26 疑問
書斎に白装束の男が入ってきた。
上座に大きな椅子、その手前にソファが向かい合うように二つ。男女が座っていた。新領主のイリアスとメリダだ。
大きな椅子にはリナが座っている。どこかうつろな目をしていた。
入ってきた男は立ったままだった。
「報告がありました。守護者が停止していましたが、光導院地下の儀式の間は無人だったとのこと」
「どういうことかな?」
イリアスは言った。
「侵入者はなんらかの方法で守護者から逃亡したようです」
「だからどうやって?」
「わかりません。壁も破壊されたと」
イリアスはため息をついた。
「君はなんのために生きているんだい?」
報告に来た男は、ごくりとのどを鳴らした。
「あまり怖がらせたらかわいそう。うふふ」
メリダが笑った。
「手は打ったのか」
「はい、階段は封鎖しました!」
「まあ、いいだろう。地下道の魔法陣を壊そうというのなら、むしろかんたんに始末できる」
イリアスは笑った。
「……しかし、ラグといったか。やつはなんなんだろう」
「そうね」
「地下の壁は、光導院の扉とはわけが違う。彼にも難しいだろうが……あの猫も気になる」
「でも、もう、わたしたちのやるべきことは、ほとんど終わってしまったわ。彼らは来るかしら」
リナはぼんやりと、聞いているのかいないのか、壁を見ていた。
「リナは、いなかったな」
ラグは言った。
領主の館の地下にも似たような魔法陣のようなものがあった。しかしそこには誰もいない。そして騎士の偽物のような者がまた現れた。そうではないかと疑っていたラグたちは、ボイルだけ近づき、ロープで引きずり出した。
騎士は、待っていたら消えた。
「なにかおかしい気がするな」
ラグは言った。
施設はある。しかし。
「どうやって降りてくるんだ?」
「そうなんすよ。魔法陣みたいなやつのここ。降りてくる道がないっすよね」
ボイルは言う。
「隠し扉はないのか」
ラグが言うと、ボイルはクールを見る。
「ある……。でも魔法みたいなもので覆われてる……。しかも長く使われてない……」
「どこにゃ」
「あそこ……」
クールは一点を指した。
「たしかにあるにゃ。よく人間が、大して調べないでわかるにゃあ」
「ふふ……。わかってしまう……。おれのすごさ……。あとで、なでさせて……」
「剣士が高みに登ることで、魔法にも似た剣技を操ることはあるんにゃが。お前は目で、発揮したというわけかにゃあ」
「ふふ……。猫にもわかってしまう、おれのすごさ……、あとで、なでさせて……」
「クールもすごいんすよ」
ボイルが笑った。
ノワールがなでてもいいと言ってくれないので、クールはうなだれていた。
「これから準備をするのか、それとも……」
「……リナを連れて来る気がない?」
ラグが言うと、クールはうなずいた。
「どういうことっすか? どこかの魔法陣で儀式があるんじゃないんですか?」
「儀式はある。でも地下ではない、か……」
「光導院っすか?」
「街の中央には、広場だったにゃ?」
ノワールは言った。
「そっすね。新領主のお祝い行きました? 自分も行きたかったっすよ」
「そこでなにかあるんですか?」
「魔法陣は、見方があるにゃ。あれみたいに」
ノワールは、領主の館の地下の魔法陣を見た。
「ひとつの魔法陣を、ひとつとして活用する。それがふつうにゃ」
「まさか」
ラグは、はっとした。
「この街の地下には、地下道が張り巡らされてるそうだにゃ。その地下道には、うっすらと光る魔力の線が見えているにゃ。つまり」
「この街の地下全体が、魔法陣になっている……?」
ノワールはうなずいた。
「えっ……」
クールは気味悪そうに床を見た。
「おれたちは、すでに完成している魔法陣を、わざわざ調べに来てしまった、というわけですか」
ラグは言った。
「ところで……、地上への階段を見ないが……」
クールは言った。
「その話はしただろう?」
「いや、この魔方陣についてだけじゃなくて……。誘拐に地下道を使っていたと、副団長が……」
「階段を見かけないことだってあるだろう」
「ラグ。お前や、そいつらみたいに動ける人間は多くはないにゃ」
ノワールに言われて、やっとラグは気づいた。
自分の身体能力はここの人間たちとかなり違っている。
走るのに必要な体力も、かかる時間も違う。
「一般人のためなら、もっと短い間隔で階段を見かけるはずにゃ」
「つまり……」
「わしらの行動に対して、入口を閉じて対応しているということにゃ」
地下道に誘われた、という可能性が深まった。
「見かけたか?」
ラグはクールに言った。
「よく見れば……。そこにもある……」
クールは歩いていって、壁に手を触れた。
「これは」
ノワールが近くで壁を見た。
「どうです?」
「開く気がない閉じ方にゃ。これを開くなら、破壊しなければならないにゃ。いままで自由に開閉できてたとしても、もうこれはただの壁にゃ」
「それは」
「閉じ込めたい、ということにゃ」
ノワールは言った。
「……魔法陣を壊しましょうか」
ラグが床を見た。
「やめたほうがいいにゃ。もう魔法陣が動き始めてるとしたら、さっきの騎士がうじゃうじゃ出てくるかもしれないにゃ。それより、さっさと出ようにゃ」
「壊さなければならないのなら、壊しましょうか」
「魔力の壁が強力なんじゃないんすか?」
「難しく考えすぎていた」
ラグは力を込めて、クールに指示された位置の横を殴った。
石壁が大きくえぐれる。
そこから二度、三度と攻撃していき壁に大穴を作った。
それから横を殴る。
魔力の壁を迂回して、石段に通じる道を作った。
「全部が魔力壁というわけではないようだな。行こう」
ラグたちは階段を駆け上がった。




