコフさん達は私達の想定より多く魔物を討伐しています。気づいていないだけで、かなり体力も消耗しているでしょうし、武器だって万全の状態ではありません。そんな状態で、今から冒険をしに行っては、無事にアレフレドに帰ることすら、……いいえ、村を守るための冒険者になるなんで不可能です。
死なずに、いかに冒険するかが、冒険者の務めだと思ってください。それをちゃんと理解しなければ、無駄死にするだけですよ」
そして、エルフィーナだからこそいえる言葉を投げかけた。
「生き抜いた先にしか道はありませんから」
冒険者は、冒険する事で強くなれる。その冒険は努力と同じだ。だからこそ、どれだけ努力するのかで、強くなるかが決まると言って良い。それでも、その努力には命を落とす危険が常に付きまとう。
だからこそ、強くなるためにむやみやたらに冒険する事は命を落とすことへと繋がる。そして、命を落としてしまっては、今まで積み上げてきたものの一切合切が全て失われてしまうのだ。
努力の塩梅が難しい。それを言葉にするのは、もっと難しい。
事実、エルフィーナが強くなった元といえば、死ぬために潜っていた迷宮で、ただひたすらに魔物と戦っていたからだ。そんな無謀な努力の詰み方は、今でこそ間違っていると考えられる。
エルフィーナが発したその言葉がどう三人に響いたかは分からない。それでも、エルフィーナが言葉として伝えられる最大の助言であることには間違いが無かった。
三人は冷静な表情で言葉の真意を必死に確かめようと考える
その様子を見て、エルフィーナは立ち上がる。
「レシアさんの様子を見てきます。エーラさん、何かあったらすぐ呼んでくださいね」
「あっ、はい。分かりました」
エルフィーナはそうエーラに声をかけると、テントの中から毛布を一枚取ると、レシアの元へと向かう。




