1.夢 ~yume~
雨が止まない。
大粒の雨がクラリスを痛めつける。雨粒は重く、痛く、足元の石畳すらすり減らしてしまいそうな勢いで降り注いでいる。
肌に張り付いた服が気持ち悪い。
ふと、クラリスは空を見上げる。光を阻む重たい雲が彼女の視界を埋める。
あの空に落ちれたらどんなに心地いいだろうと何故か思った。
どうして父は死んでしまったのだろう。
どうして母は壊れてしまったのだろう。
どうして姉は去ってしまったのだろう。
どうしてこうなった?
空を見上げたまま、驚異と敬意で考える。
神様はどうしてここまでの所業を行えるのだろう。
運命だというのなら滑稽だ。失って得るものもあるというけれど、年端も行かぬ子供には辛すぎる。
悪魔の所業なのなら狡猾だ。全てを失った人間はとても脆い。
「おかあさん」10歳のクラリスは涙を流してまぶたを閉じ、
「お、かあ……さん?」14歳のクラリスは瞳孔を拡散させる。
その瞳に映るのは自分の母親。
発狂して世界を燃やそうとし、止めようとした自分の娘に呪いをかけ、正気と狂気の狭間で壊れた女は自らの喉に短剣を突き刺して――そのまま二度と動かなくなった。
呪い。そう、呪い。
花の都に伝わる〝寄生樹〟の呪い。彼女の暮らしていた街に伝わる花の呪い。
右の鎖骨に触れれば感じ取れる、醜く盛り上がった傷跡。
違う。傷跡なんかじゃない。
首筋から右肩まで、根とも茎ともとれる〝何か〟がクラリスの体内で根付き、今も彼女の体を食い荒らしながら膨れ上がっている。気味が悪い。
それが寄生樹の呪い。母親からの最期の贈り物。
――どうして?
――どうしておかあさんはわたしをのろったの?
――そんなにわたしがにくかった?
自分の家族はもういない。たったひとりの肉親――姉がいるだけ。
父も母も消えてしまった。いくら手を伸ばそうとしても、二人は遠く離れていく。クラリスに背を向けたまま。
それでもクラリスは手を伸ばす。寂しさではなく、怨嗟でもなく、ただ、懐かしさをもって。
あたりは雨のせいで、ほとんどの色が褪せてしまっている。
手を伸ばした先すら霞んで揺らぐ。まるで、真っ白な闇の中にいるみたいだった。
白。
青でもなく。
赤でもなく。
白。
ただ白い。
澄んだ。
透明な。
綺麗な。
たゆたう。
白。
清く。
美しい。
白。
白のような。
無のような。
死のような。
死――……。
黒く、泥にも似た闇がクラリスを包んで――
ふと、気づく。
雨粒の感覚が消えていること。
ほんの少しだけ、自分の周りだけ暗くなっていること。
見上げるとそこには傘があった。あまりにも鮮やかすぎる赤。
相手は、自分のよく見知った人だった。
この時、初めてクラリスは声を上げた。
「ミナーヴァ……」
雨が止んだ気がした。
Special Thanks
クラリス・リベルテ(Clarice Liberte)
考案・デザイン――緋花李さん