無題
いつからだろう。幼馴染の彼女が話してくれなくなったのは。
いつからだろう。学校が苦痛に変わってしまったのは。
そんなことはわからない。気づいたら、変わっていた。
なにがあったわけでもない。僕が変わったわけでもない。
それでも、変わってしまった。僕は変わってしまったのだ。
教科書がないのは当たり前。靴がボロボロなのは当たり前。
給食を分けてもらえないのは当たり前。先生が見ないのは当たり前。
相談できないのは当たり前。話す相手が居ないのも当たり前。
痣があるのは当たり前。怪我があるのは当たり前。
僕と彼女の親は仲がよく、たまたま旅行に行っていたその日に、事故があるなんて本当に運が悪い。
そして、家族の居なくなった僕と彼女は、色々な誘いを断り、一緒に暮らそうと言った。
僕はまだ住み続けている。僕ら二人の両親の遺産をやりくりしながら。
でも、彼女はもう僕と喋ってくれない。
家でも彼女は話さない。僕が一方的に喋るだけ。明るく、ひたすら楽しく喋り続ける。
いつかは笑ってくれるかもしれないと、希望で辛い自分を偽るだけ。
お金がかかるので、食事は作ってもらえない。だから、僕はゴミ箱をあさるしかない。
なにもなくとも、なんでもなくても、僕は彼女に話し続ける。
迷惑そうな顔でも、話し続けた。
いつかは、また昔のように遊んでくれるかもしれない希望があったから。
辛くても、そんな日々を希望を持って、過ごしていた。
でも。
いつからだろう。頭痛が直らなくなったのは。
いつからだろう。吐き気がとまらなくなったのは。
耳鳴りがする。視界が悪くなった気がする。
何も無いところでこけることもあった。
僕は彼女に内緒で、病院に行った。
彼女のお金を少しだけ持ってきて。
白衣の人が言うには、脳腫瘍。手術が必要らしい。
僕は断った。どうせ、お金がないから。
彼女に頼んでもきっと無駄だ。
さすがに大金を盗むわけにも行かない。
家に帰ると、彼女に睨まれた。久々に目が合った。
きっとお金のことがばれたのだろう。
でも彼女は関わりたくないとでも言うように、それきり僕と目をあわせようとしなかった。
僕は本気で謝り、いつものように一方的に話し続けた。
病気のことは言わなかった。
次の日、僕は気づいた。もう、永くはないということに。
不思議と、なんだか、心が軽くなった。重い枷が外れたような気がした。
手始めに学校を辞めた。行く必要がなかったから。
その日、彼女は少しだけ僕を見た。でも、それきりだった。
それから僕は部屋のものを全部売り払い、捨て去った。
部屋は綺麗だった。
僕の痕跡すらも無かった。
その日、彼女は僕を見ていた。
僕はもう、彼女に話しかけなかった。
そんな意味のないことをしなくて良くなり、本当に嬉しかった。
僕は今まで学校に行っていた時間をバイトに当てた。
身体の調子が悪いことを知っていて雇ってくれた。
暖かい人たちだった。涙がこぼれそうになった。
お金が欲しかった。
最期に彼女にもらってきた幸せを返そうと思ったからだ。
何もしてあげれなかった彼女へのささやかなお返し。
あくる日もあくる日も、日に日に動かなくなっていく身体に鞭を打った。
でも、もうそろそろ限界だった。
バイトを辞めた。本当にいい人たちだった。
後悔はないと思っていたのに、誰もいないところで泣いた。
寒い冬だったけど、本当に暖かかった。
そして、迎えた彼女の誕生日。
僕はこの日にここを出て行こうと決意をしていた。
彼女は彼氏とデートに行った。
きっと、しばらくは帰ってこないだろう。
僕は小さな誕生日ケーキを買ってきて、冷蔵庫に入れた。
それから、リビングのテーブルに稼いだ数十万のお金と、とある箱と、手紙を置いた。
手紙には淡白に、今までありがとうございました。そのお礼と、誕生日プレゼントです。とだけ書いた。
家を掃除した。僕が映る写真は全部、処分した。
僕が居た痕跡はもう、殆どない。
もう視界はぼやけ、立っていることすら容易ではなかった。
最後に子供の頃、彼女と二人でやった、テレビゲームをやった。
難しく、なんども繰り返し、ようやくクリアーできたものをやった。
難しく、クリアーできなかった。
もう、いいだろう。
たくさんの思い出が蘇る。
毎日、笑いながら過ごした日を。
両親が死んで、泣き続けた夜を。
精一杯生きようとした日々を。
辛く、苦しい日々を。
僕は最後となる、家の玄関をくぐった。
外は雪が降っていた。
とても綺麗だった。
歩く。
ふらふらと、足元がおぼつかない。
歩く。
もう、頭は痛くなかった。
歩く。
きっと、いつ倒れてもおかしくない。
歩く。
どこに、向かっているかも分からないまま。
どれくらい、どこを歩いたのだろう。
いつの間にか、着いたのは思い出の場所だった。
彼女と見つけた秘密の場所。
誰も知られていない、街を見渡せる高台。
