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39 聖剣

 光導院において、指は重要な数だ。

 まだ初めて光導院にやってきた者は、小指だけの存在といえる。使える指の数は少なく、か弱い。

 しかし小指でつながることはできる。

 他の信者たちとつながり、存在を安定させていく。

 そこで大きくなる。

 使える指が増えていく。

 光に導くのだ。


 メリダは涙を流していた。

 エルドの素質については調べてあった。平凡だった。ありふれた、ただの信者のひとりでしかなかった。

 しかしあの姿はどうか。

 街の力を一身に、たくさんの腕と尻尾を生やしている。

 すべての人間とつながりたいという光導院の精神を示しているではないか。


 イリアスも感動に胸を打たれていた。

 勇者の素質ある人間が素晴らしいことをなすのでなく、ただの、凡人であろうとも、あのような高みにたどり着けるのだと。

 取るに足らない、路傍の石であっても、あんなことができるのだと。凡百の、スパイ気取りの便利屋であっても。

 

 であれば。

 イリアスは光導院の奥から剣を持ち出していた。


「エルドよ!」

 イリアスは剣を掲げた。


「これこそが、勇者の持つ聖剣である! 受け取るがいい!」

 一瞬の間があって、地をはってエルドの尻尾がイリアスに向かう。

 エルドは、イリアスの腕を切り飛ばして剣を奪った。

 肘から先がなくなったイリアスは、しかし、苦痛と喜びの混ざった表情の中、座り込んで腕をおさえていた。


 尻尾が本体にもどると、エルドの体が輝いた。



 ラグは剣の圧力を感じていた。

 普通の剣ではない。エルドが力を自分に集めるために使っていた杖、あれよりもずっと力を感じる。

 なにかができてしまいそうな剣だ。


「奪おうなんて考えるなよ」

 ノワールが言った。


「対魔王兵器だ、あれは」

「対魔王兵器?」

「お前が感じている圧力は正しい。他の人間はなにも感じていないだろう。魔王を打ち倒すためだけに狂った名工が作った剣だ」

「師匠、もう体調は平気なんですか?」

「やっと慣れた。さすがに猫ではとんと感じない刺激だったのでな、時間がかかった」

「それで、あれに触らなければいいんですか?」

「あれは、魔王の守備魔法も肉体的な防御力もすべて貫通する。いまのお前の体は、ナイフでバターを切るよりかんたんに切られると思え」

「切ったことがないのですが」

「だいたいわかるな?」

「はい」


 尻尾が持った剣の先がラグに向けられる。


「師匠はどうやって戦ったんですか」

「力づくだ」


 ラグは前に出た。

 エルドは剣をラグに向かって振り下ろすがラグの方が速い。

「ぐ、ぐぐ……」

 ラグは、頭の中の熱で脳の回路が焼ききれるのでは、というのをなんとか抑えながら尻尾を手刀で切った。


 剣を持った尻尾は切った勢いで飛んでいく。ラグはそれを空中でキャッチした。思ったとおり、尻尾はまだ剣をつかんでいた。そうそうかんたんに落とすわけにはいかないものだ、全力で持っていたはずだ。

 尻尾の筋肉の緊張はまだ猶予がある、という賭けに勝った。


 だが長くは保たない。

 ラグは地面を拳で打った。

 黒い炎のようなものが拳の先から吹き出し、地中深くをえぐった。

 そこにラグは尻尾を落とした。

 落ちていく。

 どこまでも落ちていき、着地した音の反響すら聞こえなかった。


 最後の武器を失った。

「終わりだ、エルド」

 ラグは言った。


 エルドは体を、大量の尻尾と脚が生えた巨大な卵の殻のような体の向きを、ゆっくり変えた。

 顔が現れた。


「なにがだ?」

 エルドは言った。


「武器はもうない」

「ない?」

 エルドが言ったときだった。


 尻尾の先。

 無数の尻尾の先から、剣が生えた。

 ラグがたったいま捨てた剣だ。


「武器ではない。命だ」

 エルドは言った。


「あの剣は生き物だ。ただの物ではない……」

「……生体兵器だったか!」

 ノワールが言った。


「だから魔王に対して侵食したりできたのか!」

「生き物……。僕はもう、生き物なら、複製できる……。わかったんだ。僕は世界なのだから……」


 エルドの顔の横に、人間が現れた。

 リナが現れた。

 笑顔を浮かべたリナだ。


「リナは、さっき知った。もうリナはいる。そのリナはいらない……」

 はっとしたが、ラグは間に合わなかった。


 尻尾の先から発射した剣がリナの胸を貫いた。


「さよならリナ……。僕はリナと生きていくよ……」

 エルドは言った。

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