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38 均衡

「あ、あ、ああ………」

 片脚を失ったエルドはバランスを崩して倒れかけたが、たくさんの尻尾で体を支える。

 と同時に体をひねり、ラグに向かって前脚五本の爪で斬りかかった。


 ラグは受け止めるつもりで腕を出したが、爪どころか前足を跳ね飛ばし、先がちぎれるほどだった。

 エルドが声にならない叫び声をあげる。

 後退しつつ爪を飛ばすが、ラグは平然と体で受け止めた。


「ははっ、バカめ、それは毒爪だ!」

 エルドは笑ったが、ラグの歩調は変わらずそのまま接近してくる。

 エルドの表情が徐々に、疑問、焦りへとゆがんでいく。


「終わりだ」

「こんなところで終われるか!」

 エルドの繰り出した前足の攻撃は、今度はラグが受け止めた。


 エルドがさっき脚を振り回してきたとき、足先を吹き飛ばせた。全部、あのように力づくで攻めれば問題なく勝てるだろう、ともラグは感じてもいた。

 しかしだ。さっきの攻撃を受け止めたとき、ラグの意識は途切れかけていた。相手の攻撃よりも自分の行動で返ってくる反動のほうが強いのだ。

 

 今度は防御が弱いとチャンスと見たエルドは無数の尻尾をラグに向かって突き出した。

 ラグはそれらの動きがゆっくりと見えた。

 攻撃自体はもちろん、それがどのように曲がった軌道を描きながらラグを狙うのか、意図もわかった。

 

 体は依然熱い。

 もしかして、焼かれながらその熱で頭がおかしくなりかけているから、景色がゆっくりに見えるのでは、と感じるほどだった。


 尻尾の数が多い。

 ラグは移動しながら、間をぬうように進む。

 一本一本が太く、多いので、行き止まりのようなスペースが生まれる。ある瞬間だけ、進路がなくなる。尻尾の檻の中のようになるのだ。


 尻尾を払う。かんたんにちぎれる。だが激痛が走るようになってきた。最初、なんの激痛なのかわからなかった。

 ラグの食感は鋭く研ぎ澄まされていた。研ぎ澄まされすぎていた。

 皮膚をはがされ、中の肉で直接、ものに触れているような過敏な感触だ。

 攻撃する手が潰れていないか気になるほどだった。


 足もすこしおかしくなり始めている。

 末端だけでなく中心までそれが広がったらどうなるのか。

 時間はない。


 エルドが叫ぶ。

 雨のように尻尾の先がラグの近くに打ち下ろされる。

 もはやエルドは、ドラゴンの面影はなくなっていた。


 胴体から生える、無数の尻尾。

 無数の脚。

 翼は埋もれ、体の中心からそれらが生えているだけの異形の怪物だ。


 ラグは巨大になったエルドの体を駆け上がる。

 頭を破壊するしかない。

 背中、肩、と思われる場所を上がった。


 が。

 いない。

 体を駆け上がったところにエルドの頭はなかった。


 代わりにリナは、いる。

 ずっとエルドが大切に抱えていたリナが、放置されるように巨大なエルドの体の上に倒れていた。


「リナ!」

 リナは目を閉じていた。

 首筋に指をあてると、脈はある。


 背筋がぞくりとした。

 振り返った先にエルドの頭があった。それは尻尾のひとつだった。

 移動している。


 体の中で、自分の核となる部位を移動させることができるようになったと考えていいだろう。

 ラグが尻尾を攻撃するより速くエルドの顔は移動する。


 はっとして、ラグはリナから手を離した。ラグが触れたリナの腕に、やけどのあとのようなものがある。

 首筋も。


「エルド!」

 ラグは大声で言っていた。理由はわからない。


 尻尾がまたラグに向かってくる。

 どれがエルドなのか。

 いや、わからないなら、すべて破壊すればいい。するしかない。

 

 ラグはリナの体を高く放り投げ、エルドの胴体に拳を打ち下ろした。

 胴体は弾けた。

 ラグの腕が三つに裂かれたような痛みが走る。


 弾けた胴体の中は空洞で、卵の殻のようだった。

 外壁というのか、胴体の殻のような部分から尻尾や脚が生えている。


 脚の数、尻尾の数が増えていく。

 ラグが破壊していくのと同じような早さで増えていく。

 いやもっと多いか。


 離れて、落ちてくるリナを受け止め地面に寝かせた。


 なんとなくラグはわかった。

 おたがい、力は無限に湧き出るのだ。

 しかしおたがい、ある線が目の前にあるのだ。


 ラグは激痛に意識を絶たれるかもしれない。

 エルドは体が自分の意識下に置けなくなるかもしれない。

 重要な一線を越えてしまう。


 静まった。

 じっと相手を見て。

 じっと自分の中をさぐる。


 ついさっきまで力と力のぶつかり合いだったのが、気づけば、卓上の戦略ゲームをしているかのようだった。

 どこをどう見て、どこに本質があるのか。


 どこを動かしてもいいのか。

 どこを動かしたら終わってしまうのか。


 静寂を破ったのは意外な声だった。


「神、神よ!」

 ラグたちのほうへとやってくるのは、光導院の、メリダとイリアスだった。

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