05 昼休みの警備団
「この道まっすぐ。あの青い屋根の建物が警備団の詰所だよ」
リナに案内されながら、ラグは通りを歩いた。
街の外壁沿いに広がる道は、大通りより静かで風が通る。
詰所は石造りで二階建てだった。入口の前にベンチがあり、数人の警備団員が軽食を取っていた。パンや干し肉をかじりながら談笑している。武装はしていない。完全に休憩中のようだ。
「なんだ、リナじゃねえか。昼飯なら中で食ってけよ」
ひとりが笑顔で話しかけつつ、ラグをちらりと見た。
「ねえ、この人盗賊を捕まえたんだって」
団員たちの視線がラグに集まった。ラグは一礼した。
「山の中で彼女を襲おうとしていた男たちを捕らえ、門で引き渡したラグといいます。これを」
ラグは入り口で渡された封筒を取り出した。
「それなら受付でやってくれ」
団員たちのひとりが、アゴをしゃくって、建物の入り口を示した。
「わかりました」
にこりともしないラグに、団員たちは物珍しそうな視線を送っていた。
受付らしき机では、女性団員がリナを笑顔で迎えた。
「リナちゃーん、こんなむさ苦しいところにどうしたのー」
と手を振る。
「テセナさんこんにちは! 今日はちょっと、この人を」
「ラグといいます」
ラグは封筒を提出した。
テセナはメガネをかけ直すと、ラグの話を聞きながら書類をめくる。
「はい、ついさっき入り口から報告を受けました。盗賊として懸賞金も出ています」
「お金がもらえるんですね」
ラグがほっと息をつくと、ちらっとテセナがラグを見た。
「通常ならそうです。しかしあなたは登録を受けていませんね?」
「登録?」
「正式に冒険者や傭兵として登録されていないような、身元が不確かな場合は報酬は与えられません」
ラグはちらっとノワールを見た。
「登録の条件は?」
「警備団で行う場合は、この街での住所を持つことです。あるいは、冒険者ギルドで登録を受けた者」
「ギルドの登録条件は?」
「住所の提出が必要です」
「住所はないが」
「そういう場合は、別の町で冒険者登録をして、資格を持った状態でこの街へ来ていただくことになります」
「だったらここでもいいんじゃないだろうか」
「この街では認めていません」
「なぜ?」
「規則です」
ラグは言葉を待った。テセナはなにも言うことはないとばかりに見返すだけだ。
ノワールは、ラグの肩で毛づくろいをしているだけだった。
リナが一歩前に出る。
「じゃあ、私が紹介人になる! 一時的でも大丈夫でしょ?」
「え、リナちゃんが?」
「うーん。うん!」
すこしためらいながらも、リナははっきり言った。
「信用はできるけど、大丈夫?」
テセナは、ラグをちらっと見る。
「この人が私を助けてくれたんだから」
「うーん。じゃあ、仮登録として記録しておくけど」
ラグはリナの方を向いて、頭を下げた。
「これで串焼き代が払える」
「串焼き?」
書類を書こうとしたテセナが顔を上げ、リナが笑ってごまかした。
そのとき、詰所の入口に青年が現れた。
細身で髪を整えた、年齢はリナと同じくらい。たくさんの布が入った大きなカゴを抱えていた。衣服のようだ、とラグは観察した。見覚えがある。
「エルド?」
リナの声に、通り過ぎようとした彼が立ち止まる。ラグに気づいて表情を硬くした。
「お前……」
「そう、山で会った人。盗賊を捕まえてきてくれたんだって」
「ふうん」
エルドの声は軽いが、ラグを見定めようとでもいうような挑戦的な目をしていた。
ラグは違和感を覚えたが、理由はわからなかった。
「仕事あるから」
ぶっきらぼうに、エルドは団員用の通路に消えた。
リナは軽く手を振った。
「またね」
去っていくエルドの背中はどこか、こわばって見えた。
「彼は?」
「幼なじみ。いつも気にしてくれるんだよ」
「ふむ」
ラグは、幼なじみ、という言葉の意味を頭の隅から掘り起こしていた。
「ところでひとつ、ききたいのだが」
