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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第1章 桃の花が咲く頃に
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9話目 知りたい人

 大男が私の目の前で大声を上げる。それと同時に私の長い黒髪を男が掴みあげると、空中へと持ち上げる。私の細い体が簡単に宙に浮いてしまう。抵抗の術を持つはずもない。


 左腕の骨はもうだめだろう。あらぬ方向へと曲がっている。そう考えるなら、右足も、もうだめだ。これでは歩くこともできないだろう。

 こいつにしてみれば、私の四肢などは赤子の四肢と同義なほどにやわらかいのだろう。そう思わされるほどに一瞬で粉々にされた。


「おいッ!! 名を名乗れッ!!」


 怒り狂ったその顔。見覚えがある。

 ここのギルドマスターである。名前を確か、『ジェット・グルーヴァー』といったか。資料によれば、勇者級の冒険者だったはずだ。


「ふふっ……」

「何がおかしい?」


 私はつい口から笑みが漏れてしまったことに気がついた。

 そう、勝てるわけがないだろう。生前は奴隷娼婦と同じような身分だった私が、現世の勇者に勝てるわけがないのだ。


 勇者といえば、伝説の一歩手前。覚醒をすれば、英雄になれる器の持ち主。そんな相手に、汚い私が勝てるわけがないだろう。生前だって、さほど強いわけじゃなかった。あくまで、スキルのおかげで何とか生きながらえていただけなのだから。


「私は……」


 だが、私の中に小さな思考が頭をよぎったのを感じた。


 ――――奪われる――――


 ほんの一瞬だ。頭の中に単語が思い浮かんだに過ぎない。だが、それでもなお、私の脳内にはこの一文字が浮かんだのを理解している。


 私は、搾取される側に戻るのか。また、私の体も、心も、すべて相手に取られていくのか。私のものは、すべて相手に取られるのか。私の死に際のように。腐った貴族に、体も心も命もうばれるのか。


 私の小石のような歯がグッと食いしばる。そして、口からは血が漏れる。弱い歯茎では私の食いしばる力には耐え切れなかったのだ。


 そして、私の頭の中に小さな記憶が思い出された。

 雨の中、私から奪うことはせず、むしろ食べれもしない硬いパンを分け与えてくれた少年の姿を。いや、少年ではない。青年かもしれない。もしかしたら、二十である私と同い年なのかも知れない。そんな人間に。


 私は思う。

 私は奪われる者であり、奪われるものであった。だけど、彼は与える者だったのではないかと。


 その瞬間、私は曖昧な彼に会いたいと思った。ただの興味なのは分かってる。


「私は……死ねないッ!!」


 その瞬間、私の四肢がジジジと奇怪な音を立てながら再生していく。骨が元の形へと無理やり動いて、接合。断裂した筋肉も同じく不可思議な力によって元の形状へと戻っていく。

 だが、それが痛くないはずがない。まるで腕を曲がらない方向へと捻じ曲げるような痛み。自身の体に数万本の針がいっせいに体内から突き刺さるような痛み。


「があああああああああああぁぁぁぁ!!」


 私は苦しさのあまり、咆哮をあげる。痛い、痛い。だが、私は感じている。四肢に徐々に感覚がつながっていく感覚を。


 だが、私のその光景を見て、何もしないはずもなかった。


 ジェットが私の黒髪を離したかと思うと、ジェットの体が勢いよく一回転して見せ、視界いっぱいに写る私の顔と同じ大きさはあろうかという巨大な拳。


「龍拳ッ!!」


 私の顔が歪む。そして、空中で抵抗もできぬまま思いっきり地面へと叩きつけられ、地面を無様に転がる。そして、血の線を描きながら停止。


「はぁ……はぁ……」


 なんとか無事な頭部を動かしてみる。地面に落ちた際、ガラスにでもぶつかったのか、横腹が大きくえぐられている。そこから大量の血が流れ出ているようだ。地面に大きな血だまりが形成されていく。


