40 一体
ラグの体は同時に別の方向に動こうとした。
リナを助けに向かう衝動と、エルドの剣を回避すべきという本能的な危機管理だ。
結局選んだのは回避だった。リナは明らかに左胸を貫かれており、しかも尻尾の勢いは、大きく体をえぐり、心臓がすこしも残らないようなものだった。
だが動きは鈍った。
ラグはギリギリで避ける。
何度避けても、いま立っていた場所に先端に剣がある尻尾が突き立てられていく。
エルドはそうやって追いながら、別の尻尾はラグの進路を先読みして剣が向かってきていた。
突き立てられる衝撃で剣が折れてもいくらでも複製されていく。
守備用の脚、攻撃用の尻尾と分けて動く様子にエルドの用心が見える。
ラグは動き続けていた。
動いていたが、どこかうつろだった。
意思が弱く、攻撃が来たから避け、追撃を受けないための攻撃を尻尾に繰り出しているだけだった。事前に決められた予定をこなしているだけのようでもあった。
リナの方を見ることもできない。
見てしまえば、なにかが終わってしまう気がしていた。
「ラグ」
ノワールが呼びかける。
ラグは攻撃への反応しかしない。
目的がない。
ラグはぼんやり思っていた。
これまでノワールの言う通りにやってきた。
生きるために戦った。
充分な強さを得た。
子どもを作れという。
リナ。
死んだ。
いま自分はどういう状態なのだろう。
子どもを作るという目的は終わりだろうか。
続行だろうか。
体が熱い。
なにも考えたくなくなる。
「終わりだな」
エルドが体の上の尻尾に、顔を見せた。ずいぶん、ひさしぶりに見たような気がする。
「僕の世界に生きていたいか?」
「……」
「泣いて頼むなら生かしてやってもいいぞ」
「リナを殺した」
「生きている」
エルドは、傍らのうつろなリナに微笑んだ。
「すべて生きている。僕の中で」
「お前は……」
「どうする、ラグ。お前はおもしろい。特別にそのまま残してやってもいいぞ」
「いいわけないっすよね?」
エルドの首、尻尾が切られた。
通り抜けた影が二つ。
尻尾を切られる直前に反応した脚に弾き飛ばされ、二人の体は建物に叩きつけられた。
「ボイル! クール!」
切った尻尾は、しかし、他の尻尾が受け止め、体に引き戻した。
それらを見たラグの目に力が戻る。
このままでは終われない。
この街の姿。
セランダに初めて来たときこんな様子ではなかった。
人々の居場所が失われている。
ラグはよそ者だ。
来たばかりの、ひやかしのような者だ。
正しい人の理を知らない者だ。
だからといって、セランダを大切に思ってなにが悪い。
人々を思ってなにが悪い。
ラグは全身に力を込めようとした。
「力を抜いて」
声に従って力を抜く。
「体の声を聞いて」
体の声。
この燃えるような熱のことか。
リナの声。
はっとして、ラグはリナの方を見た。
リナはいなかった。
ただそこにあったのは、地面に刺さった剣だった。
エルドの持っている剣によく似ている。
「聞こえる?」
リナは言った。
「聞こえる」
「ラグの体は燃えている。その炎を自分のものにして」
ラグは熱を感じた。
気をそらし、すこしでも感じ方を弱くしようとしていた熱を直視した。
力の代償としてやってきた災害のようなものだと思っていたが、そうではない。
鎧だ。
ラグはぐっと、炎を体から浮かせた。
体の表面からすこし浮いたところに、青白く光る炎の薄い膜が現れた。
エルドの尻尾の剣がそこをかすめる。
かすめただけで軽くふっとばされた。
しかしそれだけだ。ただの物理攻撃でしかない。
ラグは、転がる勢いを使って剣のところまで行った。
「ラグ!」
ノワールの声を無視して地面から引き抜く。
体が侵食されるようなことなかった。
「ラグ」
リナの声がした。
「リナなのか」
「うん」
「これは……」
「リナの剣とでも呼べ」
ノワールは言った。
ラグはリナの剣を構えた。
エルドが向かってくる。
「気をつけて」
剣になったリナが語りかける。
ラグの頭は冷え、体は熱を持っていた。
人間の温度だ。




