27 静かな奪還
階段の出口は、領主の館のすぐ近くの小屋だった。
建物はただの木造の小屋だったが、出入り口の鍵は特注だった。ラグはドアのちょうつがいを破壊してドアを逆側から開けるように外に出た。
すっかり日が落ちて暗くなっている。
月は出ている。
時間が。
「あ、ちょっと」
ボイルが、歩きだしたラグの腕をつかんだ。
「なんだ」
「ラグ、正面から入ろうとしてないっすか?」
「裏口だが?」
「いやいや、そういう意味じゃないんすよ。もっと、こっそり入って、人が何人くらいいるかとか、調べるもんなんすよ」
「いまは急いでいる」
「リナちゃんが人質に取られたりとか、あるっすよね?」
「やられる前に、やる」
「おれたちが、入るが……?」
クールはノワールに言った。
「頼むにゃ」
「はい」
二人は闇に消えた。
「師匠、急いでいるんですよ」
「お前には集団戦は教えてなかったからにゃあ。情報を得るのは大切にゃ。わしらが、なにを目指しているのかわかっているのかにゃ?」
「リナの救出です」
「だったらどうにゃ?」
「……できるだけ光導院を刺激せずにすませるのが良いでしょう」
「そうにゃ」
ラグも矛盾しているのはわかる。
しかし、誰かに任せるというのは落ち着かなかった。
「リナは中にいますか?」
「どう思うにゃ?」
ラグは聴覚に意識を集中させた。
中にはたくさんの部屋があり、いくつもの音が聞こえる。ボイルとクールの音は聞こえない。
館の周囲の音を聞く。
しかしはっきりしない。
「止まるにゃ」
館に向かいかけたラグは止まった。
「やみくもに動いたら、前に進んでいることになるのかにゃ?」
「いえ、近くで聞こうとしているだけです」
「なにをイライラしているにゃ?」
ラグ自身よくわからない。
「あいつらなら平気にゃ」
すっ、とボイルとクールが現れた。ラグもごく近距離までわからなかった。
「リナ、いましたっす、けど」
ボイルとクールが顔を見合わせる。
「けど、なんにゃ?」
「実は……」
ラグたちは壁を登って二階の廊下の窓から中に入った。
ドアを開けると書斎だ。奥の椅子にリナがいた。どこかうつろな目をしている。
ボイルとクールの報告通り、ただリナがおり、まわりには誰もいない。
「いかにもワナだにゃあ」
ノワールがあくびをした。
「リナ」
ラグはまっすぐ歩いていった。
そうなるだろうと想定していたボイルとクールは、油断なく周囲を見る。
ラグはリナの前に立ち、屈んでリナと視線の高さを合わせた。
「リナ」
リナはぼんやりラグを見た。
ラグはリナの手を取って、冷たさに驚いた。思わず脈を取ったが、きちんと血液は流れているようだ。
「どうっすか」
「体調が悪そうだが。どうです?」
ラグはノワールを見た。
「魔力が体内から感じられるにゃ」
「魔力が? リナが魔法に目覚めたということですか?」
「いや、魔力が体内に埋め込まれた、といってもいいにゃ」
「なんなんです?」
「魔力を持った魔法具みたいなものが、たとえば、食べ物かなにかに入れられて、飲まされたという感じにゃ。だからどうってこともないんにゃが……。せいぜい、現在位置がわかる状態、とでもいうかにゃあ」
「それはなんの意味があるんです?」
「リナの位置がわかるにゃ」
たしかに、位置がわかれば便利だが。
「リナを取り返される前提ということですか?」
「かもしれないにゃ」
「その魔法は消せませんか?」
「現状、そんなに焦って介入すると、なんらかの魔法が発動するかもしれんにゃ。でも、しばらく待ってれば便と一緒に体の外に排出されるだろうにゃ」
「待っていて、なにか発動したらどうしますか」
「知らん。とりあえず、魔力が暴発しないよう、魔法具の周囲に覆いをかけることはできるがにゃ。どうするにゃ?」
「お願いします」
ノワールの前足がちょっと光った。
「もうリナの位置もわかりませんか?」
「わかるにゃ」
三人はどうしたものかと考えたが。
「とにかく、連れ帰りましょう」
ラグはリナを抱え上げた。
ラグたちは来た窓から出て、外に着地した。
誰かが追ってくるわけでもない。
おかしい、とラグたちは思うのだが、どうしようもない。
あとからでも充分だという判断か、それとも、なんらかのトラブルでリナのことを無視せざるを得ないのか。
「リナは、詰め所に置いとくんすかね?」
「そうなるだろうな」
そう言って、三人は路地を走って詰め所にもどった。
医務室にもどると、ベッドのダグラス、そして信頼できると集められた団員たちが迎えてくれた。
「おお、無事にもどったか!」
「ええ……」
ラグたちの微妙な表情に、けげんそうな顔をするダグラス。
ラグたちはかんたんにリナを見つけたときのことを話した。
「なるほど」
ダグラスはうなずいた。
なんだかわからない魔力が埋められ、位置が特定される。
しかし位置を特定されたところで、詰め所で警戒をしていたらそれほど大きな問題にはならない。
はずなのだが。
「光導院がここへリナを取り返しに来るってことか?」
「いちいちか? もう、警備団の態度は知られてるだろ」
「それに、領主の館で守ってたほうがいいはずだ」
団員たちが話し合う。
そうなのだ。位置がわかればここへ来ることもできる。
しかしそんなことをするくらいなら、領主の館の守りを固めるなり、リナを隠すなりしたほうがいい。
ただリナを返して、それを取り返しにくるなんてただ手間をかけているだけだ。
「リナが、爆弾のような状態ということはありうるか?」
誰かが言う。
「それはないにゃ。魔力自体は小さいものにゃ」
ノワールの言葉を、ラグが伝えた。
「ではいったい……」
「う」
ベッドで寝ているリナがうめいた。
「どうしたの?」
女性団員が話しかけた。
そのときだった。
「ん?」
ラグを、微妙なだるさが包んだ。
そして団員たちは、膝をついたり、壁に手をついたりと、なにかに耐えているようだった。
リナに話しかけていた女性団員も苦しげにしている。
「! ラグ、外へ出るにゃ」
ノワールが鋭く言った。
裏口から外へ出ると、地面が緑色に光っていた。




