10.怪 ~bakemono~
子供が楽しそうにボールを蹴っている。
野原を駆け回り、毛の艶やかなゴールデンレトリバーとじゃれあい、公園で笑顔を振りまいている。
まぁ、この子ったらと母親が微笑み、父親が子供を抱き上げる。どこにでもある日常の光景。
その光景に、でかでかと文字が映し出される。
――家族との日曜日に素敵なジュースを。今なら銅貨二枚でご購入――
クラリスは、その30秒足らずの光景をじっと見つめていた。
そう、一連のできごとはただの映像。全て5階建てのビルにかけられた垂れ幕に映し出された出来事だったのだ。
“ヴィジョン”と呼ばれている画期的発明。
静止画や人の動きをある機械で撮影して“映像”として“加工”し、さらにそれを魔力によって分解し、三色の色素パターンを組み合わせて映像を再現する。
遥か未来の技術で例えるならテレビに近い。
目新しさは人を集める。そして流行を捏造し大々的に宣伝をすることで、このコマーシャルを見ていなかったり、店に行かなかった人間は罪の意識を感じるようになる。御美事なメディア戦略。さすがは商売の街、ティル・ナ・ノーグだ。
大抵はティル・ナ・ノーグの商品宣伝をすることがもっぱらなのだが、今日は少し趣が違っていた。
コマーシャルが途切れて、別の情報が垂れ幕に映し出される。
――神の遺産、レグラノーラで発見か――
こうした最新ニュースが、一定のペースで世界に配信される。
“明日のニュースを今日届ける" それがこの街のモットーなのだ。隠し事はしないという領主ことノイシュ・ルージュブランシュ・ティル・ナ・ノーグの公約でもある。
神の遺産。
旧古代文明の発明品とも、錬金術師の魔法とも謳われているが、今のところ正体も詳細も存在もまったく不明のマジックアイテム。
わかっていることはただ一つ。このアイテムは奇跡を生み出すということ。
もちろん、ただの吹聴だと言われればそれまでだが、それでもと神の遺産を求める冒険者たちが、今も奇跡の残り香を求めて世界中をさまよっている。
「…………」
寄生樹に侵食された右腕をさすりながら、クラリスは願う。
……わたしの寄生樹も、このアイテムがあれば……
不幸を帳消しにすることはできないが、漱ぐくらいは出来る。
そしてそれを成すには、神の遺産が必要だ。
この遺産さえあれば――
薄っぺらい垂れ幕で流れ続けるコマーシャルを見つめながら、クラリスは思いにふける。
犬とじゃれている子供。お父さんやお母さんに囲まれて幸せそうな――
わたしも、あんなふうに笑える日が来るのだろうか。
不意に、物思いから現実へと引きずり下ろされる。
クラリスの心臓を貫く、嫌な視線に気づいて……。
Special Thanks
ノイシュ・ルージュブランシュ・ティル・ナ・ノーグ(Noisiu Rougeblanche Tir na nog)
考案――タチバナナツメさん
ビジュアルデザイナー――タイバn……げふんげふん。鳥越さん




