ランプの魔神とこどもたち
「なあ、夏休みの読書感想文、書き終わった?」
「いきなり人んちに来て、何だよ。よしなお?」
嶋頭英知の家に突然訪問してきた鞠谷慶尚は、英知の机を漁りながら尋ねてくる。
持ち主の許可もなく荒らし回る姿を「山賊みたいだな」と思いながら、英知は放置だ。
「読書感想文なら、まだできてない。というか、正に今、題材を読んでるとこ」
「ああ、一番面倒なとこな。えいち、お前、課題図書どれにした?」
「課題図書?」
当然のこととして慶尚が質問すると、何故か英知がきょとんと首を傾げる。
その顔は、真顔だ。
「おいおい。毎年、三冊くらい選ばれるだろ」
「ああ、あれね。残念だけど、俺の趣味じゃないよ」
「そう言って、選択肢以外から選ぶヤツはあまり居ないんじゃねぇ…?」
「俺はもっと、夢のある話が読みたいんだよ」
「ほほぅ、ゆめ。そんで今、読んでるのは?」
「【千夜一夜】面白いよ。今はまだ序盤だけど」
「って、どのあたり?」
「丁度今、王様が妻に裏切られ、世の女性に絶望して女性不信に陥ったとこ」
「それ、どこに夢があんの…?」
むしろリアル。慶尚がそう、呟いた。
だけど英知は、慶尚の物言いたげな瞳も物ともしない。
嬉しそうに英知が掲げるのは、なんだかやたらと分厚い本。
よく見ると表紙は、日本語でも英語でもない。
「何語?」
「原文ってワケじゃないんだけど、アラブの方の文字だったかな」
「読めんの?」
「何となく、ニュアンスは」
「…俺、たまにお前がよく分からない」
ニュアンスしか分からない本を読んで、読書感想文に取り組もうとする英知。
慶尚はそんな彼を勇者と讃えるべきか、愚者と嘲笑うべきか迷っていた。
しかし言及しない方が身の為だと思い直し、慶尚は話題を変えることにする。
「それで、千夜一夜ってどんな話だっけ」
「有名な幾つかの話は、お前でも知ってるだろ。【アラジンと魔法のランプ】とかさ」
「題名は聞いたことあんだよな。それって、どんな?」
「ざっと簡単に言うと、貧乏に生まれ育ったアラジンって父無し子が、遠路はるばるアフリカから来て叔父を名乗る怪しいおっさんに騙されて、黒髭危機一髪的な窮地に陥る話」
「お前、今絶対に偏った説明しただろ…?」
「そんなことはない。正に、そのままだ」
ほら、一緒に読むぞ、と英知が本を差し出す。
しかし当然ながら慶尚には読めなかった。
「読めねーよ」
「読めよ、気合いで」
「気合いで何でもできたら、人類は進歩してねぇよ? 科学技術とか、文明とか」
「それらも等しく、気合いで進歩したものと俺は理解している」
「お前、その偏った思考どうにかなんねぇ?」
「どうにかなるなら、個性という言葉は要らない」
「うわぁ。個性で言い切る気だよ、コイツ」
手持ちの本が読めないという慶尚に、英知はこれ見よがしに溜息。
むかっときた慶尚は、ダッシュで図書館へ走った。
もちろん、自分にも読める千夜一夜の本を借りに行く為だ。
そんな彼が図書館内で直行したのは、児童ルームの絵本コーナーだった。
「そ・ん・な・訳で!」
「どんな訳? 言い訳?」
「そんな訳で! 借りてきたぜ、アラビアン・ナイト!」
「ああ、ね。…って、絵本じゃん」
「絵本じゃなきゃ読めねぇよ!」
「おいおい、豪語するなよ。国語の先生が号泣するぜ?」
「泣きたいヤツは泣かせとく! 俺は俺のレベルに合わせた本を読む。でないと寝るし」
「ああ、そりゃあ本を手に取る意味がないな」
「だろ? えいちだって本を枕にするヤツは撲滅するって言ってたじゃん」
「お前はその対象リストの首位に常に燦々と輝いているけどな」
「俺の身、超危険!?」
いつしか手に取っていたドライバー片手に、英知が意味深に笑う。
それで何をする気かと戦々恐々しながらも、慶尚は乾いた笑みでスルーを決めた。
そうして二人、背中合わせに座って。
二人互いに寄りかかりあって。
互いの読書を邪魔せぬ様、それぞれに本へと没頭していった。
英知はやたら分厚い千夜一夜。
慶尚は薄っぺらい複数の絵本で千夜一夜。
内容にも若干の差異があり、細部細部が違ったけれど。
二人はそれぞれの身の丈にあった千夜一夜を読み進めた。
胸を熱くする冒険。
美しい古の言い回し。
少年の夢が、其処にある。
特に慶尚の読む本は、絵の効果もあって綺羅綺羅しい。
子供達が憧れる、不思議な世界が其処にある。
まさに、超健全。
一方英知の手にする本には、子供向けではないこその魅惑的な世界。
どちらかと言えば大人向けの表現が多い中、赤裸々に語られる大人の御伽噺。
もうちょっとオブラート動員しようぜ?な不健全な物語。
健全な物語もあったけれど、お話の都合上、夢と希望以外の何かを含む物語。
そこには、欲望と書いてユメと読む様な不思議な世界が広がっていた。
「…うん。よしなおにはとても読ませられない」
「読ませる読ませない以前に、そんな本読めねーよ」
「良いかい、よしなお。これから先に機会があっても、児童書以外の千夜一夜に手を出しちゃいけないよ? 今胸の中に培ったばかりの、奇麗な世界が崩壊するからね?」
「なんで、子供に言い聞かせるお婆ちゃんみたいな口調になるんだよ…?」
「なんか、心境的にそんな感じだったんだ」
子供の健全な成長を祈って、英知はさり気なく慶尚から自分の持つ本を遠ざけた。
自分も慶尚と同じ年齢だという事実は、この際遠くのお空にさようなら!
「御伽噺って、グロイなぁ。流石、『御伽噺』っていうだけあるよ」
「ん? おとぎばなしは、おとぎばなし…だろ?」
「ははは。よしなお、お前は一生、伽って言葉の意味を知らないでいると良いよ」
そう言って友達の頭を撫で繰り回す英知は、微笑ましいものを見る目をしていた。
後日、慶尚がとあるブツを拾ってくるまで。
英知の胸には、夢を信じる少年への微笑ましさが刻まれていた。
慶尚が拾ってきた金色のソレ。
玩具の様なランプから、いかにもな『魔神』が出てくる、その時までは。
ランプの魔神「願い事は何ですか?」
慶尚→「特に叶えて欲しい願い事ってないなー?」
英知→「魔神如きに叶えて貰う必要性を感じない」
魔神「それで何故呼び出した!?」
慶尚「好奇心」
英知「興味本位」
魔神「…子供って、残酷だ」
最後まで読んで下さり、有難う御座いました!