七、英雄騎士 アラン・バレンシア
「お兄ちゃん、ありがと!」
ニカッと笑ったウサギの獣人の子供は僕をじっと見た。
「仲間はどこ?」
ここは商店街の裏道。とりあえず人が来ない所に逃げ込んだが治安が悪いので早く違う場所に行きたい。獣人の子供に聞いてみた。
「迷子になっちゃったの……」
シュンとして下を向いた。
今頃仲間もこの子を探しているかもしれない。
仲間を探してあげないといけない。
獣人が耳やしっぽを隠して、街に来ているという噂は聞いていた。まさかあんなに、たくさんの人に囲まれるとは思ってなかっただろうな。
「一緒に探そう? きっと見つかるよ」
笑顔で励ます。
「うん!」
強い子だ。僕は必ずこの子の仲間を探してあげたいと思った。
「……この腕輪をつけてくれるかな? 姿を見えなくする魔法を付けてあるんだ」
胸元のポケットから、僕が作った腕輪を取り出して見せた。それはウサギの獣人の子に説明したように、腕輪をつけた者の姿を見えなくする魔法を腕輪に付けたものだ。
「……うん」
賢そうな子だから、あえて言わない意味もわかったのだろう。この国で獣人は差別されていること。
……とても悲しいことだ。何とかならないのかと思う。
「じゃあつけるね。自分で外せるけど、外したら魔法は消えるから」
コクンと頷いたので左手に腕輪を着けてあげる。
フッ……と姿が消えた。
「僕の手と、つないでくれるかな?」
姿が見えないままじゃ連れて行けないので、手をつなぐように言った。
「うん」
キュッと小さな手が、僕の手を握った。ちょっと震えているのが可哀想だった。
「早く見つけような」
ウサギの子にそう言うと、手をぎゅっと握り返した。
裏道から出て、辺りを伺いながら歩き出す。
「どこではぐれたか、わかる?」
小声で話しかける。握った手からウサギの子が、ちゃんとついてきているのがわかった。
「えっと……。大っきなお肉がぶら下がって売っているお店を見ていたら、はぐれちゃった」
きっとフラフラと一人、大きなお肉に引き寄せられて仲間とはぐれたのだろう。見たくなる気持ちがわかる。
「とにかく、そのお店の前まで行ってみよう」
返事かわりに、つないだ手がまたキュッと握られた。
「疲れてない?」
大きなお肉の店まで行くのに、騒ぎのあった噴水広場を通らなくてはならないので、少しだけ早足になる。
「だいじょぶ……」
多くの人がまだ噴水広場に残っていたので、獣人の子は不安そうにしていた。
ガラの悪い男達が、獣人の子を探そうとしているようだ。早く通り過ぎよう。
「獣人は俺達を倒し、支配しようとしている!」
「まあ怖い!」
「ええ!? 嘘でしょ!」
「魔法を使い、逃げた!」
「見つけ出して、捕らえよう!」
ザワザワとうるさく騒ぎになっていた。むちゃくちゃな事を言っている。
僕の放った魔法が、獣人の子がやったと誤解されているようだった。びしょ濡れになっただけで、誰もケガをさせてないのに。
それを聞いた獣人の子は、カタカタと震えだした。歩くのも辛くなったみたいなので、抱き上げた。腕の上に乗せて背中に手を添えてローブで包んだ。少しは安心すると思う。
このままでは、集まった人達が暴徒化するかもしれない。
恐怖は人を凶暴にさせる。
「行くよ」
小声で話しかける。人だかりを避けて脇を通る。殺気立っているので、今にも武器を取って街中を獣人の子を探しにいきそうだ。
まずいことになった。めくらましに魔法を使ったのは軽率だった。
「何事だ!」
その時、噴水広場に低い声が響いた。
大きな声に、おもわず振り返って見た。
王国の騎士団を引き連れた、先頭に立つ大きな人に目を奪われた。
「え……、英雄騎士様だ!」
「うそ! 英雄騎士様!?」
「本物だ! アラン•バレンシア様!」
わああああああ――!
突然現れた、この国に平和をもたらした英雄に人々は歓喜した。
「英雄騎士様――!」
「お姿を拝見出来るなんて!」
不穏な噴水広場の雰囲気が、一変して歓声に包まれた。
何年ぶりかにお姿を見れたけれど、僕がアラン様に助けてもらった時はまだ10代の新米騎士さんの頃。
今は、鍛えられた逞しい体と凛々しい顔をしたカッコいい英雄騎士様だ。
「えーん! 怖いよう!」
噴水広場に居た子供達が泣き出した。英雄騎士様の顔が怖いらしい。
「こら! この国を救った英雄騎士様に、何ていうことを言うの!」
「だって、顔が怖いもん!」
子供達はピーピー泣き出した。
……確かに威圧感はある。それは攻めてくる敵に優しい顔だったら、国など守れなかっただろう。
僕は好きだけど。
「……何があったか騎士団に話せ。騎士達は国を守る」
少し苦い顔をして皆に話しかけた。
すると人々は英雄騎士様と騎士達がきてくれて安心したのか、話しだした。
ずっと僕がアラン様を見ていたせいか、目が合った。――気のせいではない。
しばらく目が離せなくて、懐かしくてジッと見つめてしまった。
『今のうちに、行け』
「……!」
アラン様は声を出さずに口を動かし、僕にそう話しかけて顔を右に向けて合図してくれた。
その方向は人通りも少ない抜け道だった。