 生ぬるい。最初に感じた感想はそんなものだった。だが、私の体は徐々にふさがっていく。


「こやつ……再生するのか?」


 ジェットが私の近くに歩いてきながら答える。そして、その表情は驚きそのものだった。そうだろう、私だって知らなかったのだ。


 そして、私の腹に燃えるような痛みが走った後に、傷は塞がってしまう。


「がぁぁああああッ!!」


 私は一言汚い言葉を吐いた。すると、口から巨大な血の塊が吐かれる。再生した際に胃にでも溜まっていたのだろうか。口の中を鉄のような味が広がる。


 私が、寝ながら相手を見つめる。私が再生したことに対して、驚きの表情を浮かべたままだったが、私が動き出したのを見て、目つきが先ほどの戦闘の瞬間へと戻る。


 私が小さく息を吐いた瞬間、ジェットの姿が霞む。周囲は正確に捉えているのに、ジェットの姿だけが霞んで見えたのだ。

 そして、それと同時刻に私の目の前にジェットの体が接近していた。


「霞拳ッ!!」


 上段から、地面を割るように放たれる拳。私はそれを間一髪で、避けるとジェットの拳に向かってナイフの刃を立てる。所詮は、生身の人間。昔冒険者から奪った安物のナイフではあるが、傷はつくだろう。


 そう見立ててはいたが、そうは上手くはいかなかった。

 耳元に聞こえる、キィンという高音。そして、頬に切り傷を作る折れた刀身。


「なっ!?」


 私は折れた刀身から斬りつけた腕へと目を移す。

 無傷。そこには、先ほどと変わらない肌があるだけだ。傷も、血さえ出ていない。


 私はすぐさま、距離をとる。


 折れたナイフに目をやると、根元からポッキリと折れている。何人もの冒険者を屠ってきたからとはいえ、まさか素肌に弾かれるとは思いもしなかった。


 私はそのまま折れたナイフを捨てる。

 もう、肉弾戦しかない。そう、逆に言えば、勝てる見込みがかなり薄くなった。だが、負けるわけにはいかないのだ。


 左足で思いっきり地面を蹴る。そして、ジェットの腹まで思いっきり駆け寄り、懇親の一撃。

 それを放つと同時にジェットも無様に受けるわけがなかった。まるで、盾をも思わせる巨大な腕がジェットの前に立ちはだかる。


「ふんぬッ!!」


 ジェットの体が回転したかと思うと、顔面めがけて裏拳が飛んでくる。私は寸でのところで、それを回避。すぐさま足払いを行おうとしたが、私の棒切れの足ではジェットの体と触れた瞬間、折れてしまった。


 それには、私も苦笑いを浮かべるしかない。


 その瞬間に、ジェットの一撃。


「発拳ッ!!」


 私の視界に捉えきることなく放たれた一撃。見えなかったのだ。防ぎようがない。


 私の体は再び地面へとたたきつけられる。そして、全身に走る激痛。これだけ喰らっても私は痛みに慣れることはなかった。激痛により苦悶の表情がにじみ出る。


 そして、その瞬間私の腕をジェットが掴む。


「何をッ!?」


 私は、抵抗するまもなくジェットが思いっきり私の腕を引き千切った。体から漏れ出る大量の血液。


「がぁぁぁぁあああああッ!! 痛いッ!! 痛いぃぃぃぃいいいいッ!!」


 それと同時に、ジェットが足を踏み付けで切断。腕同様に大量の血液が体から溢れ出す。


「ぎぃぃぃぃぃいいいいいッ!!」


 意識が痛みによって飛びかける。だが、何とかつなぎとめようとする意識も、私の体と糸でつながっているかのように細くなっていく。


 だが、それを断ち切ることなくジェットは追い討ちをかけてくる。


「炎拳ッ!!」


 ジェットの拳が私の四肢の切断面に向けて放たれる。傷口が炎によって焼かれる。鼻腔に刺さる、血生臭いにおいと、肉が焼けるにおい。


 ジェットの拳が通った四肢と胴体をつなぐ場所には、血が流れ出ることはなくなっていた。


「がぁぁぁああああああッ!!」

 

