03 早すぎる再会
ラグたちは山を抜け、街道を歩くとすぐに高い壁に囲まれた町に到着した。
入口の門の前へと歩いていくと、声がかかる。
「止まれ! 何者だ!」
門番からのものだった。
門番二人は槍を構えてラグに向けていた。まだ距離はあり、槍が届く位置ではない。なにをそんなに警戒しているというのか。
ただ、さっき捕まえた男たちを肩に全員乗せて歩いてきただけだというのに。
ラグは左肩にノワール、右肩に男三人を積み上げていた。
「ラグだ」
「あやしい奴め!」
問われて名前を答えたのに。
無視されたばかりか、あやしいやつ呼ばわりされたことにラグは強い違和感を持っていた。
「……お前たちの名前は?」
ラグは、逆に問いただしてみた。
「なにを言っている! 黙っていろ!」
門番が怒鳴るので、ますますラグは混乱した。なぜそんなに高圧的なのか。ラグ自身、人間同士のコミュニケーションに自信はないが、彼らも相当下手なのではないだろうか。
「ラグよ。おそらく彼らは、お前がどういう立場で、目的を持っているのかをきいているにゃ」
ノワールがささやいた。
「立場?」
「門番というのは、危険な人間を中に入れてはならんのにゃ」
「それはわかります。せっかく壁で防御しているのに、危険な者を入れては無意味です。しかしなぜ……?」
「なにをぼそぼそ言っている!」
門番が怒鳴る。
「旅の者とでも言っておけばいいにゃ。だいたい、よくわからない人間は旅の者と名乗るものにゃ」
ラグはうなずいた。
「旅の者だ」
「その肩の人間はなんだ! お前はなんなんだ!」
「これは、山の中で女性を襲っていた男たちだ。放置して死んでしまってはまずいかと、連れてきたのだが」
ラグはこっそり、命を大切にするアピールをした。
察したノワールがうなずく。ラグも小さくうなずいた。
「……おい、あいつ例の盗賊じゃないか」
門番のひとりが目をこらして、盗賊、の顔を見た。
「おいそこのあやしいお前! 盗賊をその場におろして、すこし離れろ! いいか、絶対に近づくなよ!」
ラグは門番の指示通りにし、すこし離れて、彼らが盗賊たちをあらためる様子を見守っていた。
「セランダの街へようこそ!」
門番たちは満面の笑みで、ラグを迎えた。
ラグが縛って連れてきた男たちは、このあたりで犯罪をくりかえしている男たちであるという。
ラグは、中に入れるだけでなく、報酬すらもらえることになった。
「あとで、警備団の建物に行って、これを渡してもらえれば伝わるようにしておきます!」
門番のひとりが、街の中の、大きな建物のひとつを指した。
そこにたどりつくまでのは、たくさんの建物があり、またたくさんの人間が歩いていた。人間を見たことはあったラグだったが、これまでの人生をはるかに越える人数が行き来している。
見たことのない光景に、一瞬頭が固まった。
「こんなにたくさんの人間は初めて見ました」
「はーそうですか」
門番はろくに聞かずにさらさらとなにか紙に書くと、封筒に入れ、閉じた。
「受付でこれを提出してください」
「ありがとう」
「いいえこちらこそ! それと」
彼はラグの全身を見た。
「……余計なお世話かもしれませんが、あまり街へは寄られませんね?」
「初めてです」
ラグが言うと、彼は驚いたように目を大きく開いてみせた。
「服を、着替えたほうがいいですね。遠目には、獣かなにかに見えましたよ?」
門番は笑った。
ラグは自分の服と、門番のものを見比べた。
門番は金属の装備の下に布製の服を着ている。街の住民も、おおよそ、門番に近いデザインといえる。
ラグのように、獣の皮を使った自作の、荒々しい衣服はひとりもいない。
まだ盗賊たちのほうが一般的な服装だった。
「たしかににゃ」
ノワールが言うと、彼は不思議そうにまわりを見た。
「そうだ!」
彼は門の近くの建物から、衣服を一式持ってもどった。
「どうぞ! 大きいサイズなのですが、誰にも合わなくてずっと放っておかれていたんです。いまの制服とはデザインも違いますし、功労者にあげても問題ないでしょう!」
「それはありがたい」
ラグは素早くその場で服を脱ぎ、あっという間に全裸になった。
見かけた女性が悲鳴を上げる。
「あ、ああ! 着替えるなら中で!」
焦った彼に導かれ、ラグは近くの建物に入った。
街は賑わっていた。
行き交う人々、香ばしい匂い、どこかから聞こえる楽器の音色。
新しい訓練をするとき、ラグの体に新しい刺激が走る。だが訓練ではないのに新しい刺激を感じるのはめずらしいことだった。ラグは注意深くまわりを見ていた。
「ラグ、まず警備団の建物に行くにゃ」
「おいしそうな食べ物がありますね」
ラグは、通りに出ていた店の串焼きを、ひょい、と一本取った。
野菜の串焼きだった。シンプルな塩と香辛料での味つけもラグにとっては新鮮そのもので、あっという間に一本食べ終わっていた。
「らっしゃい! いい食いっぷりだねお客さん」
「もうひとつもらおう」
「へい!」
ラグが串焼きを手に取ろうとすると、ノワールがほほをひっぱたいた。
「なんです?」
ノワールは耳元でささやいた。
「猫が人前でしゃべるのはまずいようにゃ。これからは、お前も口を動かさず小声でしゃべるにゃ」
「わかりました」
「それとにゃ。人間は、すべて金でやりとりしてるにゃ」
「金。知識としては知っています」
「この食べ物は、おそらく、金を払わないと食べられないものにゃ」
「もう食べましたが」
「金を払わなければ、盗賊にゃ!」
「なんと」
ラグは、食べ終わって手に残った串を見た。
「お客さん、どうしたんだい! ぼさっとしちゃってさ」
「実は、金がない」
「なにい!?」
店主が表情を変える。
「金は、理解している。価値のあるものだろう?」
「なに言ってんだあんた!?」
「これから、警備団で金を受け取れることになっている。そこに行って、もどってくるまで待っていてもらえないだろうか」
「あんた本当に金がないのか?」
「ない。だが、盗賊を捕まえたので、報酬が出るというのだ」
「おいおいおい、こっちも遊びでやってんじゃねえんだぞまったく、かんべんしてくれよ!」
店主が声をあげた。
「まずいにゃ。これでは、せっかく盗賊を捕まえたのに我々も盗賊だにゃ」
「逃げますか?」
ラグは脚に力を入れ、筋肉をふくらませた。
そのときだった。
「どうしたのおじさん」
店内から女性が出てきて、はっ、としたようにラグを見る。
ラグも驚いた。
「おい、食い逃げだ! 警備兵を呼んでくれ、リナ!」
彼女はさっき山中で出会った女性、リナだった。