14話目 報酬に一喜一憂
太陽が市壁をオレンジに照らし、それぞれの店から明かりがポツポツと付き始める東のメインストリート。帰宅をするべく、換金所には多くの冒険者が集まっていた。
「えっ!?」
蒼はバルミノから受け取った小袋がいつもより重いことに不思議に思い、中身をのぞいたら驚いてしまった。
肥えに肥えきった玉ねぎのような小袋の中には今までに見たことのない量の硬貨が入っている。単純に考えて、六日分の食費、もしくは安い肉が買え一日贅沢な食事が出来てしまうほどの料金であった。食費に当てなかったら、蒼の欲しかった中古のアイテムポーチが買えてしまうほどだ。
今日一日を振り返ってみると、蒼が倒したゴブリンやスライム、オークの数はあまり多くはなかった。それどころか、遭遇する魔物の数がとても少なかったのだ。
いつもの蒼が倒す魔物の数とほとんど同じくらい。それなのにこの金額。
「これ、多くないですか?」
「そりゃあ当然だろう? Bランク倒せばこれくらいは普通だ。Eランクと比べても破格だからな」
Bランクということは、デュラハン一体でこれだけの金額。
「い、いや待ってください!! デュラハン倒したのはバルミノさんですし、俺は自分の討伐した分だけで十分ですし、今回無理言って一緒に冒険させてもらったわけですから、こんなに受け取れませんよ!!」
蒼がネズミ捕りに掛かったねずみのように驚いた様子で話すのを見たバルミノは大きく笑って見せた。
「ハハハハ、そう言うな蒼。今日一日俺達はパーティーとして組んでいたんだ。報酬は山分けで当然だろ? それに、二つのギルドが組んだときは、ギルドの数で山分けするのが、暗黙の了解ってもんだ。
それに、金にケチケチ言っていたら小さい男に見られるだろう? 大きいギルドは小さいギルドに親切しろって言うのがマスターの教えだ。当然の報酬だと思って、受け取ってくれ」
バルミノはそう言ってくれるが、いつも受け取るよりも思い小袋を持つと、どうにも感覚が狂ってしまう。いつもと同じではないという違和感に、不安と感じる。
「いや、でも……」
「いいか蒼。お前は悪いことは何一つしちゃいねぇ。コソコソ密売で稼いだ金でもなければ、人から取った金でもない。お前がちゃんと冒険をして得た報酬だ。立派な金だ。だから文句を言わずに受け取れ」
「なんか……申し訳ないです」
自分以外の人間が倒した報酬を受け取ってしまうのにどこか引けてしまうが、バルミノの言い分はもっともだ。
蒼は、申し訳なく思いながらも小袋を腰のポーチへとしまい込む。いつもの違う重量に、いつも以上に緊張してしまう。
「それじゃあ、今日は宴会でも開くか!!」
「そうですね。前回はバルミノさんもいなかったですし」
アールとペトルが宴会の話を切り出すと、それに続いてユリウスやゲブハルトも共感しどんどんその方向へと話が盛り上がっていく。
「もちろん、蒼さんも参加しますよね」
「えっ?」
ペトルが優しく諭してくれる。
だが、宴会という言葉を聞いたと同時に昨日の晩飯が半分もないライ麦パンだけだったことを思い出す。
そう、食費がかなり厳しい状況に陥っているのだ。前回の宴で思ったよりお金を消費してしまっていたようで、今週を乗り切れるかという瀬戸際だったのだ。
「誘ってくれるのは嬉しいんだけど……ちょっとお金に余裕がなくて……」
「あっ……」
蒼が申し訳無さそうに言うと、ペトルが何かを悟ったようにペコペコとしながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝ってくる。
「ほんとうに誘ってくれたのに、申し訳ないけど今日はやめておくよ」
「うむ。そうであるか。残念だが、事情があるなら仕方があるまい」
ゲブハルトは分かってくれたようだが、アールはどこかつまらなそうに口を尖らしている。行きたいのは山々なのだが、ほんとうに危機なのだ。
「千鶴も待っていると思うので、お先失礼します」
「あぁ。また何かあったら言ってくれ。蒼の頼みなら尽力するよ」
「ありがとうユリウス」
蒼はそういうとユリウスと固く握手する。
ユリウス達とはこれからも長い付き合いになって行きそうだ。いい人たちだから、こちらも嬉しい限りだ。
握手を交わした後、蒼は四人に再び別れの挨拶を述べるとギルドへと歩を進める。
◆◇◇ ◇◇◆
「ど、どうしたのこんな金額!!」
千鶴は椅子を押し倒しながら立ち上がり驚いた表情でこちらを見る。
机の上には、今週いっぱいの報酬として硬貨が並べられている。
ちなみに金額は六千ペリカ。いつもが千ペリカほどであるから単純に六倍ということになる。Bランクの討伐がどれだけ大きく左右しているかが簡単に把握できる。
「いや、今日Bランクの魔物を倒したら、その報酬で……」
Eランクの魔物を一週間何十体と倒して千ペリカ稼ぐのがやっとなのに、簡単に六千ペリカも稼げてしまうBランクの魔物。それを定期的に倒せる上級冒険者はいったいどれだけのお金を持っているというのだろうか。
そんなことを考えていると、それは千鶴も同じ事を考えていたようで、