 あまりの痛みに、私は唇を噛み千切り痛みに悶え苦しむ。

 そして、頭が認知した。私は死んだときと同じようにダルマになったのだと。


「ふぅーッ!! ふぅーッ!!」


 激しく息を吐きながら、何とか意識を正常に保とうとする。四肢があった場所からは荒治療による激しい痛みが何度も体を襲ってきて、すぐにでも意識が飛んでしまいそうなほどだ。


「貴様に一つ問おう」


 ジェットが私の黒髪を再び掴むと、持ち上げる。それと同時に、四肢からは傷口が開いたのか、少しずつ地面へと血が垂れる。


「なぜ、ギルドを襲撃した? なぜ、構成員を殺した?」


 口調は落ち着いていた。だが、その目に灯っているのは殺意の念。私が下手なことを話そうものなら、今すぐにでも残っている胴体を弾けさせるとも言わんばかりの殺意。


 私は、遠くなる意識の中でこんな目をどこかで見たことがあると思い出していた。


 いや、しっかり覚えていた。あの腐った奴隷商人や貴族たちなのだ。私を汚した挙句に、復讐して回っていたとき、同じ目を向けていた。


 そして、その目は『奴隷娼婦の分際で。今まで腰を振っていたから生かしておいてやっておいて』と憎む眼差しで。


 何度この瞳を見たのだろうか。汚いこの眼球ではなく、あの少年の目は澄んでいた。憎しみも、悲惨な現実を見たこともないような、純粋な生を謳歌する目。夢を純粋に渇望する目。


 私の瞳はいつから濁ってしまっていたのだろうか。そんな自問自答には、生まれた時からとしか答えようがなかった。


 私は、私は純粋に彼に会いたいという気持ち芽生えていることに気づいている。ここで、あきらめたら終わりなのだ。


 生きていたときは、ただ犯され奪われるだけの毎日だった。だけど、生き返ってこんなに良いことがあったのだ。あの出来事に比べれば、こんな痛みどうということはない。


 そう、こんな痛みはあの出来事に比べればなんということはないのだ。


 私の失った四肢が速攻で再生する。


 そして私は、思いっきり髪をつかむその手に向けてスキル『略奪者ウバウモノ』を発動させる。コイツの魔力を全て奪いつくすのだ。そして、とっとと荷物を回収して、この身で彼に会いに行くのだ。


「ぬぅ!!」


 ジェットが私のスキルに対して、本気の抵抗レジストを見せる。

 さすがは勇者というところだろう。私のスキルをもってしても、互角に張り合ってくる。だが、私は負けるわけにはいかない。


 今私が持っているものは、身体的魅力でも、内面的魅力でもない。ましては、体に価値は残されていない。残っているのは、会ってみたいという思いだけ。


 私の人生で初めて、なにかを与えてくれた人間に。


「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」


 私にふさわしい汚い叫び声があがる。喉がつぶれて声が出なくなるのではないかと思うほどに、私の口から咆哮があがる。


 ジェットも必死に抵抗レジストをかけてくる。私が敵から奪えているかといったら、互角かも知れない。だが、負けられない。


「うぅぅぅばぁぁぁええええええ!!」


 私の手から紫のオーラがいっそう濃く染まり、ジェットの腕に私の爪が食い込む。そして、徐々にジェットに苦悶の表情が現れた。

 それと同時に、私のスキルの力がどんどん強くなっていく。奪った魔力をそのままスキルの力に変換していく。


 そして、ついにジェットの目が宙を向いた。それと同時に、私の髪を掴む手から力が抜ける。


 私の体が地面へと落ちる。折れた右腕ともう二度と動くことのない左腕。そして、歩くことのできなくなった右足。


 五体満足という言葉は、生前の私だったら驚いていたかもしれない。

 死に様、あの貴族は私の四肢を切り落とし、逃げれなくして私で性欲を満たしていたのだから。


 そんな汚い記憶を思い出しながら、私は床を這いつくばって。品を強奪しに掛かる。

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