24 地下広間
「とりあえず、次は光導院の地下でいいっすかね?」
ボイルは言った。
一番わかりやすく、それでいて……。
「俺たちの動きは読まれていると思うか?」
ラグは言った。
「まあ、そっすね」
ボイルはなんでもないことのように言った。
「副団長と、光導院とのつながりはなくなったが……」
「そもそも、副団長は光導院に信頼されてるんすかね? 別のスパイが警備団の動きを流してる可能性は充分あると思うんすよ」
ボイルが言う。
「他のスパイ?」
「なんていうんすかね。副団長とか、警備団に入り込んでるスパイを、さらに監視するスパイ、みたいなのもいると思うんすよね」
「なるほど」
ラグはそういうことに疎い。そういうやり方を切り捨てることでシンプルに動いてきた。だから思考の範囲外だった。
「なら、どうする?」
「そっすね。光導院の地下、領主の館の地下のどっちかにリナちゃんがいるんだったら、まあ領主の地下に移したくなりますよねー」
ボイルは軽い調子で言う。
「新しい領主も光導院の者だったな」
「ただ、わかんないことも多いんすよ。リナちゃんを使った儀式がいま行われてるのか、とか、それは中断できるのか、とか。あんまり体調は良くないから移動速度は速くできないなじゃないか、とか」
「つまり。不確定要素が多いなら、相手も困っている可能性がある。ということか」
「っす」
「動こう」
「光導院の地下に直行でいいっすか?」
「ああ」
三人は走り始めた。
不気味なほど足音がしない。猫かなにかが走っているかのような、地面の近くで聞けばぺたぺたと、そういうような音がするばかりだった。
たまに道は分岐したがボイルは迷いなく選んだ。
「現在位置はわかっているのか」
「自分の向きを変えた角度、自分の歩幅を常に覚えてるんで」
地下道は直線ではない。どの曲がり道の角度もバラバラだ。
それが卓越した技術だということ。ボイルが冗談で言っているわけではなさそうだとラグは感じた。
「二人ともか?」
「あくまで、保険……」
クールは言った。
馬より速く三人は到着した。
道は警備団詰め所の地下よりもさらに、石は平らに削られ、丸みのある柱が並ぶ、ここが光導院だと紹介してもなんの問題もなく整えられた場所だった。
ラグは光導院に入ってすぐ、広間からの光景を思い出した。礼拝堂といって差し支えない。
「誰もいないか」
暗く、うっすらと壁や床が光っているのは変わらない。
聴覚に集中する。
柱の陰に隠れているという可能性もあるが、どうもラグはピンとこなかった。
「わかるんすか?」
「それだけ潜んでも、なにかは聞こえる。そこに存在しているのだからな」
「柱に見えてもそうではなく、中に潜むための仕掛けというのもあるんすよ」
「なら俺が先に行く。襲われたら対応してくれ」
ラグはまっすぐ歩いていった。
「そうはいかないっしょ」
ボイルとクールがついてくる。
特にクールは油断なく床や壁を見ていた。
誰もいない。
ただただ、ラグの身長の数倍ある高い天井、正面には一段高くなっていてそこに司祭が立つのか、そういう場所があるだけだ。
「床を見るにゃ」
ここにもやはり、同心円状に円が描かれ、文字や絵のようなものがいくつもあった。
じっと見ているとそれらがブレるような、そんな錯覚を起こす。
「なにもないな……」
クールは言った。ワナについて言っているのだろう。
「ここから地上に出て、光導院自体も調べるべきか」
「自分らにできることは限られてるっすよ」
ボイルがやってきた。
「リナちゃんが隠されてる場所なんて、ただの民家の可能性もあるんすから」
「月の出ている間になにかするんじゃなかったか」
ラグは記憶をたどりながら言った。
「儀式の準備とか、そういうのがどれくらいの規模なのかわかんないまま来ちゃったってのもあるんすよねー。とりあえず領主の方行くしかないんすかねー」
「儀式自体は地上でもできるかもしれないしな」
ラグが言うと、ノワールがラグの首を爪で軽く突いた。
「……地上ではできない?」
ノワールは爪を引いた。
「なにか知ってるんすか?」
「いや……。この、魔法陣のようなものは、地上では見られなかった気がする。地下ということになにか理由があるんじゃないだろうか
ラグは考えながら話してノワールの反応を待った。なにもしてこない。これでよいということだろうか。
「それは一理あるっすね」
「地上の光導院に通じる階段を軽く調べよう。最近使われた形跡があれば、ここで。ないのなら、領主の方へ行こう」
「うっす」
ボイルが言ったときだった。
すっ、と視界で動いたものがあった。
「あ」
魔法陣のようなものがある広間の入り口、天井からゆっくりとなにか巨大なものが降りてくる。
いや天井そのものが?
三人は走って広間の入り口にもどった。
分厚い石壁が、降りてくる。
こすれ合うこともなければどこかがきしむような音もない。
大げさなところがなにもなく巨大な物体が動くのは、ただただ強い違和感があった。
間に合った。地下道にもどれる。
しかし、このままもどっていいのか? とどまったほうがいいのか?
「ラグ、どうするっすか、ここに残るか、出るか、それとも二手にわかれるか」
ボイルはそれでも、いままでと変わらないような軽い口調だったことにラグは感心した。
戦力の分散か、集中か。
もう、三人の頭の上くらいまで来ていた。
「ラグ」
「やつらが想定している選択肢じゃないほうがいいよな?」
「ラグ?」
「壊す」
ラグは自分の頭の高さまで来た壁に、拳を突き出した。
手が弾かれ、壁になにかが浮かぶ。
魔法陣のような模様だ。
手応えが地上の光導院の扉よりも強い。
ラグは息を吸う。
筋肉の隅々にまで呼吸を行き渡らせるかのように深く吸う。
ゆっくり筋肉をふくらませる。
吸い込んだ空気で体が膨張しているのかと錯覚するかのように、ただでさえ大きかったラグの体がさらに膨らむ。
拳を突いた。
衝突に、地面が震えるほどだ。
だが壁はそのまま降りてくる。
拳に伝わる反動は自然物を相手にしているものと異なっていた。
ノワールがなにか唱える。ラグの頭の中に低い、鈍い音が響いた。
ラグの拳に、黒い光、という矛盾したものがまとわりついた。
輝くのではない。光が吸い込まれる。
無に見える。
ラグが突いた拳が壁を割った。
下側、突いた部分が割れると、じゅっ、と綿が燃えるように緑色の炎があがり、壁が半分ほど消えた。
半分になった壁が地面に接した。
ドラゴンとの戦いでも、ノワールはアドバイスはしたがこんな手の貸し方はしなかった。
「ここはなんなんだ……?」
ラグは疑問を口にせずにはいられなかった。
「あんたなんなんすか……」
ボイルがあきれたように言った。
そのとき、音もなく人影が現れた。




