14.文 ~otegami~
大通りを馬車が進む。
力強い馬だ、とカフェテラス越しに眺めていたクラリスは思った。
細い足で石畳を打ち鳴らし、重たいはずの馬車を難なく引っ張り、一定の歩幅で優雅に進むその姿は気高く、頼もしく、そして美しい。
――しかしてその馬は生きていない。
正確に言うなれば生き物ですらない。“ゴーレム”製の馬なのだ。
ゴーレム。
錬金術師が生み出した、自分で動く泥人形。
詳しい技法はよく知らないが、土をこねる際に特殊な魔法を練りこむことで生まれるのだという。どういうわけか、その手の技術がこのティル・ナ・ノーグでは格段にレベルが高く、こうして人を運搬する馬車にも使われている。ほかにも人型のゴーレムが街のそこかしこにいるのをクラリスは見たことがある。
土から生まれる生命は、どうやら草花だけではないらしい。
「…………」
まだクラリスは大通りを見つめていた。
演説を続ける天馬騎士団を横切るたくさんの馬車。その中に見慣れない馬がいるのをチラホラと見かける。今までの中で最もスラリとしていて洗練されていて、カッコ良かった。
建物に掲げられている垂れ幕――ヴィジョンに目を向けると、まさにさっき見かけた馬がでかでかと映し出されている。
――近日バージョンアップした新型ゴーレム。安定性と速度をアップ。何より快適な乗り心地を――
こういった近代化を見られるのが都会の醍醐味だ。けっこう楽しい。
「…………」
クラリスは手紙を広げてみる。ミナーヴァからの手紙を。
ミナーヴァは今、故郷に帰っているところだ。仲間が亡くなってしまったので葬式に参列するらしい。
仲間も冒険者であり、冒険者らしく世界を歩き回り、冒険者らしく命を落としたのだという。ミナーヴァいわくその人は、神の遺産を探し求めていたのだとか。
なぜ死んだのだろう。仲間はミナーヴァと同じサキュバスで歳も若い。冒険者らしい最後ということは何らかの事故か――殺されたか?
モンスターにでも襲われたのだろうか? そんなことを思いながらクラリスは文面を目でなぞっていく。
――拝啓、クラリス様
あまりのお堅い文章に、クラリスは苦笑してしまう。
友達相手の手紙なのだから、そんなにかしこまらなくてもいいのに、こういうところが彼女は真面目だ。
――突然のことで申し訳ないのですが――
ふと、何か物音がする。
封筒から何かがこぼれ落ちたらしくて、慌ててクラリスはそれを拾い上げた。小さなビニール袋に何かが入っている。固い、小さな石のようなものだ。
例えば、
「…………っ!?」
その正体に、クラリスは衝撃を隠せずにはいられなかった。思わず投げ捨てたそれがミナーヴァの手紙の上で転がる。
袋に入っているのは骨のカケラだった。リン酸カルシウムと脂肪で構成された物質。
その色も形も、クラリスには見覚えがあった。考えてみるがいい。6年間それを持ち歩いていたのだから。
骨の下にある手紙の一文が目に飛びこむ。
――この骨、覚えてない?
覚えている。忘れるわけがない。
だってさっきビンを出して確認したばかりなのだから!
父の命を奪った仇――イーバ01の骨に、それはそっくりだった。
「……何よこれ……」
かすれたような声を出してクラリスは、机に転がった骨を見つめている。
6年前の痕跡が、クラリスを見て嘲笑っているような気がした。




