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37 魔王城

「なんの話ですか?」

「ラグ。お前はわしのために死ぬ覚悟はあるかにゃ?」

「死ねと言われれば死にますが」

「いい覚悟にゃ。ならばラグ、お前は城にゃ。城になれ」

「城? 死ぬのではなく?」

「城に匹敵する大きさ、重さ、強さ。イメージできるかにゃ?」


 ラグは靴を脱ぎ、両手をおろし、しっかりと地面を踏みしめた。

 大地に立っている。

 そういう思いだ。


「大樹ではだめですか?」

「城にゃ」

「はい」

「おい」

 エルドは言った。


「なにを言っている? その猫、生きてるのか? しゃべっていないか?」

 エルドはやっと気づいて言った。ラグの動きについて肩にいられる猫など存在しないだろう、という考えから、作り物かなにかだと思っていたのだ。


「城」

 質量でラグが及ぶことはない。

 だが力ずくで城を落とすことはできるだろう。

 さらにこの炎があれば、それほど難しくはない。

 

「ふふ、ラグ、なにを考えているのか知らんが、本当に城になろうとしているのか? おかしなやつにゃ」

「師匠が言ったんじゃないですか」

「おい。貴様らなにをしている」

「そうにゃ。ラグ、お前が城であると考えられて、わしがお前を城だと思える。それが重要なんにゃ」

 ノワールは、ラグの頭の上に乗った。


「実体としての魔王城はもちろん重要にゃ。しかし。魔王にとって、魔王城にいるという自覚を生み出せる環境こそが、魔王を、魔王たらしめるんにゃ」

「師匠は魔王なんですか?」

「言ってなかったか?」

「言われましたが、言われただけですね」

「それそうにゃ」

 それはそうか。証拠など見せられるわけもない。


「自覚……」

「魔王は魔王城によって完成するにゃ。それができる説得力を出すにゃ」

「追い詰められておかしくなったか? お前にも、そんな人間らしいところがあったんだな」

 エルドは言っているが、ノワールもラグも聞いていない。


「はあ。わしがまた魔王に手を出すにゃんて、まったく、自分でも笑ってしまうにゃ。そんなことなら、魔王をやめなければよかったのににゃ」


 ノワールの体が、崩れ始める。

 猫の形が、猫の顔を持った黒い塊に変わっていく。


「さっさと逃げて、別のところでラグに子どもを作らせればそれで良いはずにゃ。が」

「俺はひとりでも、エルドとやりますよ。師匠だけ逃げたらどうですか」

 ラグが言うと、ノワールはため息のような声を出した。


「ラグ。わしが逃げるとしたら、それはお前を生かすためにゃ。どうとでもなる。どうとでもなるが、やはり」

 ノワールの体が、ずるり、とラグに滑り込んだ。

 ラグにそんな穴が空いているわけでもなく、しかし、ノワールは入り込んだ。


 ラグは、頭のてっぺんからぬるりとなにか入り込んだように感じた。

 すこし遅れて頭が熱くなり、入り込んだなにかは首、胸、胴体から全身に広がっていった。

 入った感触から遅れて、体が熱くなっていく。

 血液が溶岩のようにたぎっている。

 全身が焼き尽くされてしまいそうだ。

 しかし。

 はっとして見たラグの目に映るのは、燃えている右手だけだ。


「相手が勇者なら、わしが逃げるわけにはいかんな。ラグ、どうだ?」

 声はラグ自身の口から出た。


 ラグは気の遠くなるような高熱に包まれていた。

「……問題ないです」

「ないわけないだろう。この熱さはわしも感じておる。なつかしいのう……」

「師匠は以前、どんな環境にいたんですか」

 この熱に慣れているというのは、さすがのラグも信じがたいものがあった。


「お前の感じている環境にゃ。常に強い力を得るため体が焼かれ、焼かれても耐えられるだけの力が送られ、燃え上がる。それが魔王城の力であり、魔王じゃ」

 ラグは息を吐いた。

 ドラゴンブレスを思わせる熱に、自分で顔をそらしてしまう。


「だが久しぶりだ。いささか苦しい。ラグ、お前が体を動かせ」

「俺が?」

「わしは体の保持で忙しい。それに、魔王城が戦うというのは、なかなか愉快ではないか」

 ノワールが笑う。


「おい! ひとりでなにをぶつぶつ言ってる」

 エルドは言った。ますます体が大きくなったようだ。


「なにをしてるかと聞いてるんだ! なにを見てる! 退路を絶たれたお前がするのは命ごいだろうが! 助けてくださいと、言え!」


 予備動作なく飛んできたエルドの爪を、ラグは指でつまんだ。

 おや、という顔をして、エルドは連続して爪を飛ばす。

 ラグは難なくすべてつまんだ。


「なに?」

 エルドがいらだたしげにラグを見る。


 ラグは右腕の炎が消えていることに気づいた。

 ラグの足はこれまでにないほどしっかりと大地を踏んでいる。力にあふれ、充実している。

 だが、病気の高熱などちょっとしたことに思えるほど頭が、体中が熱い。

 肉体の好調と絶たれそうな意識のアンバランスでどうにかなってしまいそうだ。


 近くの割れたガラスに全身が映っている。大きな外見の変化はなかった。

 変化が外に出ていないことがなにより異様だった。


「ラグ、好きに動いてみよ」

「俺が……」

「死ぬなよ」


 死……。

 そうだ、死んでしまう。

 さすがに、いくら鍛えられてきたといっても……。


 いや。

 ラグは考え直した。


 不調は頂点に達し、意識が遠くなる、と思っていた。

 しかし。

 意識を集中しようとすれば、クリアになる。

 痛みや熱さもクリアになるというだけだ。

 力はあふれてくるじゃないか。


 殺されそうなのではない。

 自分が、自分を、ここにいるのだと認め続ける意思だ。

 それがあれば俺はここに居続けられる。


 ならばやれ。

 それだけだ。


 ラグは地面を蹴った。

 エルドの横を通過していた。

 振り返ろうとするエルドに、ラグは向かった。

 このくらいだろうか。

 力の調整をするのが難しく。ラグはエルドの左脚を貫いて通り抜けていた。

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