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セランダの街ではすでに地上にも、地面に緑色の線が浮かび上がっていた。
地下道に沿ってのびていたそれは、いつしか、いままではなかった交差する線が刻まれている。これにより、途中で多少線が切られたとしても、どこかがつながっている状態になっている。
ラグがやったように物理的に寸断しようとしても、もう魔法陣の活動は制限できない。
住民たちの間ではパニックが起きていた。
しかし街は静まっていた。
とても内的なパニックだった。
住民たちは、魔法陣によって気力、体力を奪われていた。騒ぎ立てる力はない。
彼らの力を元に魔法陣が張り巡らされ、さらに奪われていく。
家の中で倒れている人や、必死に看病をしようと、床をはうように進む姿もあった。
外に出て限界を迎えた人の姿もある。
魔法陣は力を吸う。
さらに輝きを増す。
それは、日々体を鍛えた人間が集まる警備団の詰め所でも同じことだった。
「団長、これはなんですか!」
気合を入れて叫ぶ団員。だが本人はそのつもりでも、やっと絞り出した声でしかない。
「わからん……。が、おれたちに、やれることを、やるしかない……。誰か外へ、状況を見てこい。必要なら住民の避難だ」
「わかりました!」
壁に手をつきながら団員が出ていく。
そして、闇に沈んでいるはずの街が緑色に光るのを見た。
地面に手をつく。
そのまま倒れ込みそうになる。
だが気持ちを奮い立たせると、立ち上がり、報告に戻った。
地下道では、ラグはまだ天井に潰されていた。
「ぐ、ぐう」
右手が燃えて力を放っているのは感覚でわかる。しかし、体全体が潰されており、肩もがっちり固められている。
まだ肘に炎がまわりきっておらず、したがって動かせるのは手だけだ。
手首をぐるぐる回したところで状況に大差はない。
「師匠……」
「わしも潰れておるにゃあ」
ノワールがのんびり言った。
「炎をもっと広げてください……!」
「人間には、調整が難しいにゃあ。リナならまだ平気にゃ。お前の偽者を出しておいた」
「偽者?」
「おとなしいところを見ると、いまごろあいつは、お前の偽者と話でもしてるんじゃないかにゃ?」
ラグは記憶をたどった。
まだ少年時代、ノワールが、姿かたちだけは似たものを出して、ラグを混乱させたことがあった。そのときは獣人の姿をした魔物だった。見た目にとらわれ、声をあげて逃げまわったが、物理的な強さはほとんどなかった。
「そんなにもたないでしょう。炎をください……!」
「まあ待て。すぐ出たところで、勝ち目はないにゃ」
「勝ち目がない?」
「魔法陣が変形してるにゃ。より強固に、一本だった道はなくなって、魔法陣を壊すようなマネは、できそうにないにゃ」
「じゃあリナは!」
またあの別人のような存在に……。
「いや、もう、魔法陣の力はすべてエルドが吸い上げているようにゃ」
「エルドは、リナの友人で、警備団員の彼ですよね。彼もリナのような素質があったんですか」
「いや」
「いや? では?」
「普通の人間に力を注いでいるだけにゃ。耐えられんにゃ」
「どうなりますか」
「うーん……」
「……」
「知らん!」
「冗談を言っている場合では……」
「まあ、死ぬだろうにゃ。すぐか、しばらくしてかは、わからん」
「……リナは悲しみますか?」
「悲しむだろうにゃ」
ノワールは問いたださなかったが、言外に、なぜそんな質問をするのかというノワールの意識を感じた。
ラグ自身も同じような疑問を持った。リナが悲しむからなんだというのか。
「もう魔法陣自体を書き換えるには、エルドにやらせるしかないにゃ」
「エルドはやりませんよね。住民をすべて街の外に連れ出せますか?」
人が力の源なら、それでうまくやれるかもしれない。
「現実的ではないにゃ」
「はい」
「どうしたら現実的にゃ?」
「住民を皆殺しにすることでしょうか。それも、かなり難しいと想いますが」
「どういう意味で難しいにゃ?」
「範囲、人数、……、それに気がすすまないです」
リナのおじや光導院に来ていた子どもたち。
それに、メリダたち。気に入らないが、死なせるには抵抗があった。
ラグの言葉に、ノワールがゴロゴロのどを鳴らした。
「そうにゃ? だったらどうするにゃ?」
「リナを連れて街の外に逃げる、くらいでしょうか」
「エルドはどうするにゃ?」
「リナを追ってくるのでは」
「まあ、そんなところかにゃあ」
ラグの肘まで燃え広がってきた。
肘が回る。
右手の炎を使う範囲が一気に広がり、ラグはやっと潰されていた体を掘り起こして空間を作った。
「師匠」
ノワールを救い出し、そのまま地下道目指して掘り進む。
どうする。
悩みつつ、出ていったラグが地下道で見たものは、思いもよらないものだった。




