8.騎 ~Iris liberte~
聞こえてくるのは軍靴の音。
買い物で賑わっていた人々は、その音を聞くやどよめき始める。そうしている間にも足音は着実に近づいてきていた。
複数の足音が重なっているにもかかわらず一歩一歩がしっかりと耳に届くのは、訓練に裏打ちされた一糸乱れぬ動きである所以だろう。つまり近づいてきているのは無秩序な集団などではなく、きちんと統率された一つの部隊だということになる。
“彼ら”はピカピカに磨かれたブーツで闊歩し、肩で風を切りながら買い物客たちの波をかき分ける。否、正確には買い物客たちの方がよけていたのだ。
「うわ……っと」
買い物客たちの波に流されて、クラリスは建物の影へと追いやられていく。
次々と道の両脇に分かれていく民衆。そして中央――クラリスたちが作った花道を、“彼ら”は威風堂堂と歩いてきていた。腰に提げた剣と隙のない動きが、彼らが一般人ではないことを証明している。かといって冒険者でもない。
それに空気は剣呑だが、気品も感じられる。
“彼ら”の一人が旗を掲げて進んでいた。高級木綿天竺製の赤い旗には金糸の刺繍が施されている。
尾を噛んだ蛇のリング――無限を冠する輪廻。輪の中央にあたる空白にはペガサスが羽ばたいており、その左右には黒い翼。そしてウロボロスの頭には王冠が乗せられていた。
それはティル・ナ・ノーグ公爵家の紋章。つまり彼らは国に仕える――
「我々は、ティル・ナ・ノーグ天馬騎士団です!」
格闘をたしなんだものにだけ出せる、腹の底から出したような覇気のこもった声。
幼さの残る、だけど凛としたその声は、クラリスにも聞き覚えがあった。
アイリス・リベルテ。
クラリスの双子の姉。
夜桜を思わせる明るい髪と、宝石のような青い瞳。多少の差異はあるものの、その顔立ちはクラリスと瓜二つだった。
だけど、まとう空気はまるで違う。
邪魔になる長髪をポニーテール調にまとめ、おしゃれよりも機能を優先した服装。幼いながらも気迫をまとったその出で立ちは、彼女が戦いに身を捧げた人間であることを物語っている。
騎士として生き、騎士として死んでいった父を追いかけた彼女は、今こうして騎士の道を歩んでいる。
もともとクラリスは彼女と暮らしていたのだが、今は姉の方が本部に泊りがけで働いているためか、ほとんど一人の時の方が多い。
「最近、子供の行方不明者が続出しています! 何か情報を知っている方は、我々天馬騎士団にご一報をお願いいたします!」
使命に血潮を燃やす彼女の姿は凛々しく、まさしく正義の味方といった感じ。
人々の注目を集め、それでいて物怖じせずに世界と真っ向から向き合っている。意志のこもった眼差しと、堂々とした振る舞いがそれを証明していた。
花売りをしているクラリスとは、まるで違って見えた。同じ双子なのに。
こんなに遠いと感じてしまうのはどうしてなのだろう……。
血の繋がった姉妹であるはずなのに。
「遠いなぁ……」
憂いと羨みのこもった声で、クラリスはつぶやく。
凛とした声で、なおも正義の味方は世界に伝えている。
――怪物が、このティル・ナ・ノーグに潜入したのだと。