145話目 サロス
サロスは二人の武器を再度確認すると、言葉を発する。
「丁度、剣士と魔術師、前衛と後衛です。今から二人でパーティーを組みなさい。二対一という形で、私に一撃を加えたら、二人とも合格と致しましょう。その代わり、一分以内です。それ以上は、時間の無駄ですのでね」
サロスがそう簡潔にいうと、アルマとマキシムはそれぞれの武器を構える。
一分という時間は短いようで、戦闘ではとてつもなく長い時間となる。剣を振る速度だけで言ったら一秒で足りる。であれば、一分間全て剣を振るうとしたら、単純に六十回も剣を振るうことが出来る。
蒼の甲斐流であれば、一対多数の剣術であるため、長期戦になりやすい。そのため、戦闘は一分で終わるはずもなく、何時間と及ぶ場合だってある。そのため、基礎体力が重要となってくるのだ。一分間剣を全力で振るって疲れているようでは剣士としては未熟の未熟といえる。
そして、魔術師であれば、その難易度によるが第三階位魔法までで最低でも二発、敵に放てるだけの詠唱能力がなければ才あるある者とは認められない。そして、何よりも詠唱を失敗しない安定性が求められる。魔術師に求められるのは、後方支援であるため、安定した支援がなければ前線はガタガタと崩れてしまう。安定した支援が求められるのだ。
それを見極めるための一分間である。
「武器は……構えないのですか……」
マキシムがロングソードを構えながらサロスに問うと、サロスはどこか笑いながら話す。
「私の武器では、触れるだけで君の武器が壊れてしまうのでね。剣士として戦えない無礼を許してください」
「いえ……そのようなお言葉は勿体無いです……」
マキシムが謝罪すると共に、サロスがゆっくりと構えを取る。
「あまり立ち話もなんです、始めましょう」
サロスが構えを取った瞬間、サロスの周囲からドッと殺気が沸く。それは先ほどの第一階位魔法である威圧とは違った感覚。まるで小さな針が自身の体の周囲に触れるような、チクチクとした感覚。冷気が体中を包み込み、己の体の機能を奪うような感覚。だが、先ほどに比べれは幾分かマシに思えた。
「アルマ……さん。補助と攻撃、どっちが得意?」
「どちらも出来ますが、第二階位魔法までです。あと、呼び捨てで構いません」
「それじゃあアルマ。俺がまっすぐ突っ込むから、アルマは自由な援護を頼む。……一撃加えれば、俺達の勝ちだからな」
「えぇ、そうですね。隙だけは、見逃さないようにしましょう」
マキシムは、サロス相手にそんな単純で基礎的な作戦で通じるか不安に思ってしまったが、見知らぬ相手との臨時のパーティー編成であるため、逆に単純で基礎的な作戦のほうが共通理解があり行動しやすいと踏んだ。それをアルマも理解しているようで、すんなりと受け入れてくれた。
マキシムがどのような戦闘をするのか知らないアルマと、アルマがどのような魔法が使えるのか理解できていないマキシム。そんな未知のパーティーで構成されているのに、敵は悠然たる態度でこちらを睨む。こちらの動き方を確認する時間すらない一分という制約。
土壇場での行動が全てが語る。
「それじゃあ、いきますよ」
サロスが言葉を発した瞬間、マキシムは武器を構える。だが、マキシムはすぐさま目を疑った。
「ッ!?」
サロスの姿が消えたと思ったら、眼前に浮かび上がる白銀の鎧。まるで瞬間移動を疑うような速さ、もしくは時空転移のような空間を移動する魔法の使用を思わせる動き。だが、そんなサロスの行動の真理を追究する時間無く、マキシムはただ視界に映った白銀が光ったのを視界が捉えた瞬間、首を曲げていた。
その瞬間、自身の耳が風圧で切断されるのではないかと思うほどの速度で、拳がマキシムの顔面を捉えていた。それを、運良く回避する。
「誰も攻撃しないとは言っていませんよ」
だが、眼前の攻撃を避けただけで、次の動作までは避けきることが出来なかった。マキシムはサロスの振られた拳に意識がいくあまり、下段から飛んできた左の拳を視界に捉えきることが出来なかった。
