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Sweet pea  作者: 白羽湊
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涙と涙







千李にそっと誰かが触れた。

「 ー っ!やめて、触らないで!」

誰のものかも分からない手が恐ろしく、身体に力がこもる。丸めた身体を強張らせ震えていると、上から声が降ったきた。

「ごめんね。…でも君もいつまでもこのままではいたくないよね?」

声からアクアブルーの眼の人だと分かった。言いながら彼は再び千李に触れる。身体をそっと抱え上げられ、向かい合うようにして彼の膝へと座らされる。彼の顔を見ずに俯き、未だに止まらない涙を落とした。

「下着…戻すね?」

優しい声色で聞かれるが声は出なかった。身体の震えも止まらないままだ。彼の手が触れ下着と肌の間に指が入った感覚にびくんと体が震える。手が触れている部分に妙に意識がいってしまいそうで、恥ずかしさから千李は向かいにある彼の肩へ頭を預け目も瞑った。

「…君の名前聞いてもいい?」

下着を戻し終わった手でボタンを手にしながら彼が尋ねてきた。黙っていると、彼の手がそっと千李の頬に触れた。驚きながら顔をあげると間近に彼の顔があり目があう。彼は微笑しながら千李の涙を拭う。先ほどまでのどこか冷たい、冷ややかな笑みとはちがってうつった。千李への触れ方も、先程までとはやはり違う。気を使ってくれているのだろうか。これからを色々と考えていた千李にとっては、また分からなくなってしまうが自然と声が出た。

「千李。…錦木 千李です。」

「千李か。僕はミクリっていうんだ。よろしくね、千李ちゃん。」

「あっ、ええと…。」

彼の態度の変化についていけず言葉がうまく出てこない。けれど、少しずつ千李の中の恐怖心が和らいでいくのが分かった。

「…どうして私なんかに名乗るんですか?」

「どうしてって相手が名乗れば、自分も名乗るのが礼儀じゃないの?」

あっさりと返されそれはそうだとも思ったが、

「でもさっきは…私なんかに名前は教えるなって言われてましたよね…?」

「まあね、でもさっきはさっき。状況は変わるものだよ?」

彼の切り返しはあっさりしすぎていて、状況を把握出来ていない千李にとっては上手く呑み込めない。

「はい。終わったよ。」

彼の手によってボタンがきちんととめられたようだ。

「…ありがとうございます。」

反射的にお礼の言葉が出た。よくよく考えれば、自分は礼を言うべき立場では無いのだが。

「どういたしまして。 ー あっ、こっちも外すね。」

そう言ってミクリは後ろの拘束も解いてくれる。間もなくして、腕が自由になった。ミクリの膝の上からおり、ベッドの横に立つ。ここに来て漸く自由になり、改めて部屋を見渡した。部屋は西洋の雰囲気を感じさせる綺麗なもので、ここはベッドルームなのだろうか。部屋の中には中央に置かれたこの大きなベッド以外に、木製のテーブルと椅子、そして入り口らしき大きな扉の他にもう一つ扉があるが、クローゼットか何かだろうか。あと光の差す窓がある、部屋の中にあるのはそれくらいだろうか。

「何か探してるの?」

後ろからミクリが不思議そうに眺めている。

「いえ、西洋の雰囲気に似ているなと思って…」

「西洋?君のいたところ?」

「いいえ違います。ただ憧れていたというか、一度は行ってみたいと思っていたので…。…え?」

思わず声が上ずる。

「?どうかした?」

「あの…今『君のいたところ』って…」

「うん。言ったね。」

「でも…信じないんじゃないんですか?」

「うーん、僕らだって信じないつもりだったんだよ。…というより君が嘘を言っているって思っていたしね。」

「じゃあ、どうして…?」

千李の問いかけにミクリの表情が少し真剣なものとなった。

「だって、君にはなかったから。」

「なかった?何がですか?」

「烙印だよ。裁きと平等の印がなかった。」

知らない言葉に首を傾げる。

「ふふ、もっと詳しく知りたいだろうけど、話はこの辺にしようかな。二人が待ってるだろうから。」

二人と言われ漸く、この場に先程の二人がいない事に気付いた。いついなくなったのかは分からなかったが、恐らくミクリが千李の元ヘやってきた時には、二人は出て行っていたのだろう。気がつけるほどの余裕はなかったが…。

「千李ちゃん、行こうか。」

どこへ行くのかさえ不明のままミクリのあとに続いて部屋を出た。ミクリは先程までと違い自分に優しく接してくれている。信じてもいいのだろうか。ミクリの後ろ姿を追いながら考えた。でも…私がこの国の人間ではないということは信じてもらえ、腕の拘束も解かれている。少しは気を許しても大丈夫だろう。



ー 遠い。…というより長い!!

