08 白い服の男
ラグは、団員のひとりと詰所の廊下を歩いていた。
「一階は、受付、事務、ちょっと離れて食堂、休憩所、外に訓練場。二階は、上官の部屋や会議室、倉庫や武器庫なんかがありますね」
団員は快く案内してくれた。
「倉庫ってなにがあるのかにゃ」
「倉庫にはどういうものが?」
ラグがノワールの小声を伝える。
「まあ、使わなくなった書類とか、古い書類もあるな」
「古い書類?」
「古文書みたいなものとかな。まあ、価値のあるもんはないぜ?」
「見たいにゃ」
倉庫は棚がびっしりと並んでいた。書類や、本も多いが、武器類もある。
「武器庫は別では?」
「これは実戦用じゃない。観賞用とか、どこかからもらった品とか、そういうのだ。高価なものもない。書類もまあ、捨てないっていう規則になってるから取っておいてるが、すぐ捨ててかまわないようなもんばっかりだ。個人情報とかそんなものもないぞ」
「倉庫というのはゴミ捨て場なのか?」
ラグが言うと、団員が笑った。
「なかなかキツいなー! ま、そんなもんだ」
ラグは目を細めて奥の棚を見た。
「奥の方はほこりがたまっているが」
「まとに掃除するのは、年に一回くらいか」
「どうかしたかにゃ?」
「奥の棚の近くに足跡が」
ラグには、ホコリが削られる形で足跡となって残っているものが見えていた。
「そうか?」
団員は目をこらすが、そもそも薄暗く、首をかしげるばかりだった。
ノワールがラグの肩からおり、奥の棚へと向かった。
足跡を確認するように見て、音もなく棚にのぼる。書類を見ていった。
「その猫ちゃん、なんだかラグの言ってることがわかってるみたいだな」
団員が明るく笑った。
ノワールはすぐもどってきて、肩に乗る。
「じゃあ、次行くか」
団員は言った。
「どうです?」
ラグは小声で言った。
「並びは整えられておるが、ごく最近、抜けた書類がありそうじゃにゃ」
ノワールは言った。
「重要なことですか?」
ノワールはそれ以上何も言わず、ふいに毛づくろいを始めた。
あまり気にすることでもないのかもしれない、とラグは思った。
ふと、廊下の先で誰かの足音が聞こえた。
リナが走ってくる。
「ラグ!」
「どうした?」
リナは少し息を切らして、手を振った。
「手続き、ちゃんと終わったって! 仮登録だけど、ちゃんと身元保証してくれるって」
「わざわざそれを?」
リナはうれしそうにうなずいた。
それを見たラグも、不思議な満足感が胸に広がっていた。
そんな話をしていると、近くで小さな気配がした。
エルドだ。
柱の陰で、影のように立っている。
ラグとリナに気づくと、ぎこちなく会釈して、すぐに横を通り過ぎていった。
「エルド」
リナがつぶやく。
「急ぐから」
エルドはリナを見ずに言った。
「無愛想なやつだなあ」
団員が肩をすくめた。
ラグはエルドの背中を見送っていた。
歩き方。
服装。
気をつけているが、腹や背中になにか入れている。武器というより平べったいものだ。
「書類かにゃ」
「おそらく」
ラグは小声で応じた。
エルドは裏口から警備団の建物を出た。
フードの男が待っている。
「やあ、すまないね」
男は低く笑った。
「これですか」
エルドは、服をめくって書類を取り出した。
「ああそうそう! 助かったよ」
フードの男は書類を確認すると、ローブの間から中にしまった。
「おかしな書類じゃなかっただろう?」
男が言うと、エルドは中身を確認したことを知られたと、一瞬ぎくりとした。だが、中を読むなとも言われてない、と思い直し平静を保つ。
「……このあたりの地形に関する資料ですね」
「そうなんだ。地図のようなものだが、地図って不必要に機密扱いになるだろう?」
「ええ」
エルドはうなずいた。
戦争を仕掛けるときなどは、地形を詳細に知っているかどうかで戦況は大きく変わる。
とはいえ、だから倉庫にしまわれているというだけで、内容的に重要なら資料室に送られるし、鍵のかかった部屋に入れられるだろう。
「お礼にこれを」
男は、青白く光る、指の爪ほどの石を取り出した。
「これは?」
「お守りさ。不幸を引き受けてくれると言われている」
「はあ」
「それに、もうひとついいことがある」
男はもったいぶって言った。
エルドもすこし顔を近づける。
「暗いところで光るのさ」
男が言うと、エルドは思わず笑ってしまった。
「ま、きれいなものだから、店で売れば1万ゴールドにはなるだろう」
「1万?」
エルドは眉をひそめた。
「いや、そんな高価なものは」
「もちろん、売ったりしないでくれるよね?」
「え?」
「これは信頼の証さ。金にかえるわけじゃないんだ、金品の授受とは別さ。きちんと、持っていてほしい」
男は、エルドが出した手を包むように、ゆっくり押し返した。
「信頼……」
「じゃあ、またね」
フードの男は去っていった。
エルドの背中がひやりとした。
大したものではないとはいえ、書類を外部に出してしまったことが、いまになって悔やまれたのだ。
しかし、と打ち消す。
「僕は真面目にやっていた。あれは大したものじゃない」
信頼。
信頼を得られたんだ。
団員の姿、リナの姿が頭に浮かぶ。
最後にラグ。
エルドは拳を強く握った。
「僕は、僕のやり方で、信頼を得るんだ……」