143話目 新規加入希望冒険者
「おぉ……これはすごい数だな……」
蒼はギルド拠点から中庭部分を眺めながら声が漏れる。
中庭には約五百人ほどの初級冒険者から上級冒険者がずらりと並んでいる。初級冒険者に関しては、蒼はとてもその時期の経験が長かったためか、こういう大きいギルドに入る時に緊張している面持ちに共感がたえない。
「私……なんか不安になってきちゃった」
「いや、千鶴が緊張する事ないだろ? レシア達に一任しているんだから……」
「そういう蒼だって、何回手の汗を拭ってるのよ」
「……ごめん。俺もめちゃくちゃ緊張してる」
そんなギルドの主軸ともあろう二人がもたつく中、ヴェルは微笑みながら声をかける。
「なに、問題はありんせん。龍娘もバールに進行は任せておるようでありんすし、ギラファも礼儀というものを学んでいんす。不祥事はおきやせん」
「そ、そうだな……」
蒼達が中庭を見守っていると、レシア、ギラファ、バール、ベリアルと見知った四人に加え、ソロモン七十二柱の悪魔が一人前へと出てきた。レシアはいつもと変わらない面持ちだが、ギラファが今から戦えると分かっているのか楽しそうに笑っている姿が見える。
元々電鋼甲蟲は、凶暴な性格で知られる天災級の魔物である。生まれてからというもの、様々な魔物と戦い、常に勝者で有り続ける種族だそうだ。撤退をする事はほとんどなく、人生で敗北は一度しかしないようだ。つまり、敗北とはつまるところ死を意味する。
ギラファはそんな血を引き継いでいるのか、戦闘狂な一面が見られる。最初に蒼と潜った迷宮の『死霊の墓場』の迷宮主であるバルバロスと嬉々としながら戦う姿は今でも印象が強い。
そんな二人に対して、いつもながらに神妙な面持ちでキリッと背筋を伸ばして立つバールは威厳があり、新規加入希望冒険者の中に漂う緊張という雰囲気にとても似合っており、この場において一番しっくりくる。
そして、バールが新規加入冒険者に対して第一声を放った。
「この度は、燃果の羽翼への加入を希望してくださり誠にありがとうございます。さきに断っておきますが、我々燃果の羽翼は現在Bランクギルドへ昇級したばかりであり、まだこのように大勢の皆様を受け入れる状況が整っていない状況であるのと同時に、我々燃果の羽翼は少数精鋭のスタンスを基本としております。そのため、皆様全員を受け入れるという事は致さないことを、ご了承くださいますようお願い申し上げます。さて、ではこれから試験の内容を説明いたします」
そうバールがいうと中庭の空気が一気に緊張へと変わる。
「これからしていただきますのは模擬戦でございます。これから紹介します人物と模擬戦をしていただき、勝利する、もしくは見込みがあると感じた人物が燃果の羽翼へ入団する権利を得ます」
模擬戦で勝利という点は蒼とレシア、ヴェルレンティーで話し合っていたことだ。だが、レシアがその後千鶴と話をしたとき、初級冒険者や中級冒険者ではレシアやギラファと戦ったとき手も足も出ないという結果になる事は目に見えているので、その辺りを考慮して才ある者を入団させる方針も加えている。
「まず、初級冒険者の相手をさせますのは、サロスでございます」
「ご紹介に預かりました、ソロモン七十二柱が一人、順列十九位の地獄の公爵、サロスでございます。この戦へと赴かれた勇気と、力への渇望を、とくと見させていただきたいと思います」
バールに紹介されたのは、ソロモン七十二柱の中でも比較的落ち着いた性格の悪魔であるサロスだ。銀色の鎧をがっちりと着込み、背からは色鮮やかな赤のマントを風になびかせている。そのたたずまいといい、初級冒険者に対しても礼儀の姿勢を忘れない紳士的な態度といい、これから相手を務める初級冒険者はその威厳ある姿に目を奪われていた。
それと同時に、隣で『グルルルルッ―――』と唸り声を上げる巨大なクロコダイルの姿に恐怖をするのだった。
「そして、中級冒険者の相手をしますのは、私ソロモン順列一位の偉大なる王、バールでございます。よろしくお願い致します」
こちらもサロス同様にびっしりと決め込まれたそのスーツに加え、老年の顔をしながらもまるでその老いを感じさせないような佇まいをするバールに関して中級冒険者達は、初級冒険者同様に敬意を示すと共に、闘争心を燃やす。
悪魔二人に対して初級冒険者や中級冒険者は、ある意味驚愕という言葉が敬意という姿勢へと変わっていくのだった。様々な英雄譚で語られるソロモン七十二柱の姿というのは、残酷無比であり、数多の屍を作ってなお死が足らんとばかりに国を滅ぼし人々を残虐に殺し、悲鳴を聞いてなお足らぬとばかりに悲劇を繰り返す悪魔だったのだ。
それが、圧倒的弱者であろう冒険者の自分達にこれほどまでに礼儀を払ってくれるというその姿勢に驚愕と敬意を抱かないわけがなかった。
「そして、上級冒険者の相手をしますのは、レシア様、ギラファ様、ベリアルの三人でございます」
「よろしく」
「この度は皆様方と戦える事を光栄に思います。ぜひとも私を楽しませてください」
「ソロモン七十二柱が一人、順列六十八位の堕天使の王、ベリアルでございます。お嬢様の前で失態など見せられないので……全力でぶっ潰させていただきます」
