13話目 上級冒険者バルミノ・スティーム
「バルミノさん、上級冒険者ってどうやったらなれるんですか?」
森の中をのそのそと歩いているが、魔物となかなか遭遇しないので、どこか気の抜けた会話を弾ませていた。蒼とバルミノが先頭を歩き、少し距離を開けて後ろにはユリウス達が固まって話をしていた。
「なんだ蒼? 冒険者なのにそんなことも知らなかったのか?」
「は、はい……」
冒険者内では常識の出来事だったようだ。
蒼は、どこかそのことが恥ずかしく小さくそっぽを向いてしまう。
「冒険者のランク分けは分かっているか?」
「えっ? ランク……?」
蒼がとぼけたような間抜けな声で反応すると、バルミノはニヒッと口を大きく湾曲させて笑って見せた。
「いや、ここまで無知だと逆に教えがいがあって楽しいよ」
バルミノはそういって笑ってくれているが、今の自分がどれだけ無知かを知ったので、蒼としては冒険者として恥ずかしい限りなのだが。
「冒険者は、主に六つのランクに分けられる。上から順に『英雄』『伝説』『勇者』『上級冒険者』『中級冒険者』『初級冒険者』だ。今、蒼やユリウス達がいるのが初級冒険者。俺がいるのが上級冒険者だ」
「ほう……」
バルミノは三十代にも見えるのだが、それでも上級冒険者なのだ。何年冒険者をやっているかは定かではないが、それでも上級冒険者に上がるまでにはかなりの年月がかかるようだ。
「ここでランクの上げ方だが、初級、中級、上級の間は魔物の討伐によるものが大きい。魔物にランクがあるのは知っているか?」
「はい。確かギルドのランクと同じで『S』から『E』までの六つでしたっけ?」
「そうだ。中級になるにはCランク、上級になるにはAランクの魔物を倒す必要がある」
「Cランクですか」
今蒼達が主に相手にしているゴブリンやスライムといったモンスターはほとんどがEランク。まれに変異者などにより、強力な個体が生まれることがありランクが変動することがあるらしいが、ほとんどがEランクの弱い部類だといえる。
「Cランクの討伐と言っても、一体倒すだけじゃだめだぞ。Cランクを安定して倒せるようになったら中級と認められる」
「認められる?」
「あぁ。俺達が勝手に『俺は中級冒険者だっ!!』と言ったところで意味ないだろう? だから、ギルド本部がこの冒険者はCランクを討伐できると認めたときに、認可が下りるんだ」
「へぇ~」
「ギルド本部が認可しない限りは、ただのほら吹き野郎って事さ」
確か、換金所の掲示板などで冒険者が受けられるクエストというものがある。そこでも、上級、中級、初級と分かれておりそれぞれ受けられる受けられないが分けられている。
ギルド本部の認可がなければ、こういったことにも手をつけられないという訳だ。やはりギルドを総括しているギルド本部が、冒険者のルールという話を聞いたが、本当のようだ。
「上級者までは分かりましたが、勇者や伝説、英雄になるにはどうしたらいいんですか?」
「それは、もちろん特別な功績というものが必要になる」
「特別な功績?」
「そうだ。たとえば、ドラゴンの討伐とか、天災級の魔物の討伐とか、それこそ歴史書に残る出来事をしたときだな」
ドラゴン。英雄の歴史を振り返ればかならず行き当たる単語。生きる天災と呼ばれるほど凶悪で、ドラゴンが一体暴れまわっただけで街ひとつが壊滅なんでよくある出来事だ。それの討伐となると、歴史書に載る事は間違いないだろう。
「まぁ、そんな事は滅多に起きないから、ほとんどは違った事で功績を残して、ランクを上げるのが普通だな」
だが、それでも大きな出来事をこなしているのは間違いないだろう。それこそ一騎当千のように、何千という魔物と対峙したなんてことは良くありそうなものだ。
「分かったか蒼?」
「はい。ありがとうございます」
「ちなみに蒼? 俺は何歳に見える?」
「えっ?」
唐突な質問に俺は戸惑ってしまう。
「えっと……三十代前半くらいですか?」
「やっぱそうだよな。うん、俺もそう思う。ワッハハハハ」
バルミノはそう言って見せると、手を額に当て大声で笑い始めた。
もしかして大きく外してしまったのではないかと不安になる。
「四十五歳だったりする」
「ええっ!?」
結構老け顔だと思ったが、予想を一回りしてた。
「俺が四十五になってもピンピン冒険者やっているのを不思議に思わないか?」
「えっ?」
思えば、四十五歳といえば普通に考えればかなりガタがきてもいいはずだ。いきつけの肉屋のおじちゃんは、五十歳の誕生日をこの前迎えたと自慢していたが、最近は腰が悪くて困っている、と世間話をしていたのを覚えている。
そう考えると、バルミノ年齢を感じさせないほど、がっちりとしており老いを感じさせない。
「これは、冒険者の職業病みたいなものでな、魔力を使うと体内の魔力によって老いが遅延化するからといわれている」
「歳を取らないって事ですか?」
「いや、歳は取る。正確に言えば、体の機能の低下が遅くなる。つまり、歳をとってもビンビンに動けるって事だ」
師匠も思えば最後にあったときは五十歳を過ぎていた。顔は彫深かったし、鬼のように怖い表情をしていた。だが、体ががっちりとしていて、日々の鍛錬の様子を見ていても年齢を感じさせなかった。
他の三人もそうだった。
「なんか、冒険者ってすごいですね」
蒼が小さく感嘆の声を漏らすと、頭をガシッとバルミノが掴む。
「お前がその冒険者なんだろ?」
