十八、皆が知らない、英雄の悲しみ
ほどなくしてからお茶会はお開きになった。
歩いて帰ります、と言ったらアラン様やお屋敷の方達に慌ててとめられた。
広い玄関のホールで、大勢のメイドさんや働く人達に見送られていた。
「アラン様と和やかにお茶をご一緒して下さった方を、徒歩で帰すわけにはいきません!」と、執事のセバスチャンさんに力説された。
「そうです! 大事な、貴重な方なんですから!」
ネネさんにも言われた。
「はい」
僕はさすがに断れず、来たときと同じ様に馬車で送ってもらった。ニールさんは僕に手を振って、自分が乗ってきた馬車で帰って行った。
「あの、執事のセバスチャンさんとネネさんが言っていたことなんですけど……」
特にネネさんが言っていたことが気になる。ガラガラと動く馬車の中は、僕とアラン様だけ。
「ああ。あの二人は長く屋敷で働いてくれていて……」
アラン様は馬車の窓の外を見て、考えごとをしていたみたいだけど、僕が話しかけたのでこちらを向いてくれた。
「結婚適齢期になって、色々な人と会って話をした。だけど、気の利いた話も出来ないし体も大きいし。顔も怖いと言って断われ続けたから、心配なんだろう」
え、アラン様が?
「幸いこの国は、異性婚の他に同性婚(男同士や女同士)も許されている。俺は性別•人種に限らず、心から尊敬出来て一緒に居たいと思った方と、生涯を共にしたい」
ふ……と、目が合った。アラン様の瞳は、何だか潤んでいた。
アラン様にそんなに思われて、一緒に生きて行ける人が羨ましい……。
僕は、ツキン! と胸の奥が痛くなった。
「時々、近くに来た時にお店へ寄っていいだろうか?」
遠慮気味にアラン様は言った。隣に座るアラン様は確かに体が大きいが、人を害する方じゃない。守る人だ。それを怖い、なんて。
「はい! もちろんです。アラン様は怖くもないし、優しく守ってくれる人ですからね」
僕は、アラン様が手を組んで握りしめていたこぶしを、上から包んだ。
ピクッとアラン様の大きな体が動いた。
「あ……。勝手に触れてすみません! 離しますね……「いや! 離さなくて良い!」」
アラン様が思ったより、大きな声を出したので驚いた。
「すまん。手に汗をかいていたので……」
そんな僕を見て、理由を言ってくれた。
英雄騎士様のアラン様が、手に汗をかいていた? 村を襲っていた敵国の兵を恐れず倒した、英雄が。
いや英雄騎士様なのに、顔が怖いとか言われて避けられたり子供には泣かれたりしたら、いくら英雄でも傷つく……。
「アラン様。僕は逃げたりしませんからね」
重ねた手に力を入れた。
「ありがとう」
アラン様は瞼を伏せた。
馬車の中でお菓子が美味しかったと話をしていたら、家に着いてしまった。
「アラン様。今日はありがとう御座いました」
またアラン様が手を貸してくれた。お礼を言って馬車から降りた。
「良ければまたお菓子を作るから、食べてくれないだろうか?」
「良いのですか?」
馬車より降りた時から手を握ったまま、家の前まで一緒に歩いた。
「ああ。誰も食べてくれないからな」
フッ、と笑うアラン様。
「喜んで」
お店の扉の前。
ふ……と、繋いていた手が離れる。
少しの間、何も言わずにお互いを見ていた。
「今日は、ありがとう御座いました」
僕はアラン様に笑顔でお礼を言った。本当に楽しかった。
「いや、こちらこそ楽しかった。また」
名残惜しくて僕は、アラン様の後ろ姿を馬車に乗って見えなくなるまで見ていた。
ふぅ……と息を吐いて家の中に入った。
それから自分でも、何をしていたのか分からないくらいぼーっとソファに座って、今日の出来事を思い出していた。
「美味しかったし、アラン様は素敵だったな……」
気がついたらずいぶん時間が経っていて、急いでシャワーを浴びて眠りについた。
次の日、商店街の皆さんに『最近怪し気な人が、付近に出没しているので注意して下さい』と話をした。
実際に最近、異国風の人で用もないのにウロウロしていたのを目撃されていた。
買い物目的でもなくて、住人でもない。ただの散歩をしてる人にしては見えず、辺りをうかがっている様子だったと何人かの商店街の方が口をそろえて話していた。
「皆で気をつけないとね!」
お肉屋さんの奥さんが大きな声で皆に注意を促した。
「そうだな! しばらく子供達だけで遊びへ行かせないようにして、皆で怪しいやつがいないか目を光らせようぜ!」
大工のおじさんも、皆に語りかけた。
そうだな! そうね! と皆さんは防犯意識を高めた。
「本当に危ない時は、逃げるのを一番にしてくださいね」
商店街の皆さんが一致団結した所で、スッ……と、騎士服を来た人が皆の輪に入ってきた。
皆が、誰!? と思い始めた時に、「私はこの国の騎士団 副団長のニール•サンライトと申します。いきなり失礼いたします」と優雅なお辞儀で皆を驚かせた。
「まあ! あの、サンライト伯爵家のニール様ですわね! お会い出来て光栄ですわ」
ニールさんの前に出て挨拶したのは、大きな商店の奥様。僕にお土産をくれた人だ。
ニールさんはにっこりと笑いかけた。皆さん、美形の笑顔にざわめいた。
「やあ、ルカ君! 昨日ぶりだね」
眩しいニールさんの笑顔に、商店街の皆さんは目をパチクリとしていた。