その挨拶に上級冒険者達は冷や汗を流さない者は居なかった。
先ほどの紳士的態度で迎えていたサロス、バールとは相異なって殺意むき出しで、絶対にお前達をぶっ潰すというオーラが目に見えるような三人である。言ってしまえば、実力的には勇者級冒険者に匹敵する三人が、上級冒険者に対して殺意剥きだしで睨んでいるのだ。こちらに関しては恐怖の感情を抱かざるを得ない。
三人がそれほどまでに殺意を剥きだしにするのには理由があった。
レシアに関しては、単純に全員に勝利して加入する冒険者をゼロにしたいという狙い。
ギラファとベリアルに関しては、ギルド抗争においての失態や敗北を負い目に感じており、今度こそ失敗せず遂行したいという思い。
それが、相手を絶対に倒すという殺意に変わって溢れ出ているのだ。
「あの三人大丈夫かしら……やばそうな雰囲気がびしびし感じるんだけど……」
「う、うん。一番心配なのが上級冒険者グループだなんて……」
「まぁ大丈夫でありんしょう。死ぬことはありんせんし」
ガクガクと震える蒼と千鶴に対してゆったりと語りかけるヴェルレンティーだが、ベリアルの様子を見て少し不安の種が増えたようだ。
「協力をするも良し、個人で技量を見せ付けるも良し、我々に己が持つ才能を見せ付けてください。燃果の羽翼は才ある者を求めます。金も地位も関係ありません。全ては平等な冒険者、であれば才ある者が我がギルドには相応しい。武術、魔術の才でなくとも、努力により勝ち得た技術でも構いません。全力を尽くしてください」
冒険者たちはバールの言葉を聞き奮い立つのだった。目の前に居るのは勇者級冒険者を破った人物であるのと同時に、そんな人間に自分もなれるのではないかと奮い立った。
「それでは、最後に質問などはございませんでしょうか?」
バールが最後に質疑を問いたが、誰もがそんな時間は惜しいといわんばかりの目をしていることにバールはどこか力を抜いたように微笑むのだった。
「それでは、それぞれを会場へとご案内いたします。会場は私の固有空間であります。そのため、致死の傷を負ったとしても、死ぬことはなく入った時点の体へと強制的に戻されますので、ご安心ください。では、転移門を開きます」
するとバールの背後に巨大な黒い闇に包まれた靄が現れる。バールの所有する固有空間への転移門である。ただでさえ、こういった固有空間を持つ人間は世界を見渡しても五本指も居ない希少な魔法なだけに、誰もが驚愕の表情を隠せないでいる。
英雄譚などにある異次元空間に荷物が収容できる魔法のバックパックなども、この固有空間の魔法に属する。だが、個人で固有空間を維持したりする魔法技術というのは、魔法の中でも難易度は最高峰であるため、バールの凄みというのが一気に高まる。
転移門に一瞬躊躇する冒険者だったが、レシアやギラファ、サロスたちが徐々に転移門へと入っていくのを見て、冒険者達もゆっくりと歩を己の待ち受ける相手へと進める。
誰もが緊張と、期待の面持ちで進んでいる。
蒼と千鶴は事前に五人と話をしている。
今回、蒼達は加入に関しては消極的な姿勢でいること、ギルドの利益としては新しい人材を入れる事はなんら問題がないこと、など現在の燃果の羽翼が求める結果について話はしてある。
だが、この話し合いをちゃんと真に受けているのはバールとサロスくらいだろうと蒼は思っている。レシアは一人も加入させない腹積もりで戦いに挑んでいるだろうし、ギラファは根っからの戦闘狂かつ負けず嫌いであり、ベリアルもヴェルレンティーが見ている場であるため敗北なんて事はしないだろう。
つまり、上級冒険者に関してはある意味壊滅的な状況であることは手にとるように分かる。
「お待たせしました。蒼様、千鶴様、ヴェルレンティー様」
バールがわざわざこちらまで出向いてくれて、特別席への転移門を開いてくれる。
「それじゃあ、わっちらも見学をしに行きやしょう」
ヴェルレンティーとが何食わぬ顔で転移門の中へと入っていく姿の後に続いて転移門の中を潜ると、すぐさま目的地の場所へと着く。
バールが用意してくれた特別席というのは、初級冒険者、中級冒険者、上級冒険者が試験を受けているのを全て見られる場所だった。だが、その内装というのも凝っており、石造りの四角い部屋なのに豪華な木製のテーブルに革張りの大きなソファーが設置されていたり、壁には小さいながらも彫刻が彫られていたりと、その空間はとってつけの空間とは思えないようなものだった。
そして、蒼と千鶴は、先に到着していた人物に気づく。
「この度はバール様の固有空間悪魔宮へとお越しくださり誠に光栄でございます。私、バール様の直属の配下の悪魔、アレクシスと申します。このたび蒼様達に快適な時間をお過ごしいただくように応接かっております。なんなりとお申し付けください」
そう、メイドだった。ヴェルレンティーは見知ったように何気なくソファーへと腰掛けるが、蒼と千鶴は自分の家なのにこれほどの接待を受けるのだから、もう不思議というか今までの感覚との差が激しく戸惑いを見せるのだった。




