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サキュバスは今日も夢を見る  作者: 佐藤つかさ
第一章 ~花と雨~
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3.花 ~tomodachi~

「いつここに来たの?」

 

 まずクラリスが訊ねたのはそれだった。ミナーヴァはクラリスの故郷であるキルシュブリューテという街にいたはずだからである。

 

「昨日。あたしも用があってこの街に来たんだ」

 

 ここでクラリスは気づく。ミナーヴァが、後ろに何かを隠しているということに。彼女は彼女で、妙に嬉しそうだ。

 

「何持ってるの? ミナーヴァ」

「ん? これはねえ……」

 

 クラリスが聞いてみると、ミナーヴァはますます嬉しそうな顔になった。いたずらっ子にも似た微笑み。

 

「はいっ!」

 

 そして隠していたそれを――思いっきりクラリスに突き付けた。

 

 間近に突きつけられた〝それ〟に、クラリスは思わず少しのけぞり、きょとんとしてしまう。懐かしい春の匂い。故郷の匂い……。

 

「……花束?」

 

 それの答えをクラリスがつぶやく。なんでそんなものをミナーヴァが渡してくるのかわからないまま、ミナーヴァが言葉を紡いだ。 

 

「16歳のお誕生日おめでとう」

「え……?」

 

 16本分のかおに見つめられたまま、クラリスはぽかんとしてしまっていた。

 

「今風の月キーリィ――6月の意――だよ。クラリスの誕生日でしょ? しばらく帰ってきてないし、故郷の花――ちょっとだけ摘んできたの」

 

 多分、半分は嘘だなとクラリスは思った。

 

 彼女が摘んできた花は、キルシュブリューテの中でも一等希少価値の高い花だ。一年中桜の花を咲かせている大樹の近くにしか咲かず、夜に淡い光を発する、まるで夜の星が地上に咲いたかのような花。

 

 そしてクラリスが今いる街とキルシュブリューテはかなり遠い。枯らさないように持ってくるのは相当大変だったに違いない。

 

 そういう友達がいてくれることが、ほんの少し嬉しい。

 

「うん。……ありがと」

 

 胸に友達の贈り物を抱えて、クラリスはポツリとつぶやいた。

 花束から染み込んでくる、温かい気持ちを感じながら。

 

 ミナーヴァが、クラリスの部屋を見渡しながら聞いてきた。

 

「中入っていいかな?」

「もちろん」

 

 ミナーヴァは歩を進める。

 それからは「大婆様元気なの?」とか「ほかの人もみんな元気だよ。でもミトおばさんが腰痛めてたかな最近」といった他愛ない故郷の話に花を咲かせ始めていた。

 ふたりの時間の共有を、扉という名の蓋でそっと閉じ込める……。

 

 

 

 

 

 

 扉が開く。

 クラリスは、百回以上も繰り返してきた友達の来訪を出迎えていた。

 

「久しぶり。クラリス」

 

 今や聞きなれたハスキーボイス。

 誕生日を祝ってくれたあの日からほぼ半年。

 あの日と比べて、ミナーヴァは都会の洗礼を受けてだいぶ垢抜けた格好になっていた。

 

「ミナーヴァ、帰ってきたの?」

 

 彼女はここ最近は遠い国――フィノ・クォートと呼ばれる街の遺跡をを旅していたはずだ。

 

 そして気づく。いつの間にか〝来たの?〟ではなく〝帰ったの〟と聞くのが当たり前になっている自分に。故郷を離れて一人暮らしを始めて、今や居場所が故郷ではなくこの街へと移り変わっている。

 

「今から遊びに行かない?」

 

 勝手知ったる我が庭と言わんばかりにミナーヴァが告げる。彼女もすっかりこの街の住人だ。

 

 今は氷の月ネイリィ――12月の意――だがさほど寒くはない。この街は一年中温暖な気候に包まれている。

 

「いいよ。ちょっとだけ待ってて」

 

 支度をしようとして、クラリスは気づく。

 

 ミナーヴァの胸元――右の乳房に刻まれた紋様タトゥーに。

 少なくとも、遺跡を旅する前にはそんなものなかった。

 

「ミナーヴァ」

「そのタトゥー、何?」

 

 ああ、これ? と、ミナーヴァは困ったと言いたげに苦笑する。

 そして、告白した。

 

 

「魔法使いになったの」


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