不器用に作られたベンチが置いてある。
形は汚く、木製のお粗末なものだったけど、僕が座っても壊れなかった。
どこかで声が聞こえた。
とても懐かしい声。
男の子と女の子の声。
二人の声は、心から楽しそうだった。
毎日が輝いて、いつまでも笑っていた。
そして、走り回る二人を見た。
僕は手を伸ばした。
届かない手は悲しく空を切り、その二人をかき消した。
幻だった。
目の前に広がる景色は幻想的だった。
ちらちらと舞う雪は、まるで天使の羽のようだった。
瞼が重い。
眠いのかもしれない。
少しだけ、横になろう。
閉じてく視界に、閉ざされる聴覚。
もう、いいよね。
次、目を開けると、きっとそこはまだ大きいベッドの上。
そして、彼女と外を駆け回ったり、ゲームを攻略したりする。
きらきらと、眩しい日々が僕をまっているんだ。
いいよね。もう、いいんだよね。
僕はゆっくりと眼を閉じた――。
*
もう、外は真っ暗だった。
あいつがいる家に帰りたいわけではなかったが、あまり彼氏のところにも居たいわけでもなかった。
しかし、最近のあいつはおかしい。
急に学校を辞めて、迷惑だったおしゃべりもしなくなり、部屋のものがなくなっていた。
やけに明るかったあいつの声を何週間も聞いていない気がする。
いつからだろう。
あいつと喋らなくなったのは。
いつからだろう。
あいつが学校で暗い顔しか見せなくなったのは。
あいつはいつもと同じだった。
変わったのは周りのほう。
私も含めた、周りが変わっていた。
喋らなくても平気だったところから、私はあまりあいつが好きではなかったのだろう。
それでも家から追い出さなかったのは、あいつがこの家の持ち主であることと、お金の半分はあいつのものであることだ。
私はあいつと喋りたくなかった。でも、あいつはやけに明るく、私に接してきた。
なにもあげずに、冷たく接しているのに、あいつが変わることはなかった。
ある日、下ろしたお金を入れていた封筒から、少しのお金が消えていた。
あいつだ。
何の為に盗んだかは分からないが、あいつ以外に居ない。
私はそのことを理由に、あいつを家から追い出したかったが、お金はあいつのでもあるので、できなかった。
代わりには私は、一回だけあいつを睨み、あとはいつもどおり。
あいつは、ずっと謝り、あとはいつもの調子だった。
でも、少しだけ、顔が曇っていたような気がした。
次の日、あいつが学校を辞めた。
理由は分からない訳ではなかった。
あんなに辛そうにしているのに、何故辞めないかが不思議だった。
でも、もっと不思議なのは、何で今このタイミングで辞めたのか。
昨日のことを引きずった様子ではなかった。
あいつは、今日何も喋らなかった。
それから、あいつは部屋のものを売っていた。
もう、なにも残っていなかった。
まるで、最初からなにもなかったかのように。
どうしてそこまでお金が欲しいのか、不思議にあいつを見ていた。
でも、あいつの口が動くことはなく、それから明るい顔を見なくなった。
あきらかにおかしかった。
今まで、家では、明るく迷惑なぐらい一方的に話していたあいつは、もう一言も喋らない。
それどころか、バイトをはじめたらしい。
一体、なんにそんなお金が居るのだろうか。
そして、私の誕生日。
家にはあいつがいたので、彼氏の家にいくことになった。
でも、明らかな彼氏のその態度が、私はあまり好きではなく、早々と彼氏の家をでた。
それでも、十分外は暗かった。
家に着いた。
あいつは何をしているのだろうか。
最近は全く読めない。
家に着くと、郵便物があいつ宛にきていた。
最近の様子が気になったので、封を開ける。
あけたところで、あいつは文句を言わないからだ。
それは病院からだった。
あいつは病気にかかっていた。
全然、気づかなかった。
全くそんな素振りも見せなかったからだ。
おかしかったのはこれか。
そして、お金は手術を受ける為に集めていたものだろう。
もちろん、私が手術代を出すはずもないし、あいつがしていたことは整合性がとれているだろう。
鍵のかかった扉を開く。
すると、いきなり破裂音が私の耳を襲う。
そして、宙を舞う、色鮮やかなテープ。クラッカーだ。
どうやら扉を開けると、鳴るようになっていたらしく、つくづく変なことを考える奴だなと思った。
クラッカーは掃除がしやすいように、飛び散らないものを選んでいたらしく、玄関は散らかっていない。
私はクラッカーを持ち、リビングに向かう。
まず、クラッカーをゴミ箱に入れた。
もう、使い道はないので、別にいいだろう。
あいつはいない様子だった。
もしかして、今頃手術を受けているのだろうか。
脳腫瘍とは大変な病気をおったものだ。
まぁ、成功しようとしまいとどちらでもいいのだが。
でも、死なれると葬儀代がかかる。
できたらやめてほしいものだな。
私はテーブルの上に封筒があることに気づいた。