この建物はそんなに大きなものなのか?廊下が延々と続くなかに時々大きな扉があるが、扉と扉の間に歩く距離にしては明らかに長い。先ほどいた部屋もそこそこ広かったが、それとは比べ物にならない事くらい千李にも分かった。一体どれだけ広いのだろうか…。そして千李はもう十分に歩いたつもりでも、部屋の大きさが異常なため部屋数を数えればまだそう歩いていないことになりそうだ。

「あの、まだ着かないんですか?」

一応ミクリに問いかけてみるが、

「えっ?まだだよ?まだ少ししか歩いてないでしょ?」

と返され、やはりなとため息を付いた。それから暫く、また黙々と歩き続ける。長い廊下は歩いても歩いても同じ風景で、床に敷かれた赤い絨毯

じゅうたん

を見ているだけで気持ち悪くなってきた。まだ着かないのだろうか…。内心この長すぎる旅路に苛つきを覚えて歩いていると、ドンと前を歩いていたミクリにぶつかった。何時の間に足を止めたのだろう。

「…着いたんですか?」

「ううん、まだ。」

千李は肩を落とす。だが、ミクリの声色はどこか楽しそうに聞こえた。

「でも、なんか歩くの面倒臭くなっちゃった。千李ちゃんよく平気だね?」

「平気じゃないです。こんな長い廊下は見たことも、聞いたこともありません。そろそろ私も限界です。」

本音を口にするとミクリは楽しそうに笑った。

「あっ、笑い事じゃないんです。私本当にもう ー 」

「そうだね。僕も折角の客人だから、久々に歩いてみるのもありかと思って歩いてみたんだけど…。やっぱり最初からやめとけば良かったなあ。」

ミクリの相変わらずな、返しにまた“ ? ”が浮かんだが、どうやら本当は歩かなくとも移動が出来たらしい。だったら本当に変な気分になんかならずにいつもの方を選んでもらいたかったと、心の中でため息混じりに返す。だが、そもそも…歩くのがいつも通りでないなら、いつも通りとは何だろうか…。

「ミクリさん、その普段の移動って一体…?」

「ん?普段は殆ど移動なんてしないよ。でもたまに移動するとこんなだから普段はね…。」

ミクリは途中で言葉を濁し、千李の後ろから回した腕で自身にぐっと引き寄せる。千李はぽかんとしてされるがままになっていたが、ハッと気付くと自分たちは歩いていないが周りのものが一瞬で自分たちの後ろへと流れていく。

「これが…!」

と驚きを口にする前に千李達はより一層大きな扉の前に来ていた。

「分かった?普段はこうして移動するんだよ。千李ちゃんの世界にはなかった?」

「えっ、ああはい。ありませんでした。こんな魔法みたいな移動方法。」

「ふーん、そうなんだ。大変なんだね。」

大変かと言われればまあそれなりにという感じだが、そもそも室内をこんなにも長々と歩くなんてことが無いので、寧ろそうやって移動しなければいけないほどの場所に住むという事の方が大変だろと千李には思えた。

「それじゃ、行こうか?」

ミクリの声ではっと我に帰る。

「あ、はい…。」

今からまたあの二人に会わなければならないのかと千李の声のトーンは明らかに落ちた。それを分かってか、

「千李ちゃん?…大丈夫、心配しないでいいから。 ー 行くよ。」

ミクリに肩を抱かれ後押しされながら、自然に開いた扉の中へと足を進めた。


ー 「遅いぞ‼」

千李達が部屋に入って最初に飛び込んできた怒声。声の主は勿論彼であって…

「はいはい。アルーシャ怒らないでよ。ごめん。ごめん。」

ミクリは相変わらずニコニコしながら謝る。

「どうせまた気分で歩いて来ようとでもしていたんでしょう。」

「おっ、流石レイレイ。お見通しだね。」

「レイレイではなく、レイだと何度も言っていますけどね。」

そんな会話をしながら、ミクリは部屋の中央へ進んで行く。それを追って千李もあとに続いた。アルーシャ、そしてレイと呼ばれた彼らは部屋の中央に置かれたテーブルについている。テーブルはよく見ると、正八角形のようだ。入り口からみて正面に、アルーシャ、右側にレイ、そしてその反対側にミクリが腰を下ろす。それぞれの座る辺の間、つまり入り口からみて斜めになる部分には座らないようだ。