「毎日、ちゃんとしたご飯に加えて、空調魔法石が買える……」
と、いろいろと夢を膨らませていた。
空調魔法石というのは、魔法石の温度が変化し室内の温度を調整してくれるものだ。大都市は四季があまりはっきりしないとはいえ、時期によっては朝の冷え込みは厳しいし、昼間が暑くなることがあるのだ。
室内とはいえ、それを適温にしてくれる空調魔法石は夢のようなものなのだ。もちろん、値段は破格。今稼いでいる千ペリカなんかじゃ何年掛かってもためることが出来ないほどだ。
「私……欲しいなぁ」
自然と千鶴の視線が俺のほうへとシフトしていく。それを見た蒼の視線も千鶴とは逆の方向へシフトしていく。
「こら、逃げるな」
そういうと、千鶴が蒼の顔をガシッと掴み、正位置へと戻す。当然、席が向き合っているので千鶴と顔がすごく接近する。
あまりの距離の近さに、蒼が深くにも若干ドギマギしていると、千鶴はそんなことお構いなしのようだ。
「私、欲しいなぁ」
蒼の顔の移動を許すことなく、わざわざ粘っこく言ってくる。
聞こえてます。大丈夫です。
「わ、分かってますよ。うん。すごく……」
視線だけが斜めに逸れていく。
「まぁ、いいわ」
そういうと千鶴は蒼の顔を離してくれる。地味に痛かったのは、今の千鶴には言えないことだろう。
「このぼろビルも気に入ってるしね。朝は寒いし、上と下からの騒音が酷かったり、水漏れとか良くするけど、なんだかんだで慣れちゃうからね」
そういうと千鶴はテーブルに置かれたお茶を啜る。
千鶴が言っていることは地味に嫌味のように聞こえてくるが、実際は結構深刻なのだ。アレフレドへ来た当初、朝の目覚めは寒さからだったし、朝食を作っていると突然蛇口が吹っ飛び水が飛び出して部屋がビチャビチャになることもしばしばだ。
だが、寒さなんてものは元いた道場なんかじゃ当たり前だったし、蒼が師匠と住んでいた家なんて五人が体を寄せ合いながら耐え忍んだし。そう考えれば、別に欲張らなければ、いつもと変わらない日常なのだ。
「まぁ、欲張らなければ良いの。屋根があるだけマシ。雨風が凌げれば良しってね」
「野宿だけは嫌だからな……」
家賃が払えず、外で暮らすと考えるとどうしようもない不安に駆られてしまう。
「きっと、もう少し稼げれば蒼のベッドとか、装備品とかにも資金が回せると思うんだけどね」
「ベッドは別に必要って訳じゃないしな。装備品は……欲しいかな?」
「今、何か足りないものとかない? 大丈夫?」
「心配してくれてありがとう。今のところ不足しているものはないし、このままやりくりすれば大丈夫だと思うよ」
欲をいれば欲しいものはいくらでもある。
今着ている初級冒険者の装備などではなく、素材から作ることの出来る性能の良い防具。今まで以上に多くのものが収容できるバッグ。魔物から存在を消すことの出来る魔抗石。
だが、これはあくまで必需品という訳ではないので、なくでも最悪は困らない。あれば効率はぐんとあがるのは間違いないのだが。
「もし、アレがありませんでした、で蒼が死んじゃったら困るんだからね」
「……ぽ、ポーションが欲しいかな?」
蒼が、ぼそりというと千鶴は嬉しそうにため息をふぅとついて見せる。
「蒼が死なないように、経費から落としておくね。貯蓄貯蓄ばかりやっていてももったいないしね。あるものは活用していかないと」
「そうだな」
「きっと、ギルドが大きくなるとこういう会計も、専門の人とか雇うんだろうね。結構大変なんだよ」
「重々承知しておりますよ。千鶴さん。いや、ほんとに」
ほんと、千鶴には頭が下がりっぱなしだ。
蒼が好きな時に冒険へと駆りだせるのは、千鶴が裏方の厄介事を全部処理してくれているからだ。千鶴だって働いているのに、そんなこともやらせてしまってほんとうに申し訳なさでいっぱいになる。
何か恩返しでもしてあげられれば良いのだが。
小さいことなら、たとえば今日の夕食くらいは肩代わりしてあげられるだろう。
「それじゃあ、今日は俺が夕食作ることにするよ」
「えっ、ほんと?」
「嘘言ってどうするのさ」
蒼は席を立ち上がると、Tシャツの上からエプロンを羽織る。
小さい事だけど、毎日せわしなくはたらしている千鶴のことだ。なにか活力になる肉料理でも作ってあげようか。
そう考えると、いくつかのレシピが頭の中に浮かんでくる。
「楽しみだなぁ~。久しぶりの蒼の料理~」
背後から千鶴の楽しそうな声に、若干のプレッシャーを感じながらも蒼は冷蔵庫を開ける。
「あっ……」
冷蔵庫の中にあるのは、キャベツの一番外側の葉が数枚と、大根の葉があるだけだ。隣の冷暗所を除いてみると、拳よりも小さなジャガイモがゴロゴロと転がっている。
完全にこの材料だと、いつものスープのメニューにしか行き着かないことに気が付く。
「蒼があの材料でスープ以外を作ってくれるなんて、楽しみだなぁ~」
背後から知った顔でにんまりと笑っているだろう千鶴が思い浮かんでしまう。
蒼はこの後、今日の報酬を少し使って閉店しそうな店へと駆け込んでいくのだった。




