五、初めての魔法
この国には貴族と平民の身分差に加えて、人と獣人(ケモノと人間の血が入った者達)差別があった。
特に獣人の差別がひどく、獣人は狭い地域で暮らすように決められている。
なぜか? 獣人は人より体が大きく、力が強い。下手をすると獣人が人を制し、獣人の支配する世界になることを恐れた為だ。
獣人用に動きを封じ込める魔防具が作られて、それを用いると獣人の力などが抑えられることができてしまった。人は先に獣人を制してしまった。
獣人同士では、なかなか子供の生まれない種族的なものがあるらしい。増えず、減るのみ。
僕は母の祖先か……。あるいは父の祖先が獣人の血をひいていたらしく、偶然に半獣人として生まれた。
母は僕が生まれた時、半獣人ということを父には黙っていたと聞いた。
父は僕が半獣人と知って。――僕は捨てられた。
何度も母に怒鳴る父と、泣いて僕をかばう母の声は忘れない。プライドの高そうな父は、僕を許せなかったのだろう。
母と引き離されて、知らない人に連れて行かれて孤児院の前に置いていかれた。
僕はもう森の中の屋敷で暮らせない……幼かったけれど察して、保護された孤児院では何も言わなかった。
大きくなって、父が多額の寄付をして僕の事は決して外に口外しないようにと、孤児院の管理者達に誓約書まで書かせたと知った。
僕は笑わなくなった。
孤児院の人達は優しかったけれど、深く……深く傷ついたので何も考えられなかった。いや、考えたくなかったのだろう。
返事もしない。目も合わさない。そんな子だったから他の子供達となんて仲良くなれるはずがなかった。
でも、マリア姉さんは違った。
マリア姉さんは孤児院育ちでそのまま施設の職員になり、子供達の世話をしていた。一人ぼっちの僕を皆の輪に連れて行き、ちょっと強引だったけど仲間として共に暮らすように皆に言い聞かせて、孤児院へ馴染むようにしてくれた。
時間はかかったけれど僕はマリア姉さんの明るさに負けて、将来ちゃんと一人で暮らして行けるように頑張ることを決意した。
文字の読み書きは出来たので、お手伝いがわりに代筆や、大人で文字が読めない人の代わりに文字を読んで聞かせたりした。少しだったけれどお駄賃をもらってお金を貯めていった。
そして、マリア姉さんが子爵に見初められて結婚が決まって孤児院を去って行く時。
僕は貯めたわずかなお金でブローチを買った。マリア姉さんへプレゼントするために、心を込めてブローチに祈った。
『マリア姉さんが健康で元気に過ごせますように。
僕に優しくしてくれた。ずっと幸せに、暮らせますように……』
両手を握って願う。ブローチに、強く願いを込めた。
『えっ!?』
僕の両手から眩しい七色の光が溢れ出して、キラキラと光った。
呆然とその光を見ていたら、だんだん小さくなって光はブローチに吸い込まれていった。
『な、なにこれ……』
初めて魔法を使えた日……だった。
マリア姉さんに事情を話すと、すぐに子爵に相談してくれた。
知り合いの口の堅い、魔法の武器を取り扱っている武器職人に、秘密裏に鑑定してもらった。
僕が願いを込めたブローチは、国中の魔法使いでもできない程の加護がついたブローチになっていた。
僕は魔法が使えることを知った。
だけどそれは大きな力で、まだ年若い僕には過ぎた力だということをマリア姉さんや子爵に教えてもらえた。
のちにそのブローチを、鑑定してくれた武器職人の親方のもとへ弟子入りすることになった。
こうして僕はマリア姉さんと子爵様、武器職人の親方だけに多数の魔法が使える事は秘密にしてもらえた。
そして親方のもとから独立できて、自分だけのお店を持てた。僕、一人だけの力じゃない。
皆が僕を心配してくれて力になってくれたからだ。僕は親切にしてくれた、たくさんの人に恩返しをしたい。
独り立ちする前に僕は、親方に依頼のあったある騎士様の指輪にナイショで多くの魔法を込めた。
それが今日、お城に届けた英雄騎士様 アラン•バレンシア様の指輪。
指輪を拾ったからか昔の事を思い出してしまった。
僕にとって、幼い頃さらわれたことはとても怖かったので記憶の底に沈めたい。
けれど、助けてくれたアラン•バレンシア様のことは忘れない。
さらわれて気を失った僕を、獣人と皆に知られないように大きな布で包み運んでくれたと聞いた。
猫の顔のクッキーをくれたことも忘れてないし、怖くて震えていたとき頭を撫でてくれたことも忘れたくない。
もらった猫のクッキーが忘れられなくて、お店の名前を【猫の目】にした。
アラン•バレンシア様の優しい瞳が、印象に残っている。
「あ、紅茶が冷めちゃったな。入れ直そう」
思ったより昔の事を思い出していたようだ。あの時の事はまだ吹っ切れていない。それに隠さなくてはならないコトがある。
そう。僕は半獣人。どちらでもない半端者。
知らない人がまだ、怖い。知られたらどうなるのかな?
だから僕は顔を隠してる。
夜になってフードを脱ぐ。大きくなったからもう耳と尻尾は出さないようにコントロールできる。
だけど上掛けの布は頭からかけて寝る。
怖いから。
ふと夜に思い出すときは泣きたくなる。そんな時、アラン•バレンシア様の事を思って眠りにつく。
自分の体を両手で抱きしめながら。