「おい、そこに座れよ。」

千李に向かって声がかけられる。彼が指差しているのは、彼の座る反対側、つまり入り口から一番近い場所に置かれた席だ。千李は言葉通りにそれに座った。

「すまなかった。」

聞こえてきた言葉に耳を疑う。また自分の期待を裏切るのだろうと思っていたのに、彼から聞かれたのは紛れもない謝罪の言葉であった。

「あるはずないと思って、その…酷いことしちまった。悪かったと思ってる。」

「えっ…じゃあ、信じてもらえるんですか?!」

自然とまた涙が頬を伝っていた。先程までの恐怖や不安から解放された安堵、そして彼等が信じてくれた、その事実がとても嬉しかった。

「ああ、信じる。一応な。」

「一応…ですか。」

「あ、いや、ー そう考え込むな。一応って言ってもお前がこの世界の奴じゃ無いって事は分かった。つまりはお前の言う何処か別の世界から来たって話も頷けるわけだ。まあ、だからあれだ、いきなり別の世界からとか言われても簡単には呑み込めないだろ?心の準備がとかいうやつだよ…。分かるか?」

アルーシャ…もしかしたらこの人は本当は怖い人なんかじゃ無いのかもしれない。千李は彼の話を聞きながら思った。口下手なのか上手く言葉に出来ず、あたふたしているが千李には十分に伝わるものであった。

「はい。よく伝わってます。信じてもらえて、本当に嬉しいです。」

「そうか、ならいいんだ。」

千李の顔に少しの笑顔が浮かんだ。彼らの前で笑顔を見せたのは初めてかもしれない。

「良かった。…笑ってくれたね。あんなことの後だし、酷いことしちゃったから無理も無いんだけど…。」

ミクリが伏せ目がちに言う。

「もう…平気です。誤解は解けたし、別の世界から来なんて言われて普通信じられないのも分かりますから…。」

「うん。本当にごめんね。」

「俺も、悪かった。」

「私も二人と同罪です。なんの罪もない貴女を傷付けてしまった。やり方としても手荒な方法に賛同しました。…さぞかし怖い思いをされたでしょう。謝ることで許されるものではありませんが、申し訳ないことをいたしました。」

二人に続いて、レイと呼ばれた彼も口を開いた。その物腰は優しく、思わず声を出して泣いてしまっていた。アルーシャもミクリもまたすまなそうに視線を落とす。

「平気だとは口でいっても、本当はまだ辛いはずです。我慢することはありません。簡単に許さなくとも良いのです。私達はそれだけのことをしてしまった。」

聞いているだけで涙が溢れてしまう。彼の言葉は、心につっかえていたものを、全て解放してくれているかのようだった。確かに辛かった。怖かったし、彼等のことも恨んだかもしれない。…けれど …千李はゆるく首を横に振る。涙も嗚咽も止まらなくて、それを見ている周りはきっと、もっと自分を責めるだろう。でも、彼等に更なる罪悪感を植え付けたくて泣いているんじゃ無い。それに、もう十分過ぎる程泣いた。心にあった許せないと思っていた思いも、恨み、憎いという思いももうどこかに行ってしまっている。泣いている理由はないのに、それでも止まらない涙を拭いながら、せめてもの意思表示として、首を横に振る。自分はもう十分ですと。責める心ももうないと伝えたかったから…。

「…貴女は優しい方ですね。大丈夫、涙は無理に止めないで、泣いてください。」

彼の言葉に千李はコクコクと頷き、暫く泣いていた。三人はそれを静かに見守った。泣いて、泣いて、泣いて。涙はすべてを洗い流し、彼等を許せない思いは段々滲み、そして消えてゆく ー。


第二話完成しました( ̄^ ̄)ゞ

千李がどうなるかと思いましたが、誤解が解けて良かった( ̄▽ ̄)

漸く10000字くらいでしょうか?

これからも一つ一つの話は短めで投稿していこうかと思います(#^.^#)

ここまで読んで頂きありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ

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