始末屋。ただ、それだけ
意味のわからない作品です。わからなくしましたから
「空が青いのはなぜ?」
「青いからさ」
「海が青いのはなぜ?」
「空が青いからさ」
――そう、空が青いからだ。だから、海は悔しくて、青いんだ――
「もう、真面目に答えてよ!」
金の真っすぐな長髪をふわりと揺らし、怒った顔を向ける少女。碧色の瞳は、隣に寝そべる青年を映している。
「答えようがないだろ。俺だって知らないし、第一俺には全部赤く見えるんだよ」
――俺には、世界のすべてが赤く見える。緑に生い茂る草原も、色とりどりに咲き誇る花も、ささらと静かに流れる川も。金の長髪も、碧色の瞳も、白に近い肌も、きみのすべてが――
「そんなの知らないわ。私が青って言ったら青なの!」
そう青年に詰め寄る少女。青年は困り顔をして、目を深く瞑った。
「形有るもの、いつかは壊れる。命は大地に還り、また生まれ変わる」
――いつものことだ。恐怖と憤慨の目を俺に向ける。こいつの首を一掻きしたら終わる――
青年は、手に持った剣を振り下ろした。宙に、首が一つ舞う。
「依頼完了だ。誰かさんの気に食わないやつを、一人消した」
青年は剣を一振りして、付着した血を振り払った。
「つまーんない! こんな簡単に殺しちゃったら、あなたが苦戦しないじゃない!」
青年の陰にいた少女は、目の前にある、元人間だった肉の塊を、意識の隅にすら止めずに彼に詰め寄る。
「楽しかろうがつまらなかろうが、これが結果だ。何度も言うようだが、俺は死なないぞ」
青年は少女の額を人差し指で強く押した。少女は後ろに二、三歩よろける。そのあと、指で突かれた部分を擦りながら、青年を睨み付けた。
――俺の、赤色以外を失った世界には、ただ赤く焼ける空と、赤く揺れる草原と、赤く波打つ海が、ただあるだけ――
青年は、始末屋を名乗っていた。彼を知る人間も、始末屋と呼んでいた。彼の名を呼ぶものはいない。彼自身もまた、名を覚えてはいない。ただ、始末屋と名乗るだけ。
「あんたが、噂の始末屋か?」
ある町の、ある路地裏で。猫が一声鳴き、地を這いずり回る鼠を追い掛けた。
「噂のかどうかはわからないが、俺は始末屋だ」
青年は、猫が鼠を捕らえるのを眺めながら言った。猫は鼠をすぐに腹に収めた。
「簡潔に言わせてもらう。こいつを暗殺しろ」
差し出された一枚の写真。猫を抱えた男性が一人、ワイングラスを片手に、青年に微笑み掛けている。
「……報酬は?」
写真をバラバラに契り、マッチを擦って写真に乗せた。たちまち写真は灰へと姿を変えた。その火を見ながら、青年はある言葉を思い出した。いつも、人を殺すときにつぶやく、師の教え。
「……五千万」
火が写真を食い尽くしたところで一言響いた。青年は、まだ何かを食らおうとくすぶる火を踏み消し、人通りの多い道へと姿を消した。
「こんどの相手は強いの?」
少女は、海のような碧色の瞳で、青年を見上げる。青年は少女を見返すが、瞳に映るのは、真っ赤に染まる少女。
「さあな。強いかもしれないが、弱いかもしれない。外見だけで判断しようとするのは、とんでもない天才か、自分の実力を過信する馬鹿だけだ」
青年は、赤く染まる少女の頭に手を乗せ、赤く流れる少女の髪に手を滑らせた。
「ふーん。じゃ、あなたはなんなの?」
少女は首を傾げて、青年に聞いた。青年は少し考えた後、口を開く。
「相手と剣を交えるまでわからない、大馬鹿者さ」
少女は髪を風になびかせ、青年は微笑む。
「形有るもの……いつかは……壊れる。命は……大地に還り……生まれ……変わる」
虚ろな目で天井を見上げ、つぶやく。彼は、始末屋。彼は、燃えるような赤い天井を見上げている。
「やられちゃったね」
彼の頭を膝に乗せ、少女が言った。その顔には、表情はない。
「いいさ……依頼は完了した。それで十分だ」
彼は満足気に微笑み、少女の髪に指を滑らせる。彼の腹部に開いた穴から、とめどなく血があふれる。
「形有るもの、いつかは壊れる。命は大地に還り、生まれ変わる」
少女が、ぽつりとつぶやいた。青年はうれしそうに笑うと、その目を閉じ、瞳を閉じた。
「……おやすみなさい、ジェントル」
「……そう、だ。俺……の……なま……え……」
最後のピースがはめられ、青年は静かに、大地へと帰した。
――忘れていた。俺には、名前があったんだ。ジェントル。それが、俺の名。俺の、最後の欠片――