ラグはテセナに言った。
「はい?」
「俺と子を残す気はないか?」
「……はあ!?」
テセナは目をむいた。
手続きに時間がかかりそうなのでラグは表に出た。
「おーい、お前。盗賊どうやって捕まえたんだ?」
まだその場に残っていた団員のひとりが、ラグを見ながら言った。
「武器は?」
「素手です」
「素手え? どういう技だ?」
「腹を殴ると倒れたので、彼らの持っていたロープで縛りました」
ラグが言うと、一瞬あって、団員たちが笑い出す。
ひとり、年長の男だけが真顔だった。
「あんた、門番の話によれば、全員、山からひとりで担いできたそうだな」
「はい」
笑いが止まる。
「盛ってるだろ」
ひとりが言う。
「ちょっと、そいつら担げるか?」
「ええ」
ラグは、近くにいた男を見る。
男が逃げなかったので、ベルトをつかんだ。
ラグは膝の曲げ伸ばしだけで男の体を浮かせると、ひょい、と右肩に担いだ。
二人目、三人目、と同様に担いでいく。
「いいですね」
ラグが言う。
「どういう意味だ?」
「変に暴れなくて、積みやすいです」
だいたい、こういう行動をとれば手足をばたつかせたりしてしまうものだ。
彼の意図をくんで、おとなしくしていてくれるのだろう。ラグは感心した。
「……おろしてくれ」
ラグが彼らを下ろすと、さっきまでの和やかな空気は代わり、緊張感の持った目でラグを興味深そうに見つめていた。
「何者だ、あんた」
「ラグです」
ラグは言った。
登録が終わったのでラグはリナと詰所を出た。
「助かった」
「いいよ」
「報酬が終わったら金を支払って出ていくから、安心してくれ」
「どうして?」
「君は、俺を快く思っていないだろう?」
「……それは、なんとも、わかんないけど」
「ん?」
「……ねえ、あの、子を残さないかって、なに?」
「言葉通りの意味だが」
「おもしろいと思ってる? やめな、初対面で言うの」
「おもしろい?」
「いきなりあんなこと言われて笑ってくれる人いないよ。いい気もしないし」
「いい気もしない」
ラグは足を止めた。
ラグの頭に衝撃が走っていた。
いい気がしない。
人間社会では話をすることが大切だという。
だから、きちんと会話で申し込んでいる。
なのにいい気がしない。
では、どうすれば子を残せるのだ……!?
足を止めたラグに気づかず、リナはそのまま進んでいる。
「ラグ」
ノワールが口を動かさずに言った。
「リナの言っていることはわかったかにゃ?」
「わかりません……」
ラグの前は真っ暗だった。
「……初対面では無理ということは、初対面でなければ良いということにゃ」
「つまり?」
「知り合ってしばらくしてから、提案をするのが良いのではないかにゃ?」
「どういうことでしょう」
「ここでしばらく生活をして、知り合いを増やすにゃ。それから申し込めばいいにゃ!」
「!?」
再びラグの頭に衝撃が走った。
「そんな手が……」
そうだ。たしかにリナは、初対面で、と言っていた。
そういえば。
さっきラグが服を着替えたとき、女性が声をあげていた。
もしかすると、裸になるということ自体、人間社会ではあまりすべきことではない……?
「なかなかの案にゃ?」
「さすが師匠です」
「ねえ、怒ったの?」
だいぶ進んでいるところでリナが言った。
「え、あれ? なにしてんの?」
走ってもどってくる。
「リナ。頼みがある」
「な、なによ」
「しばらくここで生活をさせてもらえないだろうか。対価は払う。頼む」
ラグは深く頭を下げた。
「ちょ、そんな、やめてよ」
リナは、見ている通りの人間に焦りながらラグの肩に手をおいた。
「どうだろう」
ラグは頭を下げたまま言った。
「最初からそのつもりだし! うち、あいてる部屋は貸すこともあるから!」
「そうか、助かる」
「答えは焦ってはいかんにゃ」
ノワールがぼそっと言った。
夕暮れが近づいていた。
人々の声、荷車の音、看板がきしむ音が聞こえた。