突如感じる下腹部の痛みに、マキシムはその顔を歪ませる。ただの拳での攻撃だというのに、自身が着込んでいるスチール製のアーマーが凹み、腹筋を伝わり、臓器に振動が伝わる。そして、ようやく痛みが脳まで到達したときには、マキシムは大きく体を歪ませながら浮遊していた。
「がはッ!!」
思わぬ痛みに意識が飛びそうになるが、それを何とか押さえ込むと、サロスを必死に視界に捕らえる。敵を視界から放したら死。それはマキシムが今までの経験から学んだことだった。決して敵から目を離してはいけない。常に相手の一挙手一投足に目を向ける。
だからこそ、千切れそうになる意識を無理矢理繋いで、アルマの元へと駆けるサロスを視界に捉える。
「アルマァァァァアアアアッ!!」
マキシムは全力で吠えていた。
回避しろとも、迎え撃てとも指示を出すわけではなく、ただ叫んでいた。
だが、アルマは魔術師である。近接戦闘になってしまっては、サロスに一撃を与えるところか、マキシム同様に一撃喰らってしまうのが目に見えていた。それは未来予知のようにはっきりとした物のようにマキシムに感じられた。
だが、そう思っているのはマキシムだけだった。
アルマはサロスが近づいてくるのを感知すると、すぐさま杖を捨てた。魔術師としての命とも等しい杖を手から放棄すると、すぐさま腰に差してあるナイフに手をかける。
ソロモン七十二柱の、剣士、サロスの着込む白銀の鎧相手に、自身のナイフが通じるとも思えなかったが、それでも無自覚の内に手がナイフを握っていた。
サロスが眼前に迫ってくるのと同時に、アルマはそのナイフを突き出す。サロスが迫ってくるスピードと、アルマが突き出すナイフの速さとが相まって、ナイフはすぐさまサロスに到達するかの様に思えた。
「良い反応をします」
サロスの言葉が聞こえた瞬間に、サロスはナイフを持つアルマの手を左手で突く。その衝撃のあまりアルマは手のひらが骨折するかのような痛みを負うと同時に、ナイフを手から離してしまう。その挙動はアルマの目では捉えきれるスピードではなく、ただただ反応すらする事無く手からナイフが離れ、地面へと向かって落ちていく。
ナイフが落ちる間での時間。わずか一秒ともかからない時間に、アルマの腕をサロスは自身の右手で掴むと、己の下へと引き寄せながら、体を反転させる。そして、アルマを背負う形まで持ち込むと、思いっきり地面へと叩き付ける。背負い投げである。
「ばはッ!!」
アルマは成す統べなく、地面に背中から叩きつけられ、舌を思いっきり噛み、口から血の雫が宙に飛び出す。
サロスが最初に居た位置から、アルマを背負い投げするまでの時間、わずかに二秒。恐ろしい程の速さを持った体術で二人を往なして見せた。
「まだッ!!」
だが、攻撃を喰らった二人は諦めたわけではない。
空中に浮いているマキシムはすぐさま、体勢を整えると、決して手から離さなかった剣を上段に構えると、重力と自身の筋力をフルに駆使してサロス目掛けて降り下ろす。
「良い対応ですね。ですが、まだ遅い」
上段から振り下ろす攻撃に対して、サロスはその場から一歩右足を動かし、体を捻ると、サロスの元いた場所にマキシムの剣が振り下ろされる。だが、マキシムはそれだけで攻撃を終わせない。秒の時間を稼ぐためにも、すぐさま地に足が着いたと感じた瞬間、ロングソードをサロスの居る右方向へと薙ぐ。
研ぎ澄まされた一撃ではあったが、まだサロスまで届かない。サロスの間合いからまるでするりと抜けるように移動すると、剣はただ空を切る結果に終わってしまう。だが、このニ撃が十分な秒を稼いだ。
「光矢ッ!!」
突如として響いたアルマの声。それはサロスの背後から聞こえた。
マキシムのニ撃にサロスが対応している間に、アルマは飛び込むように自身の捨てた杖を取ると、奇襲をかける形ですぐさま一番詠唱が短く速度のある【光矢】を発動させたのだ。
