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32/40

32 介入

 元を断たねば。

 ラグは地下道を走った。

「師匠、魔法陣はどれくらい壊せば再生しませんか」

「わからん。が、光導院の地下を壊せば、蓄える機能は失う、と思うがにゃあ」

「リナの位置を特定する魔法はどうですか」

 リナの位置を特定し、魔力を供給することで勇者化できるという条件だったはずだ。


「リナが勇者化しているから魔力で操作するのは難しくなったにゃ」

「行きましょう」

 ラグは抱えたリナを見る。


「気分はどうだ」

「うん? お前は、ラグ……、ここは? ……まだ剣をかわすか。弟子にどうだ」

 リナの返事は要領を得ない。


「そのあたり、魔力の道を壊しながら行けにゃ」

「はい」

 ラグは右腕で通り過ぎた床を、なでるように進む。

 綿でも払うように表面が削れていく。

 動作自体は楽だ。

 しかし黒い炎はラグの肉、あるいはそれより深く骨を焼き始めていた。


「右肘から先の感覚があまりないのですが」

「まだしばらくもつはずにゃ」

「わかりました」

「そこは左にゃ」

 ラグが直進しようとした道を、ノワールは指摘した。


「感覚的にはまっすぐにゃが、この道はゆるやかに右に曲がっておったにゃ。左の道もそうにゃ」

「覚えたんですか?」

「記憶と、魔法陣をつくるならこうすべき、ということにゃ」

「わかりました」

 ラグは左に曲がって走った。


「もう出たにゃ」

 まだ魔法陣にたどり着く前から、あの騎士が現れた。

 ラグとリナ、二人分の騎士。ラグが近づこうとすると相手も前に出る。


「いったん、リナは置くにゃ」

「なぜですか」

「理由はふたつにゃ。ひとつは、リナを置けば一体ずつと戦えるにゃ。もうひとつは、リナが急にさっきの勇者にもどったとき、お前はすぐ対応できるのかにゃ?」

 ラグは考えた。

 リナはもう武器を持っていない。もちろんはっきりとはいえないが、右腕の炎を使えばさっきよりも優位に立てるだろう。

 リナを殺してもいいという場合なら。


「さっさと始末して余裕のある状態でリナを抱えて動くにゃ」

「わかりました」

 時間をかければ魔法陣がまた復活する。


「すこし待っててくれ」

「うん」

 リナを床に座らせた。

 ぺたん、と腰をおろしたリナは、手をついて体を支えて、やっと座ったままでいられるような状態だった。


 ラグは走って前に進む。

 そのときだった。

 音もなく。

 ラグの視界は閉ざされた。




「認めてやるよ。ラグ」

 物陰から出てきたのはエルドだった。


 先端の魔法石が緑色に光る杖を持っている。

「お前はやれるやつだ。勇者になったリナも止められるし、リナを開放するためにここに来る」

 ラグは光導院地下空間ごと、天井から現れた高質量の、石を圧縮した物質に潰されていた。

 もはや、そこに地下空間などなく、他の地下通路と同様に、道でしかなかったようにしか見えない。


「リナをいったん置いて戦う。そりゃ、誰もいなけりゃそうするさ。誰かいるってわからなきゃな。僕なんかがいるなんて思いもしないだろうさ」


 地面が揺れた。

 エルドは杖を掲げる。

 揺れがおさまった。

「ラグ、お前がなにかしてるんだろうよ。潰されても。はは。そうだ、お前、驚くぞ? 光導院はな。勇者をつくってるってわかってないんだ。この杖がなんなのかもわかってない。自分たちがなにをしでかしえるのか、わかってないんだよ。ただ、光を求めているだけなんだ。意味を考えず、見つけた書物に従うだけ。きちんと把握してるのは、僕とお前たちだけなんじゃないかな」

 

 エルドはリナのところへ向かった。

「リナ」

 エルドは膝をついた。


「迎えに来たよ」

「エルド……?」

 リナがエルドを見る。

「ああ。魔法陣の力はこの杖で集めよう。それでリナはもう、いままで通りに暮らせるんだ。僕がこの街の長になる」

「……ラグは?」

「ラグは忘れよう。彼らはとてもややこしい存在だからね。これ以上」

「ラグ、ラグ」


 リナはぐらつきながら立ち上がると、閉鎖された魔法陣へと向かっていった。

 壁、になったところに手をつく。


「ラグ? ラグ」

「リナ、ラグのことは」

「ラグ、ラグ!」

 ぺた、ぺた、と壁を叩く。


 エルドは目を見開いて大きく息を吸ったが、こらえて、ふー、っと細くゆっくり息を吐いた。


「リナ。安心してくれていいんだ。あんな怪物みたいなやつのことは忘れよう。いいかいリナ。僕らは人間だ。僕はこれから」

「ラグ、ラグ」

 リナは壁を叩く。

 素手で叩いているのでただ、皮膚が壁に当たる音がするだけだ。

 その音がエルドの胸に重く響く。


「リナ。もう」

 エルドが腕を取ると、リナは振り払った。驚くほど力強かった。


「ラグ! 聞こえる!? 平気なの!?」

 だんだんリナの声は大きくなり、足はしっかりと床を踏みしめるようになっていた。

 目は壁を、壁の先のラグを見ていた。


 エルドの声は届かない。


 エルドは小さく笑っていた。

 わかっている。


 そりゃわかってるさ!

 僕だってバカじゃない、なにも見えてないわけじゃない!

 リナに、自分が見向きもされていないことくらい!

 いや人間としては見られているが、自分と並び立つ存在として見られていないことくらい!

 でも!

 自分が自分にできる準備をして、それが嫌われる、バカにされる、軽蔑されるくらいのことはあるかなと思ったさ!

 自分のことしか考えていなんだね、くらい言われるだろうと!

 でも。


 無視か。

 無視かよ。

 そんなのありかよ。 

 

 エルドは杖を掲げた。

 地下道の魔法陣が強引に伸び、つながり、修復された。

 力がリナに向かおうとする。

 それを自分に向ける。


「ぐ、あ……」

 途方もない力が入り込んでくる。

 これを受けて平然としていたリナ。驚きだった。


 だがエルドは杖を掲げ続けた。

 地下道に広がる巨大な魔法陣が輝きを増す。

 住民から吸収する魔力の量を上げる。

 人間が、無事でいられなくなるまで奪う。

 それを自分に蓄える。


「ラグ!」

 壁が壊れてラグが出てきた。

 まあそうだろう。

 リナがそんなに信じて、それに応えて出てくる。それが、お前らの人生なんだろうよ。

 僕はちがう。

 お前たちの人生の、ただの一本の柱、一脚の椅子、いや。

 そのあたりに落ちてる石ころか。


 エルドの体が力に耐えられなくなり変形していく。

 腕の関節が増え、体が緑色になる。

 頭は前後に伸びた。

 足は四本に。

 苦痛と、奇妙に澄んだ頭の中。


「終わりにしてやる」

 お前たちも、僕も。

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