そういうと、何をおかしいことを言っているんだと思い、蒼は笑ってしまった。それに釣られてなのか、バルミノの大きな声で笑ってみせる。
「バルミノさ~ん!!」
すると後ろから、ユリウスの声が聞こえてくる。
「なんか、魔物の数少なくないですか?」
「ん? そういえばそうだな」
考えてみればそうだ。この森には立ち入ったことはないが、もうかれこれ一時間は魔物と交戦していない。それに、魔物の姿すら見ない。
「奇妙だな」
バルミノが眉をしかめながら、周囲を見渡す。
蒼もそれを見て、周囲を見渡してみるがあたりは依然変わらず。高木が立ち並び、上空から太陽の光がこの森の暗闇を淡く照らしているだけだ。
「おっと、そういうわけでもないらしい」
「えっ?」
バルミノが肩にある剣の柄を握っているのに気がつく。
その姿を見て蒼は、バルミノの見つめる先に視線を動かす。
「あ、あれは……!?」
「やばくないか?」
後ろから駆け寄りながら、ペトルとアールが言葉を漏らす。
確かに蒼もアレを見るのは冒険者人生の中で始めてだ。
二メートルはありそうなほど巨大な体躯。その手には、蒼達の頭部よりも大きいチェーンハンマー。鉄球部分にはご丁寧に棘まで生やしている。そして、全身を覆うのは鉄板で作られたであろう鎧。ところどころ錆や傷がついているが、その重厚さは並みの剣なら折ってしまいそうなほどだった。
そして何より目を引くのは、頭部がないこと。
首部分より上にはあるはずの頭がないのだ。
「デュラハン……」
蒼でも知っている魔物だ。Bランクに位置づけされる魔物で、まずこの近辺には出没しない。そして、初級冒険者ならまず逃げることを考えるほど、今の蒼達には相手に出来ない魔物だ。
「ほぉ、奴はチェーンハンマーを扱うのか」
そんな楽しげな声を発するほうへと首を動かすと、隣に居たバルミノが口角をあげながら笑っているのに気がついた。
ガチャリ。
そんな音がしたかと思うと、デュラハンの体の向きがこちらへと向いている。頭部がないため、こちらを見ているのかは不明だが、こちらの存在には気づいている。
「多分、近くのダンジョンから漏れたんだな」
バルミノは肩から巨剣を引き抜く。
「ここは俺が実演して見せよう。いいか、よく見ておけよ」
バルミノがそう言い放つと剣を構える。自身と同じ身長はあろうかという剣を、重さを感じさせないように構えている。
その敵対行動を見たのか、デュラハンはバルミノのほうへと一歩、一歩と近づいてくる。
そして、手にもつチェーンハンマーを自分の頭より上で振り回し始める。
「まず、敵を見極める」
だが、デュラハンのもっていたチェーンハンマーは巨大な高木の幹に直撃。回転が止まる。
「そして、敵が隙を作ったらそれを見逃さない」
デュラハンの動きが一瞬止まった隙に、バルミノはデュラハンの懐へと走りこむ。剣の重さもあるはずなのに、それをまったく感じさせない軽快な走りを見せる。
「敵に確実な一撃を喰らわせるッ!!」
バルミノが力むと、両手で持つ剣を横なぎに思いっきり振るう。
ガギィン。
重たい金属音と火花が散ったかと思うと、それと同時にデュラハンの腰の厚い鎧を切り裂いてみせる。バルミノは自身の剣を見て、にやりと笑う。きっと、刃こぼれすらしていないのだろう。
バルミノの笑いを隙と見たのか、デュラハンは右手でバルミノを咄嗟に殴りつけようとしてくるが、バルミノはそれを寸でのところで回避。すこし距離をとる。
「魔法を使うときは、周囲の人に注意し、確実に当てること」
そういうと、剣を構え呪文を唱える。
「【火球】!!」
バルミノの左手には火球が握られている。そして、デュラハンに向かって【火球】を放つ。
【火球】は他へと向かうことなく、先ほど切り裂いたデュラハンの腹部へと着弾、すぐに巨大な爆発を生みデュラハンを包み込む。
黒煙に包まれていたが、すぐさまデュラハンのチェーンハンマーが飛んでくる。致命傷にはならなかったようだ。
チェーンハンマーを流すように巨剣の腹で受けると、再びデュラハンに向かって突進。
重量たっぷりの剣を上段に構える。そして、一閃。
「はあッ!!」
勢いよく振り下ろされた剣は重力とバルミノの筋力によって地面が揺らぐのではないかと思うほどの一撃を生む。そして、その一撃は見事にデュラハンの右腕をぶった切る。
デュラハンの右腕に右腕にはチェーンハンマーが握られていたため、デュラハンは武器を持たない状態へと追い込む。
「最後だあッ!!」
剣を体の横へと持ち上げると、自身の体を振るうように剣を薙ぐ。鋼の巨大な刀身はデュラハンの横っ腹に直撃する。鎧と刀身によりガリガリという重たい金属音が響いたかと思うと、怒号のような破壊音が鳴り響く。
よく見ると、デュラハンの横っ腹が切断されており、上半身と下半身が接続されていない状態になっている。真っ二つとはこのことだろう。
バルミノがにやりと笑ってみせると、背後でデュラハンが無言で紫の粒子になって消えうせる。そして、地面に転がり落ちる魔石。
蒼は素直にその光景に目を見張っていた。
Bランクのデュラハンを蹂躙する姿。
「これが……上級冒険者……」
確かにすごい光景だった。
巨剣を自分の体のように扱う剣さばき、相手を飲み込むような炎の魔法、そしてあの身のこなし。すごい光景だったのは確かだ。
だが、蒼の心の中にはひとつの思いがあった。
バルミノは確かに上級冒険者といわれるように、すごい戦いを見せてくれた。
だが、師匠はこれの倍はゆうにすごい。