中身はお金。軽く数十万はあるだろう。
私は驚きよりも先に、テンションがあがり、下の手紙のようなものを手に取る。
私の脳内は金のことで一杯だった。
手紙にはこう書いてあった。
今までありがとうございました。そのお礼と、誕生日プレゼントです。と。
意味が分からなかった。
でも、ようやく飲み込めた。
これはあいつがだしたもの。
でも、そう考えるとおかしい。
あいつが今まで貯めていたのは、手術のためじゃないのか。
でも、ここにある金額が、あいつのためれる金額であろう。
そして、手術するには必要であろう、お金。
嫌な汗が流れた。
もしかして。
もしかして、あいつは。
手術など受ける気が無かったのだろうか。
今までの行動は全て、私への恩返しだろうか。
つまらない私への、何もしていない私への架空の恩返しなのだろうか。
それならば、一体、なんの感謝なのだろうか。
私が何かをした覚えは無い。
とりあえず、おちつく。
追記で冷蔵庫と書いてあったので、見てみると小さなケーキが入っていた。
おいしそうなケーキだった。
何故か、胸が痛かった。
あいつの部屋に行く。何も無い。全く何も無い。
それどころか、リビングなどにあった、あいつの写真などもすべてなかった。
あいつがここに居たという形跡は、あの手紙を残して、何も無かった。
テレビのしたにゲーム機が置いてあった。
私は出した覚えが無いので、あいつがやったのだろう。
そのゲームは、昔あいつと必死にクリアーをしたゲームだった。
そういえば、あの頃は楽しかったような気がする。
毎日が楽しくて、寝るのが楽しみで、また早く明日が来て欲しくて、あいつと遊びたくて。
そんな日だったような気がする。
それは私が子供なだけなのかもしれない。
私は、あいつが好きではない。
あいつといると、私もいじめられるかも、などという気持ちでは一切ないはずだ。
あいつの名前を呼んでみた。大声をだして呼んでみた。
返事はなかった。
もう一度呼んでも見る。
返事はなかった。
ふと、テーブルの上に箱が置いてあることに気づいた。
さっきは封筒に目がいって気づかなかった。
小さな箱を開けると、銀色のプルタブと、折りたたまれた紙が入っていた。
即座に分かった。
そのプルタブは、昔、子供の頃あいつにあげた、婚約指輪。
私も貰った覚えはあるが、もうとっくに捨ててしまっている。
あいつは、こんなものを大事にとっていたらしい。
紙をあけると、文字がびっしりと書いてあった。
こっちが本当の手紙のようで、こんなことが書かれていた。
君へ
ごめんなさい、僕は遠くへいくこととなってしまいました。
もう二度と戻ってくることはできません。
なのでこれを返しておきます。
きっと、君は覚えていないでしょうが、それでも、返しておきたかったのでここに置いておくことにしました。
後、そばに置いといたお金は、色々と世話になったり、こんな僕と遊んでくれたお礼です。
ぜひ、使ってやってください。
今まで、君が居て、本当に楽しく、嬉しかったです。
ありがとうございました。本当に、ありがとうございました。
では、これで。
それで手紙は終わっていた。
同時に私は思い出す。あいつと遊んだ昔の日々。
本当に楽しかった。
心のそこから、楽しかった日々。
二人で、お休みと声を掛け合ってた日々。朝はおはようと笑いあっていた日々。
私はごめん、と呟くが、反応はない。
もう二度と、あいつの声を聞けないんだ。
最後に話した言葉は何だっけ。
あいつが最後に言った言葉は何だっけ。
もう、記憶にない。記憶にとどめようと思ってすらいなかった。
誰もいない。
家がいつもより、とても広い。
もう、二度とないんだ。
あいつが話すことも、笑うことも、泣くことも、なにも、なにも。
私は、家から飛び出す。
最後に、あいつの顔を見たい。
ろくに見もしなく、もう思い出せないあいつの顔を記憶にとどめないと。
外は暗く、雪が降っている。
私は思い出した。
もしかしたら、あそこに居るのかもしれない。
私は全力で駆け出した。
私たちにとって秘密基地のようなものだった。
あいつと見つけて、眺めがいいから、そこで色んなものを見て。
毎日がきらめいていた。
毎日が眩しかった。
思い出の場所に着いた。
ぼろぼろのベンチに誰かが寝ている。
あいつだ。あいつが居た。
動かなかった。喋らなかった。
私から話しかけているのに、あいつは喋らない。
いつもは迷惑に話しかけてくるのに、もう喋らない。
なにも動いていない。
私がどんなに喚こうが騒ごうが叩こうが、あいつが動くことは無かった。
もう、動かなかった。
ピクリともしない。押したら、ベンチから落ちた。抵抗もなく落ちた。
重力に従った後は、動かなかった。
そして、私はあいつの表情を見た。
眼を閉じていて、とても――苦しそうな表情を浮かべていた。