35 竜化
最初、ラグは目の前にいるのがなんなのかわからなかった。
ノワールがつくったというラグの偽者はまだそこにいた。
それと向かい合っている者がいる。おそらくエルドだろう。
おそらくというのは外見の大きな変化だ。
体が大きくなっている。身長が倍近く、背中を軽く丸めるように立っている。
太くなった脚がズボンを突き破り、表面に鱗がびっしりとある。それに膝の関節がひとつ多い。鉤爪が地面を噛んでいる。
手。爪が長い。こちらも人間の爪ではなく、トカゲの魔物が持っているような鉤爪だ。
目は片方、大きく、白目が真っ赤になっている。白目に血管が血走っていることの形容ではない。血のように赤いのだ。それに黒目が丸くなく、縦に切れ目が入ったような形をしていた。
片腕でリナを大事そうに抱いていた。いや本数がおかしい。右腕が二本ある。やや上から短い腕が生えている。
「これは」
「めずらしいにゃあ。竜化してるにゃ」
「竜化?」
「これはおもしろいにゃ。ドラゴンが、人間からできることがあるとは」
「人間がドラゴンになんてなれるんですか」
「不完全なものにゃ。長くはもたないだろうが、ふっ。わからないものにゃ。ああ、さっきの杖が、体に入っているにゃあ」
エルドが持っていた杖。
先についていた魔法石のようなものと、同じ緑色で腹部が光っている。
「ラグ」
エルドは言った。
「そっちが本物か。気づかなかったよ」
声は変わらない。それが異様だった。
エルドが二本目の右腕を動かした。
ノワールが反応し、ラグも動いた。
また天井が降りてきたのだ。
安全地帯を求め、自然とエルドに接近したラグたちに対して、エルドは大きく口を開けた。
ラグの体に鳥肌が立つように、体の表面を嫌な感じが走った。
寸前で避けたラグの横を、超高熱のドラゴンブレスが通過した。
エルドは首を振る。
ラグはその動きを経験したことがあった。
身を低くしながら前に出る。さがればブレスが広がるだけだ。
燃える右手を用意する。
エルドは体ごと向きを変え、リナの体を突き出した。
ラグはあわてて手を引く。
エルドの目が、にやあ、と笑う。
ブレスの方向をラグに向けて下げてきた。
ラグは細かく足を動かし横へ横へ。
動きながらリナを見る。
周囲になにか結界のようなものが張られてる。危険はなさそうだ。
ラグは地面を蹴り真上に跳ぶ。
右手の炎で削って外に飛び出した。
ラグが飛び出した穴からブレスが吹き出る。ラグは体をひねって方向を変えて着地し、離れた。
「師匠」
「ブレスも吐いたにゃ。壊れながら、新しい前脚も生えてきてるし、思ったよりおもしろいかもしれないにゃあ」
「なにをのんきな」
ラグは周囲を見た。
セランダの街には、もうはっきりと魔法陣の光が見える。
離れたところに倒れている男性が見えた。力を奪われたのだろう。
はっとして、ラグは飛び退いた。
地面が爆発するように弾けて、下から巨大な影が出てきた。
ついさっきの、倍くらいの体長になっていた。
リナを抱いている。
じわり、じわりとまだ体が大きくなっているようだ。
ラグが戦ったことのあるドラゴンと大きさに近づいている。
「力があるというのは、こういう気持ちなのか」
エルドは言った。声が響くようになっている。
「師匠は、通常時だったら、俺にあいつと戦わせますか?」
「どうかにゃ~」
「リナが大事か? ラグ」
エルドは言った。
「安心しろ。僕にとっても大切な、いや、僕にとってこそ大切な存在だ。お前たちになんてリナの価値はわからない。わからないんだよ!」
「街の人間が死んでもいいのか? お前は警備団員なんだろう?」
「お前みたいな人外が、人間みたいな口をきくんじゃない」
エルドは冷めた顔で言った。
「俺は人間だ」
「じゃあ、じゃあ、僕は人間じゃないって言いたいのか!」
エルドの背中から翼が生えた。片方だけだ。
さらに腕が生え、左右二本ずつになる。
形が変わるたびに表情がゆがみ、エルドの体が震えていた。
苦痛か、あるいはもっと許容できないようななにかなのか。
しかしすべてを受け止めてエルドはラグを見ていた。
炎はラグの二の腕まで焼いていた。




