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33 エルド

 エルドはセランダの近くの村で生まれた。

 幼くして両親をなくし、村の中で育てられた。決まった家はなく、村民の家を順番に毎日移動し、生活をした。親を亡くした子を育てるための村の決まりだった。

 村民は温和で、過度な労働やいじめなどはなかった。しかし家族はいなかった。村民が家族のように育てようと努力するほど、本気で叱られていない自分に気づいた。

 常に、ここは自分の居場所ではないと感じながら七歳まで育った。


 セランダに行くきっかけになったのは不作だった。エルドの食事をまかなえなくなったため、セランダの孤児院施設に行くことになった。

 セランダでは食事や居住施設のレベルは下がった。子どもたちが増え、部屋には数人が必ずいる。やかましく、自由に草原を歩くこともできなくなった。話をしても、理屈になっていない理屈や、腕力でねじ伏せられた。エルドはますます自分の世界にこもるようになった。


 そんなときリナと会った。

 最初は、いけすかないやつだと思った。

 家があるのに、自分も子どもなのに、孤児院を手伝っていたのだ。常に笑顔で人に接していて、それはエルドに村の生活を思い出させた。

 ふと噂を聞いた。


「お前、親がいないんだって?」

 エルドの言葉に、リナは笑顔でうなずいた。

「うん。おじさんのところで暮らしてるよ」

「なんで?」

「え?」

「なんでこんなことしてんだよ」

「人がいるって聞いたから」

「じゃなくて」

「嫌だった?」

 リナは微笑んだ。


 たったいままでは嫌だった、とエルドは思った。


 エルドはリナがやってくるのを待つようになった。

 リナの仕事はかならず手伝った。あからさまな態度だったので周囲に冷やかされることもあったが、エルドは彼らに対して特になにも感じていなかったので、気にしなかった。

 14歳で警備団に入れることになったので、孤児医院施設を出て生活を始めた。


 警備団も同じだった。

 多少は頭を使える人間もいたが、腕力を重視していた。街の人間を守るというが、警備団の人間の権利を軽視して感じられた。


「エルド、お前は弱っちいなあ」

「エルド、どんくせえよ」

「エルド? ああ、あいつね」


 年齢を理由に様子を見られていたが、だんだん体を使う仕事からは遠ざけられた。

 書類の整理や、用意、事務手伝いなどをした。しかしそれらも、本職の事務員からは、ただのお手伝いとしか見られなかった。

 食堂の手伝いに来るリナと話すことはできた。しかしあまり長い時間は無理だった。


 宙ぶらりんだった。


「エルド君。久しぶりだね」

 街で声をかけられた。孤児院施設を運営している光導院の人間だった。

「こんにちは」

「警備団に入ったんだって? あそこは大変だろう」

「ええ、まあ」

「あんなガサツな人間たちだと、まともな君は苦労するんじゃないか?」

 彼は笑った。

 エルドは初めて自分を見てくれる人に出会えた、そう思った。


 エルドは光導院に通うようになった。

 表立って通うのは、警備団としてまずかったので、と話しているうち、裏口や地下道の存在を知った。

 そして、光導院は、警備団の内部資料について、エルドから引き出そうとしていることも感じていた。

 問題のない書類だったので協力をしていた。

 そのうち不意に、光導院の書類を見た。


 街の地図に関するものだった。

 しかし形が違う。

 見たことがない道がのびている。

 エルドが調べてみると地下道だった。驚くことに、セランダの地下には広く地下道が張り巡らされているようだった。

 警備団の資料には地下の情報があった。しかし地下道は、かつてあったもの、となっている。よく読むと、加工されている。光導院は、警備団の資料を持ち出すだけでなく、書き換えているようだ。


 行方不明の孤児院の少年についても気づいた。

 記述がおかしい。急にいなくなったはずなのに、セランダの外へ遠足に出かけたときに行方不明になったことになっている。これは直接エルドが受け付けた件だ。


 エルドはそれほどまでに注意を払われている地下が気になり、勝手に地下道に入ってみた。

 光導院に許可されていないところまで歩いていくと、魔法陣らしきものがあった。

 魔法に知識があったわけではない。魔法陣が稼働していたわけでないから真っ暗だった。

 エルド自身に自覚はなかったが、素養があった。だから呼応するものを感じた。だが魔法の才能に生涯気づくことはなかった。


 しばらくそこにいたエルドは、じきに、やってきた信者に発見された。


 メリダの前に連れていかれた。

「なにをしていたのですか?」

「光導院は警備団の内部資料に関わっているだけでなく、改ざんもしていますね」

「……」

 光導院の人間は、エルドの処分を進言した。

 しかし。


「僕なら、もっとお手伝いができますよ」

「……あなたは、なにをしたいですか?」

「正しい世界にいきたいです」

 エルドは言った。


 メリダは、エルドをこれまでどおり警備団にいながら、光導院の信者として振る舞うよう指示した。

 しばらくは監視役を置かれていたようだった。だがエルドは無視した。どうでも良い。


 光導院は、祈り、力を集め、捧げる存在をさがしている。

 対象は、啓示によって特定していた。

 当初は、見学に来てもらった中で決めていたようだ。しかしエルドはおや? と思った。行方不明者の名前が、光導院に来ていない名が増えていた。

 器が見つからない中で、光導院は手を物理的に連れて来るようになったのだ。光導院が主犯だと知られなければ逃がし、もし知られれば始末もしていた。


 ほどほどな人間は見つかるものの、なかなか最適な器は見つからなかった。


 エルドは、狂った集団だと思った。

 同時に、狂っていない人間などいるのかとも感じた。


 残念ながらエルドも狂っているのかもしれない。自分では判断ができなかった。

 しかしひとつだけ信じられる存在がある。


 リナだ。

 優しく、明るく、元気で、誰に対しても、誰に対しても、誰に対しても……。

 リナだけだ。

 リナだけが正しい。


 光導院がリナを器と認定したとき、エルドは心の中で歓喜の雄叫びをあげた。

 やはり自分は間違っていなかった。


 リナだけがまともな世界だ。

 リナだけを守れば正しい世界になる。

 すべての力をリナに。


 そう思ったのに、あいつがじゃまをする。


 僕が助けに行ったのにあいつが盗賊を捕まえた。

 会ったばかりなのにリナに強引に迫った。

 どうしてリナはあんなやつ……。

 あんな……。

 あいつ!


 あいつはなんなんだ。

 なぜあいつは、自然に、強く、生きているんだ。

 なぜ僕はああなれないんだ。

 

 力だ。

 力がほしい。


「すべての力を、僕に」

 セランダの力が流れ込む。

 リナ以外のすべてを滅ぼす。

 消えろ消えろ消えろ。

 薄汚れた、世界の汚点ども。

 消えろ。

 エルド。

 僕も含めて。

 消えてしまえ。

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