十九、ドリームキャッチャー
貴族のニールさんが僕に話しかけてきたので、商店街の皆さんの視線が僕とニールさんに向けられた。
「昨日はありがとう御座いました。お茶会をご一緒させてもらって、楽しかったです」
ニールさんは伯爵家の方だったのか。ずいぶん失礼な話し方をしてしまっていた。
「昨日は伯爵様とは知らず、ご無礼しました」
ニールさんに頭を下げた。
「別にルカ君なら、かしこまった言い方しなくていいよ。仲良くなりたいし」
ニコニコと笑いながら僕に話しかけた。ニールさんに若いお嬢さん達は「きゃ――!」と黄色い声をあげた。
ニールさんて、いるだけで好意を持たれる美形さんだ。でもあのアラン様の部下なのだから仕事も出来そう。
ニールさんは、商店街の皆さんに向けて話をし始めた。
「ルカ君から聞いたように、不審な者達がこの商店街のある中央区で目撃されている。この一週間に、南区で数人の子供達が行方不明になっていて探索中だ。情報を公開し、皆に注意と協力をお願いする」
ザワザワと皆が不安になっていく。
「行方不明なんて……」
「我々、騎士団の者も見回りを強化することになった」
ニールさんが力強く言うと、皆は歓声をあげた。
「しかし、皆さんの互いの注意と協力が必要です。皆さんの安全を守るためにお願いします。そして何かある前に、遠慮なく騎士団へ知らせに来て下さいね」
微笑み、柔らかく皆に語りかけると皆は感激した。
ほんの数分で、ニールさんは皆を虜にした。
「英雄騎士 アラン•バレンシア公爵もおいでになる」
わ――! と大きな声があがった。
「まあ……! 英雄騎士様がいらっしゃるなんて!」
「心強いわ!」
「アラン様が、ルカ君のお店に立ち寄ってもおかしくないですよね?」
ニールさんは僕にウインクしてみせた。
子供達が行方不明なんて……。早く見つかって欲しい。
ニールさんがお肉屋さんの奥さんと何か話をしているうちに、騎士団の騎士達が数人やってきた。
「ニール副団長! こちら十名、警戒区域の中央区に参上しました」
鍛えられた騎士団の方達が、この商店街へ見回りに来てくれた。
現状の深刻さに皆の顔が引き締まった。
「ご苦労。二名ずつ組んで振り与えられた順路を見回ってくれ」
「はっ! 承知しました」
騎士さん達が見回りを始めた。
アラン様は商店街の皆に手を振り返したり、掛けられた声に頷いていた。……子供達には怖がられていたけど。
僕の姿を捉えると皆から離れて、真っすぐに向かって来てくれた。
「ルカ、ちょっと聞きたいことがある。お店にお邪魔しても大丈夫か?」
僕に聞きたい事? 何だろう?
「はい。大丈夫です」
そろそろ商店街の開店時間だ。商店街の皆さんもお店に戻っていった。
「どうぞ」
お店の鍵を開けて、こっそりと結界を解いた。そしてアラン様を招き入れた。
「失礼する」
前に来てくれた時もそうだったけれど、アラン様は背が高いからドアに頭がぶつかりそうで少し屈んで入った。
日差しがお店の窓から入ってきて店内は明るい。
飾られたアクセサリーがキラキラしている。売り物のクリスタルのサンキャッチャーは光を反射して綺麗だ。
僕はお店の開店準備をしながらアラン様に話しかけた。
「開店準備しながらで、すみません。聞きたい事って何でしょうか?」
カゴに入っている商品の上に、かけてあった布を外して綺麗に並べなおす。そんなに時間はかからない。あとは透明のケースを磨くくらいだ。
「ルカのお店に置いてある品物は、加護が付いているのだろう?」
アラン様が壁に飾ってある、ドリームキャッチャーというものを触りながら聞いた。
「これは見た事もない形の装飾品だな」
蜘蛛の巣のような丸い形の下に羽がぶら下がった、壁に飾る装飾品だ。
「遠い国の、悪夢から守る蜘蛛の巣の形のお守りです。悪夢を糸で絡めて朝日を浴びて焼き払うそうです。良い夢は、網の中心から羽に伝わって寝ている人に幸運が入ってくるそうです」
「ほう。それはいいな」
アラン様はジッと、ドリームキャッチャーを見ている。
「加護は全商品、付いてます」
僕はガラスを磨きながら返事をした。
「全商品? すごいな」
アラン様が僕の方を向き言った。
しまった。全商品と言わなければよかった。
「え、ええ。少しずつ足して増えていきました」
「加護は誰が付けた? まあ、副業や小遣い稼ぎでやっている魔法使いもいると聞いたことがあるが」
別に禁止はされてないが。……とアラン様が言う。だいたい魔法使いはお城で働いている。
「そうですね。どなたかとは言えませんが、加護をつけてもらうお願いしています」
「そうか……」
何とか誤魔化せたかな?
アラン様。嘘をついて、ごめんなさい。訳あってお城では働きたくないのです。
「この指輪に加護を付けてくれた者に礼がしたいと、以前言ったのだが言えないのであれば仕方が無い」
そんなにアラン様は加護を付けた者に会いたかったのか。僕だけど……名乗れない。
「ルカは、魔法を使えないのか?」
ガラスを拭く手が止まった。魔法は……。
「……使えません」
ちょうど下を向いていてよかった。動揺が顔に出ていたはずだ。
「そうか」
アラン様の返事があった時に、お客さんがドアを開けて入ってきた。
「まだ開店前だったかしら? あらっ!? 英雄騎士様!」
お客さんは、アラン様に気が付いて驚いていた。
「忙しい所にすまなかったな。また寄らしてもらう」
アラン様は帰ろうとドアに向かったけれど、引き返してドリームキャッチャーを手に戻ってきた。
「これをもらおうか」
「あ、はい!」
「良い夢が見られると良いが」
そう言い、腰に下げてあった袋からお金を出して代金を払った。
「僕の保証付きです」
ふっ……と、お互いに微笑みあった。
品物を袋に入れて受け取り、アラン様はお店から帰って行ってしまった。
この時僕は少しでも、アラン様を引き留めればよかったと後悔した。