四、ルカの秘密
どうしよう……。お金目的みたいだけど、お父さんは助けに来てくれるかな?
お母さん、約束を破ってごめんなさい。
家に帰りたい……。
『どこの家の子供か分かりましたから、動きますね。では』
スッと眼鏡の人は部屋から出て行こうとした。
『分け前はちゃんとしろよ!』
大きな体の男は眼鏡の人を睨んで言った。
『はいはい』
片手をあげて、眼鏡の人は部屋を出て行った。
『ふん! お前がこのガキの面倒を見ろよ!』
そう言って大きな体の男はもう一人居た、おどおどした男に言った。
『ええ!? オレがですか!』
バタンと部屋のドアが閉められた。
とにかく人が減って、僕は少し安心した。
『なんでオレが……。とにかく、大人しくしてろよ? 飯は後から持ってきてやる。残り物、だけどな』
なんでオレが……。と言いながら部屋を出て行った。
縛られたままだけど、一人になれた。この縄、外れないかな?
下ろされた所はベッドの上だった。薄い布団に枕はなかったけれど、床で眠らなくて済みそうだ。良かった。
どの位、時間が過ぎたのだろう? もう太陽が沈みかけている。このままここで泊まるのかな……。帰りたい……。
――僕の知らない所で、大人たちが動き始めていた。
『ほら、飯だぞ』
テーブルの上に置かれたのは具の少ないお皿だけ。スプーンはなかった。
『どうやって食べたらいい?』
手足も縛られている。オドオドした男に聞いてみた。男はムッとして、答えた。
『そのまま、食えよ!』
ふん! と言って縄を外さないまま部屋を出て行ってしまった。どうやらスプーンを持ってくるのを忘れたみたいで、僕に言われたのがイヤだったらしい。……失敗した。
お腹が減ってきた。だけど縛られていて手足は動かせない。どうしよう。僕はしばらくスープの入ったお皿を見つめていた。
――結局、お腹が空いて行儀の悪い食べ方をして食べきった。家の食事とまったく違って味は薄く、具も少なくてあまり美味しくなかった。
家の食事が本当に美味しいと、改めて思った。
『お母さん……』
誰も来ないようなので僕はベッドへ横になった。
森でいつもより奥に入ってしまったばかりに……。
『泣かない……』
僕は、まぶたがかゆくなったから こすった。うとうとと眠気が襲ってきて、まぶたを閉じた。
――僕は深く眠っていた。
ガタガタガタガタ! と大きな物音で目が覚めた。何が起こっているか分からず、縛られた手足を見て思い出した。
『夢じゃなかったんだ……』
縛られた手をついて、ベッドから起きた。
バタン、バタ! 大きな音がする。争っている感じだ。怖い。僕は狭いベッドの下に隠れた。
どのくらい大きな音が続いたのだろうか?
長い時間だったように思えた。
『終わったかな……?』
ベッドの下で体を覆える上掛けの布をかぶりながら、震えて丸まって隠れていた。
そのうち大きな音が収まって静かになった。
何があったのだろう? 非力な僕はただ隠れているのが精いっぱい。
ドカドカドカ!
僕がいる部屋に向かって来る足音が聞こえてきた。
『ひ……っ』
どうしよう! どうしよう! 怖い。見つからないようにさらに丸くなった。
バン!
ドアの開く音がした。ドキドキしながら動かずにいた。
『王国の騎士団だ! 助けに来た! 誰もいないか!』
力強い声が部屋に響いた。
え……? 国の騎士団の人!? もしかして助けに来てくれたの!?
『……ここにはいないか』
騎士さんが声のトーンを落として呟いた。
今、出て行かないと駄目な気がした。
『待って! 助けて!』
僕は焦ってベッドの下から這い出た。四つん這いになって不格好に床に転がった。
顔を上げると黒い騎士服に身を包んだ、眉間に深い皺を寄せた精悍な若い騎士さんが立っていた。
――お兄さん、カッコいい……。
僕が初めに会った若い騎士さんの第一印象は【カッコいい】だった。
『君はさらわれた、子供か? 名は?』
低くて落ち着いた良い声だった。僕はホッとして体を起こして床に座った。
『ルカリオン、です』
僕の本当の名前は、ルカリオン。家名は教えてもらえなかった、子供だ。
『ルカリオン……、捜索願が出ていた子供だな。もう大丈夫だ。全員捕まえたよ』
そう言って騎士さんは頭を撫でてくれた。
『よ……、良かった……』
安心して僕は泣き出してしまった。人前で泣くのは恥ずかしいと教わったのに、涙が止まらない。
『うっ……。こわ、怖かった……』
グズグズ泣いている僕の頭を優しく撫でている。
『怖かったな。よく頑張った。これをやるから泣くのはやめろ』
ふと擦っていた手をよけて見ると、騎士さんの手のひらには何かあった。
『クッキーだ。甘いものを食べると元気になるぞ』
手に取って見たら、猫の顔をしたクッキーだった。
『もらっていいの?』
僕が騎士さんに言うと笑って『いいぞ』と言ってくれた。眉間に皺が寄ってちょっと怖そうなお兄さん。なのにこんな可愛い猫の顔のクッキーを持っていて、なぜか笑ってしまった。
『俺があげたのはナイショ、だからな?』
ちょっと照れた顔は優しいお兄さんの顔だった。
『うん! ありがとう!』
僕は安心して、母に言われていた事を忘れてしまった。
"絶対に知られては駄目よ。それを他の人に見られては、駄目。気をつけなさい"
『お前……、耳と尻尾がある。獣人か?』
『えっ……、みみ……? あっ!!』
そっとお兄さん騎士を見てみるとびっくりした顔をしていた。
僕はまた体中が震えてきた。どうしよう! 見られてしまった……!
『おい! 顔色が悪いぞ!?』
お兄さん騎士が心配そうに僕を見ていた。
ふ……っと意識が遠くなり、僕は体中の力が抜けて気を失ってしまった。
お兄さん騎士の心配する声が、遠く小さくなって聞こえた。