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29 ノワール

 かつてノワールは魔王と呼ばれる存在だった。

 すべての魔族の頂点に立つ力を持ち、いくども人間の勇者と呼ばれる存在を撃退していた。その年月は数百年に及んだ。

 そうしてある日、勇者、がやってきた。


 その勇者はこれまでノワールが対面した相手と比べ、はるかに高い力を持っていた。

 それまでの勇者は、特別な装備や魔道具に守られた仲間を連れ、それらの力で戦っていた。その上で、勇気や信頼といったものを武器に数え、闘志を持って戦っていた。しかしノワールには及ばなかった。

 なぜなら、最初の勇者を撃退した時点で、ノワールは成長を続けるが、人間たちは最初からやり直しだ。差は開いていくばかりだった。

 もはや差は絶望的といえた。


 だがある日やってきた勇者は、ひとりきりだった。

 戦いは三日間続けて行われた。勇者は、人間に必要な睡眠や食事もとらず、動き続けながらも、人間というものの定義を揺るがす存在ですらあった。


 四日目になり、ノワールから声をかけた。

「お前は疲れないのか」

 ノワールは言った。興味本位だった。

「魔王、お前はどうなんだ」

 勇者は言った。

「わしは疲れることはない。常に魔王城から力を供給されている。このまま百年でも戦い続けることができるだろう」

「自分も似たようなものだ」

 勇者は言った。


「魔力を供給されているというのか?」

「自分は、多くの人間の想いを背負っている」

「そういう話には興味がないのだが……」

「お前が想像しているものとは、違うだろう」

 勇者は言った。


 勇者の話は驚くべきものだった。

 聖都と呼ばれる街は、それ自体が魔法陣を示す形状をしており、そこに人間を住まわせる。

 適切なタイミングで人間のエネルギーを集め、受け皿に移す。

 受け皿とは勇者だった。


「自分は、多くの人間の力を集めてやってきた。強くて当然だ」

「なぜそんな話をした? わしが、その聖都を潰してしまえば、人間はもう勝てんだろう」

「どうせ、いま勝てないなら聖都の意味はない」

 勇者は言った。


 ノワールは勝利した。

 難しい相手でもなかった。情報を引き出したかっただけにすぎない。

 しかしこのことはノワールの中に疑問を残した。


 また百年すると、聖都で力をたくわえたという勇者がやってきた。ノワールは聖都を潰していなかったからだ。

 大きな力を持っていた。ノワールは撃退した。

 回を重ねるごとに勇者の力は上がっていた。三回目には、数十倍の力を持った勇者になっていた。

 ノワールも力を増し続けていたので倒すことができた。

 だんだん、勇者と会話もせず、様子を見ずに倒すようになっていた。


 理由について考える。

 余裕がなくなったわけではない。

 ノワールは以前よりも勇者との戦いに興味を持てなくなっていることに気づいた。


 以前の勇者が言っていたことだ。

 ノワールは、人間たちの言う、勇気や愛や、信頼、そういったものについて面白みを感じていたのだ。

 存在しないものに背中を押されていると本気で信じて、命をかける。くだらなくて笑えてしまう。

 笑えるのはよいことだ。


 しかしいま、聖都で力を集めて戦うというのは効率を考えた動きというだけであり、魔族のやっていることと変わらない。

 ならば先を行っている魔族が勝つに決まっている。

 もう人間はノワールに勝つことはないだろう。


 ノワールはすべてに興味を失い、魔王城を離れた。

 魔王城を離れると猫の姿になってしまった。

 魔王を、魔王たらしめているのは魔王城であったのだ。

 魔力そのものはノワールに蓄えられていたが、その力を発動させる条件を失った。


 それでもノワールは魔王城にもどらなかった。気ままに旅をした。

 身の程を知らない者を食べたり、知らない草を食べて死にかけたりした。

 魚はまずかった。


 結局聖都は壊さなかった。

 風の噂に、魔王が死んで世界に平和がもたらされたと聞いた。新しい魔王は魔王城の力を使いこなせなかったのだろう。

 もはや、魔族の力を集めた者と、人間の力を集めた者の戦いだ。どちらが魔族でどちらが人間でも同じこと。そこにどんな違いがあるのかわからなかった。


 ある日ラグを拾った。

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