32 介入
元を断たねば。
ラグは地下道を走った。
「師匠、魔法陣はどれくらい壊せば再生しませんか」
「わからん。が、光導院の地下を壊せば、蓄える機能は失う、と思うがにゃあ」
「リナの位置を特定する魔法はどうですか」
リナの位置を特定し、魔力を供給することで勇者化できるという条件だったはずだ。
「リナが勇者化しているから魔力で操作するのは難しくなったにゃ」
「行きましょう」
ラグは抱えたリナを見る。
「気分はどうだ」
「うん? お前は、ラグ……、ここは? ……まだ剣をかわすか。弟子にどうだ」
リナの返事は要領を得ない。
「そのあたり、魔力の道を壊しながら行けにゃ」
「はい」
ラグは右腕で通り過ぎた床を、なでるように進む。
綿でも払うように表面が削れていく。
動作自体は楽だ。
しかし黒い炎はラグの肉、あるいはそれより深く骨を焼き始めていた。
「右肘から先の感覚があまりないのですが」
「まだしばらくもつはずにゃ」
「わかりました」
「そこは左にゃ」
ラグが直進しようとした道を、ノワールは指摘した。
「感覚的にはまっすぐにゃが、この道はゆるやかに右に曲がっておったにゃ。左の道もそうにゃ」
「覚えたんですか?」
「記憶と、魔法陣をつくるならこうすべき、ということにゃ」
「わかりました」
ラグは左に曲がって走った。
「もう出たにゃ」
まだ魔法陣にたどり着く前から、あの騎士が現れた。
ラグとリナ、二人分の騎士。ラグが近づこうとすると相手も前に出る。
「いったん、リナは置くにゃ」
「なぜですか」
「理由はふたつにゃ。ひとつは、リナを置けば一体ずつと戦えるにゃ。もうひとつは、リナが急にさっきの勇者にもどったとき、お前はすぐ対応できるのかにゃ?」
ラグは考えた。
リナはもう武器を持っていない。もちろんはっきりとはいえないが、右腕の炎を使えばさっきよりも優位に立てるだろう。
リナを殺してもいいという場合なら。
「さっさと始末して余裕のある状態でリナを抱えて動くにゃ」
「わかりました」
時間をかければ魔法陣がまた復活する。
「すこし待っててくれ」
「うん」
リナを床に座らせた。
ぺたん、と腰をおろしたリナは、手をついて体を支えて、やっと座ったままでいられるような状態だった。
ラグは走って前に進む。
そのときだった。
音もなく。
ラグの視界は閉ざされた。
「認めてやるよ。ラグ」
物陰から出てきたのはエルドだった。
先端の魔法石が緑色に光る杖を持っている。
「お前はやれるやつだ。勇者になったリナも止められるし、リナを開放するためにここに来る」
ラグは光導院地下空間ごと、天井から現れた高質量の、石を圧縮した物質に潰されていた。
もはや、そこに地下空間などなく、他の地下通路と同様に、道でしかなかったようにしか見えない。
「リナをいったん置いて戦う。そりゃ、誰もいなけりゃそうするさ。誰かいるってわからなきゃな。僕なんかがいるなんて思いもしないだろうさ」
地面が揺れた。
エルドは杖を掲げる。
揺れがおさまった。
「ラグ、お前がなにかしてるんだろうよ。潰されても。はは。そうだ、お前、驚くぞ? 光導院はな。勇者をつくってるってわかってないんだ。この杖がなんなのかもわかってない。自分たちがなにをしでかしえるのか、わかってないんだよ。ただ、光を求めているだけなんだ。意味を考えず、見つけた書物に従うだけ。きちんと把握してるのは、僕とお前たちだけなんじゃないかな」
エルドはリナのところへ向かった。
「リナ」
エルドは膝をついた。
「迎えに来たよ」
「エルド……?」
リナがエルドを見る。
「ああ。魔法陣の力はこの杖で集めよう。それでリナはもう、いままで通りに暮らせるんだ。僕がこの街の長になる」
「……ラグは?」
「ラグは忘れよう。彼らはとてもややこしい存在だからね。これ以上」
「ラグ、ラグ」
リナはぐらつきながら立ち上がると、閉鎖された魔法陣へと向かっていった。
壁、になったところに手をつく。
「ラグ? ラグ」
「リナ、ラグのことは」
「ラグ、ラグ!」
ぺた、ぺた、と壁を叩く。
エルドは目を見開いて大きく息を吸ったが、こらえて、ふー、っと細くゆっくり息を吐いた。
「リナ。安心してくれていいんだ。あんな怪物みたいなやつのことは忘れよう。いいかいリナ。僕らは人間だ。僕はこれから」
「ラグ、ラグ」
リナは壁を叩く。
素手で叩いているのでただ、皮膚が壁に当たる音がするだけだ。
その音がエルドの胸に重く響く。
「リナ。もう」
エルドが腕を取ると、リナは振り払った。驚くほど力強かった。
「ラグ! 聞こえる!? 平気なの!?」
だんだんリナの声は大きくなり、足はしっかりと床を踏みしめるようになっていた。
目は壁を、壁の先のラグを見ていた。
エルドの声は届かない。
エルドは小さく笑っていた。
わかっている。
そりゃわかってるさ!
僕だってバカじゃない、なにも見えてないわけじゃない!
リナに、自分が見向きもされていないことくらい!
いや人間としては見られているが、自分と並び立つ存在として見られていないことくらい!
でも!
自分が自分にできる準備をして、それが嫌われる、バカにされる、軽蔑されるくらいのことはあるかなと思ったさ!
自分のことしか考えていなんだね、くらい言われるだろうと!
でも。
無視か。
無視かよ。
そんなのありかよ。
エルドは杖を掲げた。
地下道の魔法陣が強引に伸び、つながり、修復された。
力がリナに向かおうとする。
それを自分に向ける。
「ぐ、あ……」
途方もない力が入り込んでくる。
これを受けて平然としていたリナ。驚きだった。
だがエルドは杖を掲げ続けた。
地下道に広がる巨大な魔法陣が輝きを増す。
住民から吸収する魔力の量を上げる。
人間が、無事でいられなくなるまで奪う。
それを自分に蓄える。
「ラグ!」
壁が壊れてラグが出てきた。
まあそうだろう。
リナがそんなに信じて、それに応えて出てくる。それが、お前らの人生なんだろうよ。
僕はちがう。
お前たちの人生の、ただの一本の柱、一脚の椅子、いや。
そのあたりに落ちてる石ころか。
エルドの体が力に耐えられなくなり変形していく。
腕の関節が増え、体が緑色になる。
頭は前後に伸びた。
足は四本に。
苦痛と、奇妙に澄んだ頭の中。
「終わりにしてやる」
お前たちも、僕も。




