04 腹ごしらえ
「待っておじさん、この人! この人が山で助けてくれたの!」
リナの声が通りに響いた。
「こいつが!?」
店主は、じろじろとラグを見た。
「はい。だからいい人なんです! いい人なんです?」
リナは自問していた。
「なんだ、どっちなんだ?」
「とにかく助けてくれたのは事実なんです!」
「まあ、盗賊を捕まえたってのが事実なら、金ももらえるんだろうが……」
店主は、まだ疑わしそうにラグを見ていた。
「あの……」
ラグは、申し訳なさそうに言った。
「なんだ」
「もう一本、いいでしょうか」
「バカか!? お前、バ・カ・か!?」
店主は自分の頭を人さし指でトントンと突きながら言った。
ラグはそれを正面から受け止めつつ言う。
「こんなにうまいものは初めて食べました。もし捕まるのであれば、最後にもう一本食べたい」
「なに?」
「俺の人生に残る味です」
「ん? あー、まあ、それはそうかもしれんがな? ん?」
店主はそっぽを向いて、しかめっ面を作ったが、唇の端が笑みを浮かべそうになるのをこらえていた。
「じゃあおじさん、私がいったん、代金建て替えますから!」
「リナがそこまで言うんだったら……」
店主は、物珍しそうに様子を見ている通行人たちの視線に気づいて、はっ、とした。
「しゃあねえ。商売のジャマだ、奥に連れてってやんな」
ラグは店の裏手に案内された。路地に面していて、人通りはなくひっそりしている。
古い木のベンチに座った。野菜の入った箱や、井戸が目に入る。
異音がした。低く、響く音が断続的に続いている。
「なんの音?」
リナが聞き耳を立てながら、まわりを見た。やがて音の発生源がラグの腹であることに気づき、笑う。
「お腹空いてるの? ちょっと待ってて」
リナは裏口から店にもどった。
ラグはぼうっとしていた。
「ラグ、どうかしたにゃ?」
「いろいろな刺激が多いです」
嗅いだことのないにおい、聞いたことのない音、見たことのないもの、様々な刺激がラグの体をめぐっていた。
「街というのは……、にぎやかですね」
「不快かにゃ?」
「よくわかりませんが、さっきの串はうまかったです」
裏口のドアが開いた。
「はいどうぞ」
大皿にいろいろなものが盛り付けられていた。
「俺は……」
「お肉は無いほうがいいんでしょ?」
「あ、ああ」
よく見ている、とラグは思った。
「体に合わないっていうお客さんもいるの。どうぞ」
「金はあとで払う」
「これは私の、お・ご・り」
リナは胸に手をあてて、はっきり発声した。
「うまかった」
「は?」
リナが見ると、大盛りになっていた皿が空になっていて、ラグの口がもぐもぐと動いている。
思わずリナは、ラグの座っているベンチの下も確認したが、そんなところに食べ物はない。
リナは思わず、力が抜けたように笑った。
「この味……、特別な塩か?」
「塩っていうか、いろいろ使ってるよ。スパイスとか、いろいろな油もあるし」
「焼く以外になにかしているのか?」
「そりゃそうでしょ。いくらでもあるよ」
リナの言葉に、ラグは立ち上がった。
リナは驚いて一歩さがる。
「まさか、これらの料理は、たまたまこうやって多様な仕上がりを見せただけでなく、狙ったものだというのか!?」
ラグは体を震わせて言った。
リナは、どう反応していいのか一瞬悩んだが。
「……たまたまできるわけないでしょ」
「そう、なのか」
ラグの表情に、リナは吹き出した。
「もう、なんなの」
「どうかしたか?」
「ううん」
リナもベンチの端に座った。
ラグは建物を見る。
食事を作る店の上にも建物が続いている。
「あれはリナの家か?」
リナも建物を見上げた。
「うん。おじさんの家に住まわせてもらってるの」
おじというのは、両親の兄弟を指す言葉だ。ラグは自分で気づくことができ、満足してうなずいた。
「どうしたの?」
リナが不思議そうに言う。
「いや。両親はいないのか?」
「……うん」
リナはなんでもないように言ったが、ラグはリナの体が緊張したのを見た。攻撃をする気はないようだ。敵意も持ったわけでもない。すると問題ある内容の会話だったのだろうか。
「両親がいないというのは、問題があることなのか?」
リナがはっとしたようにラグを見た。
「……どうかな」
「俺には師匠しかいないが、どうとも思わないが」
「ふふ」
リナは笑った。
「どうした?」
「元気づけようとしてくれてるの?」
「いや?」
ラグが言うと、リナはますます笑った。
「なんだ?」
「ううん。そうだ、警備団行くんでしょ? 私、昼休みだから、一緒に行って上げようか」
「助かる」
リナの感情の動きを不思議に思いつつも、ラグは大通りへと歩き出した。