「良い連携と判断ですね」
だが、アロマとサロスの距離約二メートルから放たれた光の矢は、いつの間にかサロスの右手に収まると、バギッという音と共にただの光の粒子へと形を変える。
ほぼ背後からの奇襲だというのに、サロスはそれさえも見切っていた。もはや後頭部に目がついているかのような芸当であり、背後から飛来する矢を素手で受け止めるその圧倒的な速度の動きにアルマは驚愕の表情を浮かべてしまう。
「驚いている暇などございませんよ?」
ふとした瞬間に、杖が右手から離れた。何が起こったかもわからずアルマはその右手を確認する間もなく、自身の腹部と白銀の右足が触れているのを視界にようやく捉えたと思ったら、凄まじい力によって、その細い体をくの字に曲げると大きく体が宙を舞う。
そして、背負い投げの如く、再び地面に体が叩きつけられる。先ほどは背中だった、だが今度は肩から叩きつけられ、肩が外れるのではないかと思うほどの衝撃。
声すら発する時間は無かった。
杖がどこに行ったのかを確認しようとした瞬間、サロスの踏みつけが繰り出される。眼前に迫る白銀の脚。生身の顔面に、鉄など遥かに凌駕する硬度を持つサロスの鎧の脚部が思いっきり振り下ろされれば、それは鈍器以上の破壊力を持つことなど理解が容易い。そして、それがアルマの頭を貫通するほどの威力を持っていることなど、考えなくとも分かった。
アルマは何とか回避しようとしたが、あまりの速度に目を瞑ることしか出来なかった。
「終わってねぇぇぇよッ!!」
視界が瞼によって暗転する瞬間、マキシムの声が響き渡る。それと同時に、開けた視界に映ったのは、漆黒の天井であり、サロスの白銀の脚は視界には映らなかった。
サロスは踏みつける瞬間に、視界の端に捉えたロングソードへと対処に向かったのだ。
脚を踏みつける瞬間、つまり片脚が浮いた状態という不安定な体勢を狙ったマキシムの判断は素晴らしい。行動が制限されたサロスから放たれたのは、振り下ろす直前の右足だった。
垂直に振り下ろされていた右足が軌道を換え、マキシムの剣へと向かったのだった。
跳ね上がるボールのような軌道を描いたサロスの白銀の右足は、マキシムの剣を捉えた瞬間、心地の良い金属が折れる音がする。マキシムの顔面へと引き寄せられられるかの様にサロスの右足が触れ、マキシムの顔面にサロスの右足が埋まったかと思うような光景。
それと同時に、マキシムの意識は完全に吹き飛んでしまう。目を開ける事無く、マキシムはその場で膝から崩れ落ちてしまう。
マキシムが地面に沈んだのを確認するよりも早くアルマは行動を起す。
再び杖を強く握り締めると、短文詠唱を唱える。
「燃えよ火種ッ!! 発火ッ!!」
光矢は矢の形を取っている様に、素早い速度での攻撃が特徴であるのだが、その速度を持ってしてもサロスには見切られてしまう。では、サロスに一撃を入れるためにはどうしたらいいのかを錯誤した結果、ゼロ距離からの攻撃しかないと考えたのだ。
アルマが使えるゼロ距離で放てる魔法は火属性魔法で第二階位魔法である【発火】のみである。だが、第二階位魔法であるため、詠唱を必要とする。一秒で命が削られる戦場かつ、前衛が乏しい状況で安全に詠唱を唱えている時間は無い。
即効性のある魔法である【光矢】を先ほどは選択したが、前衛が倒れた今決着を急ぐ必要があった。そのため、一か八かでアルマは詠唱を開始したのだ。
「判断を急ぎすぎましたね」
だが、サロスは小さく右手を振った瞬間、アルマが放った火属性魔法を、その右手の風圧だけで打ち消す。
「えっ―――」
アルマは驚愕の表情を浮かべるしかなかった。前衛が倒れた今、決着を急ぐために、自身の魔力の全てをなげうって放った魔法を右手の風圧だけで無へと消したその光景にただただ唖然とするしかなかった。そして、自身は魔力切れによって、成す統べなく意識を手放す結果となるのだった。




