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ラグが走り出す。
だが急になにかに頭を殴られ、地面に倒れた。そこへエルドが出てくる。
「尻尾にゃ」
エルドに尻尾が生えていた。
なるほど。
ラグは口の中の血まじりのつばを吐き、左手で地面を押して跳ね起き、右へ転がってエルドの前足をかわす。
そのまま立ち上がり、ラグの死角から殴ろうとするエルドの尻尾を右手でつかんだ。
焼ける、というより消える。
「ぐああ!」
エルドが苦痛にもだえる。
焼き切れたしっぽが振り回された。
いける。
前に出る。
エルドが前足を振り下ろしてくるがラグは一時停止してかわし、前足を右手で燃やす。
「あああ!」
苦痛をもらすエルドの目は、それでもはっきりラグをとらえている。
「ラグ?」
「見えてます」
エルドの様子が変わっていく。
尻尾が再生している。
前足も再生している。
体がひとまわり大きくなってる。
「頭を潰すしかないにゃ」
「胸の魔法石を壊せばいいのでは?」
あれがエルドに力を集める元凶だとするのなら。
「あれがなくなればリナに力が集まるにゃ。元通りにゃ」
「じゃあどうすれば」
エルドが突っ込んでくる。
前足四本を別角度から叩き込んでくる。
これを右手の炎で払う。
当然尻尾で死角から突いてくるからそれも払う。
「ぐううう!」
苦痛をもらすエルドの目は、ラグをしっかりと見ている。
はっとした。
ラグはさがる。
正面から、エルドの股下から二本目の尻尾の突きが来た。
ラグの体に当たるが飛び退いたぶん衝撃は弱い。
炎で払おうとするがもう尻尾は引いている。
「どうしてわかったにゃ?」
「エルドはそれほどバカではないはずです」
苦痛は演技だ。
いや、苦痛は本物だがそれしかできないというのは演技だ。
それにおそらく、自身の身体をエサにすることにためらいがない。
「自分を犠牲にする考え方に長けている気がします」
「知ったようなことを言うじゃないか」
ラグはまたどこからか、頭を殴られた。
膝をつく。
アゴが跳ね上げられた。
地面から、尾の先が出て突き上げられていた。
見た目より本数が多い。
ラグは後方に倒れかけたがそのまま空中で回転し、前に出る。
エルドの横に回り込む。
尻尾が地中にあったということは、その場から立ち去れないということだ。
尾を引くのが早いか、それとも。
ラグは攻撃をしかける。
が、あっさりエルドは跳び上がってかわした。身軽だ。
着地し、ぼたぼたと血を流す。
見れば、いまエルドがいた場所の穴に、尾の断面があった。ちぎってその場を離れたのだ。
「ラグ。お前は腕や足を捨てる戦いがわからないだろう」
エルドは言った。
「だが僕の戦いは」
そのときラグは飛び退いた。地中から尾の先が出た。今度は地面の振動に気をつけていた。
会話すらエルドの目くらましのひとつというわけだ。
「うっ」
どっ、と脚になにか刺さった。
爪だ。大きな鉤爪ではなく、ラグの指の第一関節ほどの大きさ。
連続して飛んでくる。
どこから。
いやエルドがやっていることは間違いない。だが。
ラグは地面を転がりながら見る。
脚が動いている。4つある前脚の、固定のどれかというわけでなく、タイミングをずらして飛ばしているようだ。
ほんのわずかな動きだ。
もっと大きなものを力強く飛ばしたほうが威力は出るだろう。だがラグには当たらなくなる。
ならば、わずかな動きでできることを優先していた。
ラグは常に動く。動かされる。
エルドは爪をはがして飛ばし、再生している。
「当然、僕も苦痛は感じている。だが苦痛なんて、ずっと昔から感じていたような気がするよ。だから問題はない。いや、意味のある苦痛ということでいえば、爽快感すらあるね」
エルドは言った。
「ラグ。なにか勘違いしてるようだが、遠距離、中距離、近距離。お前はどの距離でももう僕には勝てないよ」
「なぜそんなことが言える」
「僕はいまも大きくなっているからだ」
見てわかる体長の変化があった。
「やってみなければわからない」
「右手の炎がお前の売りらしいが、腕の動きが鈍っているぞ」
それはラグも感じていた。
炎が大きくなったが、腕の機能は落ちていた。
特に手首から先が。
仕方ない。
ラグはエルドに背を向け、走り出した。いったん距離を……。
「な」
壁が。
セランダの街の壁がぐんぐんと伸びていく。
壁。
建物なんて目じゃない。どれだけの巨人がいたとしても、あの高さは乗り越えられないだろう。
住民を守る壁というより、住民を逃さない檻のようだ。
「お前はここで死ぬ。今日、いまここで」
エルドは言った。
それは冗談などと言うことはできなかった。
ラグは、大きな敵とは戦ってきた。しかしいま自分が相対しているのがなんなのかわからなかった。
いったい、自分は、なにと向かい合っているのか。
考え方がわからない。
出口のない道へ入り込んでしまったかのようだった。
「……ラグ」
ノワールが不意に言った。
「お前という存在が消える覚悟はあるかにゃ?」




