7.街 ~paradise~
最初に目に入ったのは、見慣れた天井だった。
「…………」
上体を起こし、寝ぼけて鈍った頭を軽く振ってみる。
「……酷い夢」
言いながら、右肩に軽く触れる。いびつに盛り上がった傷跡のような腫れが指先でこすれた。
実際には傷跡などではなく、寄生樹と呼ばれる植物がクラリスに取り付いているのだ。言ってみるならそう――“呪い”のようなもの。
「……痛い」
酷く潰れたような声だった。
夢から現実に回帰したクラリスは、水浴びをして埃を落とし、軽い朝食を摂るとさっそく仕事に取り掛かる。
色とりどりの花が活けられている花瓶。それが6つ。趣味や飾りにしてはやや多すぎる。
活けていた花をすくい上げ、枯れた花や折れた花を丹念に取り除き、綺麗な花だけを選別してリボンで綺麗にラッピングしていく。
クラリスの仕事は花売りだ。幸せを売るのが彼女の役目。
だから彼女は今日もティル・ナ・ノーグで花を売る。
華やかなファッションショップや飲食店が並ぶ繁華街に、買い物を楽しむ観光客が溢れかえっている。明るいカラーでまとめられたレンガが敷かれた床の上でクラリスが笑顔を振りまいていると、ふとある看板が目に飛び込んできた。
Welcome to Ti'r na nO'g!
欢迎来 Ti'r na nO'g!
Lorem Ti'r na nO'g!
ようこそ、ティル・ナ・ノーグへ!
あらゆる国の言語で書かれた歓迎の言葉。
よく耳をすませてみれば、聞こえてくる観光客のざわめきも様々な音色を持っていることがわかるだろう。
老若男女とか、そういう話ではない。人間の言葉。耳の尖ったエルフの言葉。力強いドワーフの言葉。小さなホビットの言葉。この街は色とりどりの声であふれかえっている。
ここで暮らすほとんどの人がティル・ナ・ノーグの公用語を覚えるようにはなるものの、観光地の色合いが強いこの街では、今日もバリエーション豊かな言語が飛びかっているのだ。
ありとあらゆる人種が集まった街。それがティル・ナ・ノーグ。
「…………」
ふと、クラリスは空を仰ぐ。
「……空が高いなぁ」
どこまでもどこまでも高い、空の青。
海を溶かしたような明るい青が、暖色系でまとめられた街並みにひとつのアクセントをくわえてくれていた。
そこに、白い花を添えてみる。
商品の白百合を空に掲げて、クラリスはふと想いにふける。
花が上に伸びるのは、天を羨んでいるからなのだと誰かが言っていた。
空をつかめる日を夢見て、かれらは毎日手を伸ばしているのだと。
そういえば花の形は、まるで“伸ばした手”のようではないか。
クラリスは思う。
自分の夢は何なのだろう。
花にすら夢があるというのに。