30 変化
ラグたちは、魔法陣が広がる眼下の街に落下する。
「リナを連れてこの街を出るにゃ」
「どういうことですか」
「この街は、中の人間の力を奪ってリナに供給するだけの装置になったにゃ。とにかく離れて、リナの中にある位置特定の魔法具を排除しなければ解決できないにゃ」
「さっきは運び出せなかったのでは?」
「ここからは、無理するんにゃ」
ラグに疑問は多く浮かんでいたが、それを討論する時間はない。
ノワールが魔法で、ラグたちの落下点を調整する。
ラグたちは建物の二階に落ちた。
天井を突き破り、二階の床、さらに一階の物置のような室内に突っ込んで、やっと止まった。
「クッションがなくても着地できますよ」
「ここは武器屋らしいにゃ。一本持っていくにゃ」
ラグは近くにあったロングソードを手にとった。
「支払う金がいるのでは?」
「建物の修理代のほうが高いから、あとでいいにゃ」
「わかりました」
ラグは二本持って店を出た。
詰め所へ走る。
「止まれ」
ノワールの短い言葉に、ラグは急停止した。
道の反対側に人が立っていた。あまりにさりげなく立っている。
リナだ。
「リナ?」
リナはラグを見つけ、歩いてきた。
しっかりした足取りに見える。しかし笑顔がなかった。
ラグは気づいた。リナは多くの時間、笑顔を浮かべて過ごしていた。ラグはそれが当たり前だと思っていた。だからこそ、光導院に行ってからおかしくなったリナを見るたび、ラグはどこか落ち着かない気分だったのかもしれない。
リナはラグのすぐ前までやってきた。
そして、ラグの持っていたロングソードを手にとった。
珍しそうに掲げる。
と思ったら急に低く構えた。
高く構え、それから剣を手の中でくるくるとスピンさせながら下げて中段に構えた。
リナの体には長く重い剣のはずだったが、力感がなく、小枝のように扱っていた。動作は非常になめらかで、もう何十年も剣を扱っているかのようだ。
「リナ」
ラグが話しかけると、リナは剣先を跳ね上げノワールに向かって突いた。
最短距離、無駄のない動き。
ラグは自分の剣を跳ね上げ、下から添えるように軌道をずらした。
ノワールの頭の上を剣先が通った。
「魔族をかばうのか?」
リナの声だったが、目つき、口調、立ち姿。
すべてがリナとはちがっていた。
「すべての魔族を倒し、そして魔王を倒す。それが勇者の宿命である」
「遅かったにゃ。もう、リナは勇者にゃ」
「は?」
「まだ力が供給されて続けてるにゃ。ラグ、リナを殺すにゃ」
ラグはリナを見た。
リナは不思議そうにラグを見ていた。
「お前は人間だな? なぜ魔族と関わる」
「師匠だ」
「魔族の弟子か。いますぐやめろ。魔族から得た知識や技術は人間のために使うがいい。どけ」
虫でも払うように剣を振った。
ラグはどかなかった。
「……なにをしている?」
リナはいらだたしそうにしていた。
「師匠。リナを元通りにするにはどうしたらいいですか?」
「もうリナはリナではないだろうにゃ。人間には過剰すぎる力が与えられ、勇者という装置化してるにゃ。放置すれば強化されるだけ」
「では?」
「リナを殺す、か……。わしから離れるか、にゃ」
ノワールはラグの肩から降りた。
「殺す必要がありますか?」
「いまの動きを忘れたのかにゃ?」
「……では、魔法陣を破壊すればいいですか?」
「話を聞いていたか?」
「聞いてたかにゃ?」
リナとノワールは言った。
「方法がないというのは師匠の意見でしかない。俺は方法はあるんじゃないかと思っています」
「お前は魔族ということでいいのか」
リナは剣を構えた。
「おとなしくさせてやろう」
ラグも剣を構えた。




