六、獣人の子供
チチチチ……。
小鳥の鳴き声で目覚めた。カーテン越しに入ってくる太陽の光。今日はお天気が良さそうだ。
「うー、ん!」
ベッドの上で伸びをする。まだ眠いけれど、お仕事の注文がいくつか入っているので起きる。
今の季節は、寒くも暑くもないので過ごしやすい。ゆらゆらと歩いてリビングへ向かう。
「ふわぁぁぁあ……」
あんまりよく眠れてないので、いつも眠い。ボーっとしてリビングの椅子に座る。
「ん……」
まだ寝ぼけているので、人差し指を目の前に突き出して魔法を唱えた。
他の人がこの光景を見たら驚くだろう。
マグカップが棚から空中を、ふよふよと飛んでテーブルに移動して、零氷機(冷蔵庫)からミルクビンが飛び出しマグカップにミルクが注がれて。ゴソゴソと袋からパンが、ぴょ――ん、とお皿に乗った。
すべて魔法で動かした。椅子に座ったままで一歩も動いてない。
僕のいつもの朝の風景だ。自分で動いてやろうとするとお皿は割ってしまうし、ミルクはこぼす。
なので、魔法を使った方が合理的なんだ。うん。……家事がうまくできないだけなんだけど。
短時間で食事を終わらせて、寝室に戻って寝間着から服に着替えてローブを身につけた。服はスポンと着られる長袖。襟や袖、裾にちょっとした魔法の刺繍を縫っている。ズボンも同じ。シンプルな服だけど目立ちたくないのでこれが良い。
「さて、と……」
リビングや寝室などのプライベートの部屋の他に、品物を並べ売っている店舗部分と作業部屋が別にある。
まだ開店時間には早いので、注文品を受けていた分を作る。
剣などの武器、盾などの防具など僕には作れないので、簡単なアクセサリーを手作りしている。
安い物では紐を編んでキーホルダにしたものからあって、高いものだと金の細工に宝石を埋め込んだ物まで色々ある。
平民が商売で隣国に行く時は、お守りにと僕のお店の物を買って身につけてくれている。
貴族の方々は高級なアクセサリーを注文して下っている。配達はだいたい貴族の方々。なかなか外に気軽に出かけられないからだ。
今回注文を受けたのは、銀の指輪。
十才になる女の子の誕生日に贈る指輪だと聞いた。まだ手が小さいので埋め込む宝石は小粒だが、両親とその子の瞳の色の宝石を並べて加護を着けるという注文なので心を込めて作りたいと思う。
指輪は銀材を使用して作る。
細かい事は省くが、あらかじめ女の子の指のサイズを測ってもらってから作業していく。
内側に魔法が長く続く刻印をつけて、外側に三つの宝石と文様を付ける。
親子三人の瞳の色の宝石を指輪に付けるなんて仲が良い。いいな。
あとは壊れたネックレスを直して加護を付けたり、ブローチや腕輪など作った。お店に並べる簡易的なお守りを作ったりすればお終いだ。
「あれ? もうこんな時間になった?」
作業部屋にある時計を見るともうお昼になっていた。作業をしてると時間がすぐに過ぎてしまう。
お昼ご飯を食べている時間がない。品物を綺麗な箱に入れてリボンをかけてプレゼント仕様にした。お店の商品を飾ってある鍵付きのケースに入れて配達の準備をする。
浄化魔法を全身にかければ、着替える必要もなく品物を持って配達に行く。
お店の扉を開けて進むと、お昼時なのか商店街は込み合っていた。
フードを深く下げて歩いて行く。
気のせいか、ざわざわとしていて落ち着かない。
商店街の真ん中あたりについた時、人だかりがあった。
そこは広場になっていて丸い形の噴水があり、人々の憩いの場所だ。
旅人が何か披露しているのかな? たまに得意な芸を披露していて街人を楽しませている。その人だかりもそうだと思った。
「こんなとこに、お前みたいのが来るんじゃないよ!」
怖そうな大きな声が人だかりの方から聞こえた。何だろう?
僕は気になって、人だかりの中を前に進んでいった。
「すみません」
ちょっと強引に前の方へ進む。
「いやぁねぇ……。こんな所に」
すれ違った人から聞こえた。
「獣人がいるなんて」
「!」
血の気が引くとはこういう事かと、自分で体験した。急いで前の方に人をかき分けて行く。
「あんな小さい子を」
「いくら獣人でも、幼い子供にひどいことを……」
何とか前の方に行けた。
噴水がいつものように、綺麗に流れている。いつもと変わらない風景。
だけどその噴水の下で、うずくまっている小さい子供がいた。
数人、その子供を囲むように立っていた。
「なんでここにいるのだ? ここはお前がいる場所じゃないだろう!」
「……」
震えている。可愛そうに……。迷子になってしまったのかな。近くに仲間はいないのか?
キョロキョロと、成り行きを見ている人々に視線を飛ばす。
心配している人はいるが、仲間はいないようだ。見ている人達もどうしたらいいか悩んでいた。
昔を思い出しそうだ。僕はキュッと右手を強く握る。
「ああ、ルカ! 配達途中なの? ひどいわね。私がちょっと言ってやろうかしら!」
いつもオマケをしてくれる果物屋さんのおばさんだ。
腕まくりして、今にも怖そうな人達に文句を言いに行きそうだ。
僕は……。このまま、あの子を助けずにいてはダメだ。
握っていた右手を開いて、周りの人に気づかれないように人差し指を動かした。
バンッ!
「きゃああああ! 冷たい――!」
「何で急に噴水が!?」
僕は魔法で噴水の水を拡散させた。大勢の人が水を被ってしまった。
皆が濡れた服や髪の毛に気を取られているうちに、獣人の子供の所に行き、手を引いて人のいない方へ走って逃げた。
「走って」
獣人の子はコクンと頷いた。
振り返らないようにして全速力で走った。小さい子供だったけれど、僕の足について来ていた。さすが獣人の子供だ。
はあ、はあ、はあ、はあ……。久しぶりに全速力で走った。だいぶ離れたのでもう大丈夫だろう。
「もう大丈夫、だよ」
僕がしゃがんで、獣人の子供と目を合わせて話しかけた。
その子は、息切れをほとんどしてなかった。
ウサギの耳がちょこんと垂れた、ウサギの獣人の子供だった。